憑依者はペンを握る
◇
「……ジェーン、これは計画のうちなのか?」
カイラスは楽し気に紙にペンを走らせるジェーンに声を掛けた。紙には様々なタイプのドレスが描かれている。体にフィットし、ひざ下から人魚の尾ひれのように広がるマーメイドライン。アルファベットの「A」のように、ウエストから裾に向かってなだらかに広がるAラインドレス。バスト下に切り替えがあり、裾に向かって直線的に落ちるエンパイアライン。
アリスの年齢を考えれば華やかさも表現できるAラインドレスが一番いいかもしれない。
ジェーンは「ふふふ……」と一人にやけながらアリスに似合う色やデザインを考えていた。そんな聞く耳を持たないジェーンにカイラスは腰を上げ、向かい側から隣の席に移動するとわざと近づき耳元で囁いた。
「ジェーン、聞いてるのか?」
「え、あ、ごめん、集中してた」
ジェーンとカイラスがいるのは図書室だ。大量の書籍や学習の為の資料、新聞などが揃う学園内の図書室でアリスのドレスデザインを考えるために訪れていた。
カイラスは心の中の言葉が読めるため、作中で辱めを受けるのだろうヒロインを手助けするために一役買ったことはわかっていても、なんの説明もなく凄まじい勢いでペンを走らせたジェーンには理解が追い付いていなかった。
「それで?これは作中でのイベントの一つなんだろ?」
「うん、そうだと思う。作中ではヒロインは似合わないドレスを着るんだけど、嫌がらせでジュースもかけられてパーティー会場から早々に出ちゃうの。といってもヒロインは自分でもフリルが盛りだくさんなドレスは似合っていないって思ってたし、パーティー自体楽しめていなかったから別になんとも思ってはいなかったけど………」
「けど?」
「そこで殿下の従者であるギルバートが現れて、二人はいい感じになるんだよね」
「………ヒロインとヒーローの恋愛小説ではなかったのか?」
カイラスは首を傾げた。平民アリスの逆転貴族生活では確かに第二王子であるシグルドとヒロインであるアリスが恋に落ちる。だが入学して半年しか経っていない懇親パーティーでは、シグルドは婚約者であるジェーンのエスコートをし、アリスのことは信頼しているギルバートに任せることになるのだ。
勿論ジェーンに憑依した綾としてはシグルドのエスコートは受けないつもりではあるものの、婚約者として一曲くらいはダンスを踊る必要があると考えている。
「勿論二人の恋愛小説よ。でも恋には障害が付きもので、ヒロインには悪役令嬢が、ヒーローには当て馬として描かれる男性がいるの」
「その当て馬が従者ってわけか………。だがギルバート・マクレーンにはランドール男爵に恋情を抱いているようには見えなかったが」
「そりゃそうよ。あくまでも二人の仲は友人関係。ヒロインの初恋はヒーローに向けられるわ。だから一度も恋をしたことがないって設定だから自覚までとても時間がかかるのよね」
「そうか……」
「それで、私考えたんだけど当て馬設定とか不要だと思うのよ。だからパーティーのエスコートは最初から殿下に、そして馬鹿にされないドレスを着れば作中よりも早くヒロインの初恋が始まるんじゃないかって!」
ジェーンは自信ありげに話したがカイラスは眉を寄せ、少しばかり困ったような、残念な子を見るような眼差しをジェーンに向けた。
「……え、ダメ?」
【でもアリスのドレスを作るって言ってしまったし、その場に殿下たちもいたから今更作らないって言えないわ……。しかもアリスのエスコートも任せちゃったのよね】
ジェーンはその言葉の通り、アリスらと別れると図書室へと向かったが、道中何かを思い出したかのように引き返すと、シグルドの従者であるギルバートにアリスのエスコート役について殿下にお願いしたいと話した。
シグルドに直接話さないのは、シグルドに余計な疑いを持たれないようにするため。またアリスにシグルドと話す姿を見せて、勘違いされては恋心へのきっかけの障害になると考えたからだ。
恐る恐るといったように不安がるジェーンにカイラスは小さく息を吐き出すとこう言った。
「……どう転がるかはやってみないとわからない。だから反対はしないよ」
「うん!流石カイね!」
「ただジェーンのエスコートは僕がやる。他の誰にもやらせるつもりはないから、それだけは覚えててくれ」
「!……うんわかった」
真剣な眼差しで話すカイラスに、ジェーンは頬を染めた。作中とは異なり、弟との仲は良く、また婚約者にも特別な想いを抱いていないジェーンはどんどん男らしく成長するカイラスにときめいてしまう。
【何考えてるんだ私!今こそ雑念を振り払うべきよ!!】
真っ赤に染まる顔をぶんぶんと横に振り、ジェーンは一人せわしそうに動いていた。そんなジェーンの頭にカイラスはポンと手をのせる。
