憑依者は協力者を得た
ジェーンとカイラスの視線が突き刺さる。一人は純粋な疑問をもつ眼差しだったが、もう一人は不快だという感情を隠そうともしていない、不躾な視線だった。
『………私に会いたいと、何度も催促してきただろ』
プイッと顔を背けるシグルドは、まるで自分は間違っていないとでも言っているようだった。
『……あの、私、殿下に手紙を送ったことはありませんが……勿論プレゼント類も選んだことも贈ったこともはありません』
『バカな!お前は他人でも嫌になるくらいに送っていただろう!教養もなさそうな丸い字で、毎回同じ内容を変えもせず!』
『私の筆跡は丸いと言われるほどの丸っこさはないですけど……、信じられないなら教師に頼んで入学から今までのテスト用紙を見せてもらいましょうか?ご自身の目で見ていただけたらわかると思いますが……』
『…では、あれは一体……』
愕然としているシグルドではあるが、そういえばと思い当たることがあったジェーンとカイラスは互いに顔を見合わせた。
こそこそと囁き合う二人の様子に、シグルドは眉をひそめる。
『なんだ……、やはりお前が…』
『あ、いえ、そうではなく……私の母が、婚約者なんだからと王族へ茶会の提案をしていたと……そのような記憶がありまして……、流石にないとは思いますが、母と私と思われる手紙を見比べてはいかがでしょうか?』
『流石にあれは大人が書く字ではないぞ』
『筆跡はある程度変えられますが、字の癖というものがあるでしょう?文字の書き順、止めや跳ね、伸ばすところ、インクの掠れがあれば利き手もわかりますね。私は右利きですが、母は左利きなんです。文字は普通左から右に書きます。インクが渇く前に文字を書き連ねていたとしたら、文字からインクが伸びていることでしょう』
シグルドはジェーンの言葉に『なるほど』と呟いた。今は学園で生活しているため、手紙の確認については後になることも考えられるが、ジェーンの話に疑うことを止め、参考の一つとして耳を傾けるようになったシグルドの変化にジェーンは嬉しくなった。
だからか、調子に乗ったジェーンはついつい口を滑らす。
『よかったです、誤解が解けて。流石に好きでもない人に手紙を送り続けた変態だと思われていたら、悲しいですからね』
『……え』
『プッ……』
『確かにそれは酷い誤解ですね。私も嫌です』
『………』
上からシグルド、カイラス、アリスにギルバート。各々違った反応を見せたことでジェーンはハッと我に返る。
本音を尋ねたカイラスに流石に不敬だと思ったが、自分自身の発言の方が不敬だったと、ジェーンは仲良くなった者に対する気兼ねない自分の態度に恐ろしさを感じ震えた。
『も、申し訳ございません!』
遅いと思いつつもジェーンは慌てて頭を下げる。腰は直角に、背筋は伸ばし、相手の反応があるまで頭を下げ続ける覚悟だった。
だが
『い、いや、いい。どのような言葉でもこの場での言葉は全て不問と言っただろう。二言はない。………それより、お前は本当に私のことを好いてはいないのだな』
『は、はい。仰る通りです』
『……何故だ。交流を持たなかったとはいえ、お前は長い間婚約者としての立場を明け渡さなかっただろう。学園に入学してからもだ。私に何かを言ったりしなかった、………それは結果的に王子妃になるからの余裕ではなかったのか?』
ジェーンは恐る恐ると言ったように顔を上げると、そこには真剣な眼差しを向けたシグルドがいた。
その真剣さから、誤魔化すような言葉ではなく、本音を聞きたいという思いが伝わってくる。
ジェーンは一度ごくりと生唾を飲み込むとシグルドに答えた。
『私は頭が良くありません。私たちは幼少期に一度だけお会いしたことがあるでしょうが、逆を言えばそれしか面識がなかったのです。私の記憶も、高貴なる方に茶をかけてしまったという恐怖のみ。学園に入学してからも、殿下から厳しい態度を向けられる日々で、流石に好意を抱くきっかけは誰が見ても皆無でしょう。婚約者だと聞かされていた私も、進んで交流を持とうとしなかったのは、殿下の言う余裕ではなく、恐怖心からです。アリス様と仲を深めている様子から、寧ろ応援していたくらいですわ』
そのように告げたジェーンにアリスは驚き、シグルドは眉間に皺を寄せた。自身の行動を振り返り、紳士的ではなかったと今更ながらに自覚したのだ。自分を誘拐したと思われるヴァルモア侯爵の娘であるからといって、一方的に疑い、蔑ろにするべきではなかったと改めて思う。
こうして互いの誤解が解けたジェーンらは、協力関係を結んだ。
逃亡の為にやっている事業は引き続き継続することを認められ、稼いだ資産もジェーンとカイラスの好きにしてもいいと言質を取る。
更に二人だけで行っていたたんぽぽや菊芋などからのコーヒー作りも、需要に供給が追いついていないことから、アリスが持つ人脈から人手を調達してもらえることを約束した。元平民のアリスの周りには、働きたい人が山ほどいる。男は仕事を見つけやすいが、女はそうはいかない。しかもお願いしたい内容は軽作業で、アリスも口が堅い人を紹介すると言ってくれた。
ちなみにシグルドが手を貸すと言わなかったのは、シグルドが手を貸してしまえば王家が絡んだ事業となるからだ。利益は王家にも献上しなくてはならなくなり、二人の為にならないと判断した。ギルバートのマクレーン家もそうだ。貴族同士が絡めば、侯爵の耳にも入ってしまう。流石にバルタザールの耳に入って欲しくない二人は手を挙げようとしたギルバートに丁重に断りをいれた。
そんなやり取りがあったことからジェーンの不安も晴れた。シグルドと協力関係を結ぶことが出来たことは、悪役令嬢としての破滅回避は成功したという事で、残る不安要素は極寒期をどう乗り越えるかだけ。
流石に極寒期が訪れるという話は出来るわけもなく、だが数年のうちにくることがわかっていても、今はシグルドとの関係が良好になったことを喜んでいた。




