事件か事故か
楽しい宴となるはずだった懇親パーティーは、悲鳴と怒号が飛び交い中止となった。
その中でも唯一の王族であるシグルドは意識を失い、騒然とする現場からすぐさま運び出され、王室専属の医者たちによる手当てが行われていた。
現場を保管するため、パーティーに参加していた生徒たちは別の部屋へと移動している。その中の一人、シグルドに守られたアリスは顔を青ざめた状態で放心していた。
「アリス様しっかりしてください……!アリス様!」
ジェーンが言葉をかけるもその声はアリスの耳には届いていなかった。アリスの瞳は完全に光を失い、焦点が合わないまま、意識はここには在らずといった風に虚空を見つめている。自分の代わりに血を流したシグルドの姿が、脳裏から離れないのだ。
そんなアリスの様子にジェーンは胸を痛める。
「……ジェーン」
弱弱しく声を掛けるのはカイラスだ。頬に一つの傷を負っていたが、それ以外に負傷した様子はない。ジェーンとカイラスが無事なのは、テンポの速いダンスに早々に疲れたジェーンが、ダンスの輪から抜け出しスイーツを楽しんでいたからだ。
カイラスの頬についた傷跡も、飛び散った破片によってついた傷であるようだ。
【こんなの……作中になかった…!…パーティーで起こるイベントはドレスを汚されることと失笑で、アリスも殿下も怪我なんてしないのに!私の記憶が間違っているの…?それとも話の展開を変えたから?だから作中とは違うっていうの?】
自分を責めるジェーンは強く目を瞑る。目だけではなく、手も唇も強く握り噛みしめていた。まるで自分に罰を与えるために痛みを与えている様子に、カイラスは寄り添うと大きな手でジェーンの手と目元を覆う。
「自分を責めるな」
「でも、……私が殿下の背中を押して、後押ししてしまったのよ……私がダンスを進めなければ—」
「それは違う。ジェーンはこんなことになると知らなかったんだろ?ならこれは事故か、……誰かが意図的に起こした事件だ。僕たちは巻き込まれたんだよ」
「え……?」
耳元で囁かれた言葉にジェーンは目を覆っていたカイラスの手を退かして振り返った。
真剣なカイラスの眼差しに、ジェーンは自然と冷静に思考を回転させる。
【カイは根拠のないことでこんなこと言わない。いう子じゃない。という事はなにか知ってるんだ……】
「……なにか、わかったの?」
「それは—」
不意に扉が開かれる。戸惑いや動揺から重苦しい雰囲気だった別室は、開かれた扉に一斉に注目が集まった。
そして「アリス・ランドール男爵はいるか?」という言葉を告げる医師に、ジェーンは放心状態のアリスの背を叩き意識を戻させる。
アリスはハッとした様子で手を挙げた。
「…あ、私、私です」
「殿下が貴方を呼んでいます。お越しください」
その言葉にアリスの肩がピクリと跳ねた。そして目にようやく生気が戻る。
アリスは生徒たちの隙間をすり抜ける様に移動すると、シグルドの待つ部屋へと駆けだした。
「ジェーン、僕たちも行こう」
「え!?」
「婚約者だという立場を利用するんだ。そこで話したいこともある」
ジェーンはカイラスの言葉に先程言いかけた言葉を思い出す。
【カイがこういうってことはやっぱり何かを知っているのね!はじめ事故だって言ったのは証拠がないから、だから現場を捜索するために、殿下の許可を貰おうとしてるのかもしれない。皆でハッピーエンドを迎えるためにも、この事件を解決しなくちゃ!】
完全にいつもの調子を取り戻したジェーンは、アリスの後を追いかけようとした医師に婚約者だと名乗り、同席してもいいか確認する。
流石に婚約者でもない女性を先に呼んだことに対して、不安と不満を抱いているのだろうと誤解してくれたおかげで、大人しくしているのであればという条件付きで許可を貰ったジェーンはカイラスと共に向かった。
シグルドの待つ部屋へと訪れると、既にいい雰囲気のアリスとシグルドがいた。
アリスは目に涙を浮かべながら安堵の笑みをベッドに横になるシグルドに向けている。シグルドもそんなアリスを慰めるようにアリスの頬に手を添え、無事だという言葉を告げていた。
そんな二人の傍らで完全に空気と化すギルバートに尊敬の念を送りながら、ジェーンは勝手に誤解し、居心地悪そうにする医師の視線ににこりと微笑むと入室した。
「殿下、ご容体は?」
「……ああ、ジェーンか。問題ない、少し血が流れたくらいで、少し休めばいつも通りに動けるようになる程度だ」
「それは良かったです」
あっさりとしたやり取りに医師は何故か怯えた声を上げながら退室した。これから本妻(仮)と愛人(仮)の修羅場が始まると思ったのだろう。確かに傍から見れば、怪我をした夫(仮)が目覚めた後、本妻(仮)ではなく愛人(仮)を呼び、しかも本妻(仮)の目を気にすることなく愛人(仮)といちゃついていれば、今後の展開を想像するのは容易である。
だがここにいるのは互いに想いを向け合う事のない婚約者同士であり、しかもジェーンはアリスとシグルドの関係を寧ろ応援しているという、何とも妙な関係であることを医師は知らない。
ジェーンは何故か退室した医師に疑問を抱きつつ、ちょうどいいと考えた後に話を切り出した。
「早速ですが殿下、落下したシャンデリアを手配したのは殿下だという認識はあっていますでしょうか?」
「そうだ。私が錬金術師に頼み製作してもらったものだ。設置についても同様に私が手配している。だが何故だ?」
不思議そうに見上げるシグルドに、ジェーンとカイラスは互いに顔を見合わせると話し始める。
「私たちは今回の件が故意に引き起こされたものなのではないかと疑っています」
「何故だ?」
「不自然だからですよ。シャンデリアは適切な設置とメンテナンスを行っていれば、強い揺れでも簡単に落下するものではありません。今回は取り付けたばかりだという事から腐敗もメンテナンス不備もあり得ませんし、設置に至っても王族からの依頼に手を抜くことがあるでしょうか?」
「いや、ないだろう。業者は王城の装飾も任せている。ここで事故が起きては信頼問題にかかわるからな」
「ええ。ですから“事故ではなかった”と考えているのです」
シグルドは言葉を言い換えるジェーンに目を見開くと、何かを考え込むようにギルバートへと視線を向けた。
「お前はどう思う?」
「………話を聞いてみてもいいかと思います」
そう答えたギルバートにジェーンはぎくりとする。ジェーンはあくまで考えられる状況を話すだけで、その根拠となる証拠を持っていなかった。まずは現場の捜査許可を貰い、怪しい点があれば突き詰める。そう考えていたのである。
ジェーンは助けを求める様にカイラスへと視線を向けた。