ジェーンの顔を覗き込むように見ると、表情を和らげながら笑みを浮かべた。
「頭が取れるぞ」
「…………~~~~!!!!」
ジェーンは更に顔を赤らませた。ポンポンポンポンと吹き出しが浮かぶが、自身の能力を伝えていないカイラスは全てに目を通すことは出来ないながらも、ニヤつく口元を隠しながら顔を逸らす際にいくつかの吹き出しに視線を向ける。
【誰!?こんなイケメンに育てたのは!私だ!】
【ホスト!!ここに売り上げナンバーワンホストいるわ!!】
【イケメンイケボ!!ヤバすぎ!!!】
“ホスト”という言葉は正直分からなかったが、それでもイケメンという言葉は容姿が良く魅力的な男性を指す言葉ということを以前に教えてもらったカイラスはジェーンにそう思われていることが嬉しかった。
そして顔を赤らませて反応を見せるジェーンは明らかに、以前よりも“異性”としてカイラスをみているということも嬉しかった。
(少しずつ、……今までの努力が形になってきている)
カイラスはそう思うとにやける口元を引き締めることは出来なかった。嬉しすぎて抑えることが難しかったのだ。
そんなカイラスを見たジェーンは“笑われている”と感じ、「もう!」と声に出しながら抗議しようとするがコホンとわざとらしい咳払いに手を止める。
「図書室ではお静かに」
「あ、……はい……すみません……」
結局ジェーンは口を閉ざし、再びペンを走らせたが、隣に座ったカイラスに気を取られ筆が進まず、途中で切り上げた。
それでもアイディアは既に形にしており、本人の意見を聞いて仕上げればいいと自分を納得させる。
「………ジェーン」
図書室を出て寮へと戻る途中、後ろから覇気のない声が聞こえてくる。ジェーンは目を細めながら、それでも頬を染めた状態で振り返った。
「………なに?」
「…すまん。早々に切り上げたのは僕の所為だろ?……けど、ジェーンの邪魔をするつもりはなかったんだ」
「……っ」
カイラスは目線を下に謝罪した。
ジェーンが本気で嫌がっていることはないとわかっていながらも、それでもカイラスは謝罪を口にした。ジェーンの好みをカイラスは完全に把握しているからだ。
ジェーンは可愛いものが好きだ。それは見た目だけではない。今のカイラスのように、男らしく成長し可愛さの欠片もない姿になったとしても、素直に気持ちを言葉に出来ることは十分ジェーンには可愛く映っていた。
まるで主人に叱られた犬のように耳を垂れさせた幻覚がジェーンには見えている。
これを意識して早九年。カイラスは考える前にどのような言動がジェーンのハートを射止めるのか把握しているのだ。
だからこそジェーンはカイラスの謝罪を受け入れる以外の選択肢はなかったし、選択肢があっても他を選ぶことはない。
「邪魔なんて、思ってないから」
【うわああああああ!カイの頭ワシワシしたくてツンデレみたいな言葉になっちゃったじゃん!!!はず!恥ずかしすぎる!!そんなキャラじゃないのに!】
ジェーンは嬉しそうに笑みを浮かべ安堵するカイラスに手を伸ばすと、柔らかい髪に指を絡ませた。
ふわふわと心地よく、まるで触れたことはないがこれが雲をふれている感覚なのではないかと思うと、その手つきは徐々に粗さが含む。
ワシワシと頭を撫でるとまっすぐで癖の一つもないカイラスの髪はかき乱された。ジェーンは「……あ」と声を漏らす。
「……これ、無造作ヘアってやつか?」
「違うから!ぐちゃぐちゃにしちゃっただけだから!」
ジェーンは耳を垂らした犬から、急に大人の男性に変わったかのような、妖艶な雰囲気を帯びたカイラスに慌てて乱れた髪を直す。
ささっと手櫛で戻せる羨ましいカイラスの髪質に、今回ばかりはほめたたえたい気持ちになったジェーンは、ずいっと顔を近づけ告げられた言葉に再び心臓が早まった。
「残念。ジェーンの好みの髪型にしてくれたのだと思ったよ」
「っ!か、カイ!そ、そういう言葉はやたら滅多に言っちゃダメ!お姉ちゃんは心配だわ!」
「心配してくれるのは嬉しいけど、僕は素直な気持ちを言いたいだけだ。ジェーンにはなるべく隠し事をしたくないから……」
「~~!」
ジェーンは口を閉じると息を止め、目を瞑りながら少しの間黙っていた。そしてぷはぁと息を吐き出すと「ありがとう」と告げる。
【天然無自覚は危険だわ……!気を引き締めないとズブズブいっちゃう!】
カイラスは顔を背け、先を歩くジェーンを見るとくすりと笑う。
(天然……はよくわからないが、自覚はありまくりだ。寧ろ自覚があるからこそジェーンは僕を意識している)
長い期間で身に染み込ませた言動は、一周回って無自覚と表現しても良さそうだが。
カイラスはジェーンの横に並ぶと取り留めない会話を楽しんだ。




