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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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早まる事態

 あれからカイラスは放心状態のジェーンを連れて学園の外に出ていた。

 突然の展開にまず考えたことは備蓄の補充。今まで国から逃げることを前提に動いていたカイラスだったが、環境の変化からこの国に留まることに意識を向け始めていた。

 カイラスにとってはジェーンがシグルドと婚約を破棄すること、そして侯爵家の膿である養父と養母を処理してしまえば、それで問題はなくなるのだ。ジェーンがカイラスに教えた作品の展開のようにシグルドはアリスに恋をし、アリスもまたシグルドを意識している。養父についてもシグルドと協力関係にあることから、既に決着は見えているようなものであった。

 ジェーンが懸念している極寒期についても、季節というものは国限定の話ではない。隣国とは国境を挟んで存在しているために、どこにいても極寒期は訪れるのだ。今更逃げても変わらない。寧ろ状況はかなり悪くなるだろう。

 クリスと共に事業を経営することになって、それなりの資金を稼ぐことは出来たがそれだけだ。ジェーンとカイラスの私財を全額投入しても一年程度の備蓄しか用意できないだろう。

 極寒期がどれほど続くのかわからない以上、金を稼ぎ続けなければならなかったが、そうも言ってられなかった。

 カイラスは馬車に乗り込むとジェーンを揺さぶり意識を戻させる。ハッとしたジェーンは馬車にいることに驚きつつも、焦ったようにカイラスに詰め寄った。


「どうしよう!カイ!すぐに準備しないと極寒期がやってくるわ!」


「落ち着け、わかってるから。ジェーンの様子がおかしいから、僕も窓の外を見た。葉が白くなっているのをこの目で見たよ」


 カイラスの言葉にジェーンは座席へと戻る。カイラスは少しは冷静になれたと思われるジェーンに話しかけた。


「早速で悪い、猶予はどれぐらいある?綾の知っている内容で構わない」


 カイラスがそう付け加えたのは、既に作中通りの展開ではなくなったためだ。大まかな流れは同じでも、展開の速さについては別物だ。時期が早まったことから、もしかしたら前兆から極寒期が到来するまでの時間の余裕もないかもしれないとカイラスは考えていた。


「葉全体が真っ白に染まるのは………大体一年をかけてゆっくりと変わっていくの。そこから三年程度の時間をかけてゆっくりと気温が下がっていって、五年経った頃には完全に氷に閉ざされたような世界になるわ」


「つまり六年の猶予期間はあるということだな」


「でもそれもどうなるかわからないわ!もう作中通りじゃないもの!作中だと四年後、葉が白く染まった極寒期の前兆が発見されたわ!真っ白に変わるまでに一年という期間があったとしても早すぎる!猶予期間もそんなないかもしれないわ!」


 声を荒げるジェーンにカイラスは腰を上げると、ジェーンの隣へと座りなおした。ジェーンはカイラスを見上げ、不安でたまらないとわかる表情で見つめる。そんなジェーンにカイラスは笑みを浮かべた。


「綾、落ち着いて考えてみて。結局やることは変わらない。僕たちはこれから稼いできた私財を投じて備蓄を増やす。食事や衣服は当たり前、暖房に使う薪なんかもそうだ。オイルも出来る限り集める」


「でも……」


「数年の差なんて些細なものだろう。人よりも早く情報を手に入れた僕たちはそれだけ準備期間が増えるんだから」


「………」


 こくりと頷くジェーンに、カイラスはホッと安堵した。そして尋ねる。


「……綾、この極寒期はどれほど続くんだ?」


 これはカイラスが最も知りたい情報だった。今の私財ならば一年程度は余裕をもって生活できるだろう。だが、それ以上になってくると状況は厳しくなる。出来る限り早く過ぎ去ってくれることを期待して、ジェーンの答えを待った。

 だが、答えは残酷なものだった。


「………書かれてないの……」


「え?」


「極寒期が晴れたという言葉は作中にはなかったわ。勿論完結まで読んだけど、出てきていないの」


【完結といってもアリスの一生ではなくて、あくまでもシグルドとのゴールインまで。それ以上のことは書かれてなかった………ううん、番外編には書かれてあったかもしれないけど、私は読んでないから結局知るすべもない】


 ジェーンの心の言葉も含め、カイラスは絶句した。だが、すぐに気持ちを奮い立たせる。

 作中を知っているジェーンは人よりも事前に今後の展開を予測できるが、それは逆に常に不安に駆られているという事だ。

 実際ジェーンは悪役令嬢として断罪される運命に怯えていた。描写はなかったと話していたが、冷たい牢へと入れられたジェーンは極寒期が訪れた際、そのまま忘れられてしまったと考えられる。そんな運命にならないよう必死だった。

 極寒期の間もきっと何かがある。そうでなければ、爵位を与えたとはいえ、男爵という身分が釣り合わない女性との婚姻を国王が許すわけがないのだ。

 功績として称えられ、王族との婚姻も認められるほどの偉業を成し遂げたのだろう。つまり、これから更に乗り越えなければならない試練があるということだ。

 ジェーンを不安にさせないよう、カイラスは動揺し混乱する自分を騙し、余裕を持った笑みを維持していた。


「よかったよ…」


「え?」


「良かったといったんだ。僕たちは今作品の展開とは違って第二王子とは協力関係にある。錬金術師に極寒期でも暮らせるほどの道具を依頼することができるだろ?」


「…………」


 ジェーンはそんなカイラスの言葉に、開けた口を閉じ言葉を噤んだ。カイラスの笑みの奥に見える不安が垣間見たからだ。

 いくら大人びた受け答えをし、身長だってジェーンより高くなったとしても、カイラスはまだ九歳。大人として考えることは出来ない。しかもジェーンは前の世界の記憶を保持し、一歳年上の姉の立場、精神年齢的にはカイラスよりも大人であり、そんなジェーンが弟であるカイラスに慰められるわけにはいかないと感じた。


【なにを……取り乱してたのかしら私は……、カイがこんなにも冷静であろうとしているのに………】


 ジェーンは不安を取り除くように頭を振った。そしてパンと音がなるほど強く頬を叩く。


「ごめんね。切り替えた。もう大丈夫」


 その言葉通りジェーンの瞳には光が宿っていた。強い意志が見え、不安なんてものはもう感じない。

 能力を通して心の言葉を見るも、不安を感じられる言葉は浮かんではおらず、完全に前を向いているジェーンにカイラスは安心した。


「これからこの国は………ううん、世界的に見ても極寒期に入る。そうなったらまず食ベものと寒さを乗り越えるための木材や衣服がなくなるわ。だから対策を取らないと」


「ああ、そうだな。僕もそう思ってクリス先生のところに向かおうと思ってたんだ」


「私財だけじゃ足りないし、いくら貴族だからといっても子供が大量に購入しちゃ目立つもんね。流石だわ」


【でもドレスのままの格好だから着替えたかったんだけど……】


 すっかりいつも通りに戻ったジェーンに、カイラスはクスリと笑うと「大丈夫」と続ける。


「先にブティックに行くよ。僕はいいけどジェーンの格好は流石に浮くからな」


「あら?カイも素敵だけど、街の中を歩くには畏まりすぎて私と同じくらい浮いちゃうわよ?」


「じゃあ一緒に服を選ぼう」


「いいけど……これから大量にお金を使うから贅沢しないからね?」


「わかってるよ」


 二人はくすくすと笑いあう。

 馬車の中には会話を楽しむ二人の話し声が続き、平和に見える景色を窓越しから眺めたのだった。





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