憑依者は提案する
「……そんなところで何をしていますの?」
アリスは強い視線を感じ、ジェーンを引き連れながら三人の男の元まで向かうとそう声を掛けた。
「……いや、私は何も……」
シグルドは言葉を濁し、アリスから目を逸らす。反対にカイラスはジェーンを見つめながら、少し悲し気な表情を浮かべながらこう尋ねた。
「ジェーン姉上……、僕はもう不要ですか?」
うるうると瞳を潤わせる。人はそんなカイラスをぎょっとした目つきで見ていたが、唯一ジェーンだけ何かが刺さったように胸を庇いながら、頬を赤らませていた。
【寂しがってるカイ可愛い……!】
姉であるジェーンは瞳を潤ませるカイラスを見てそのように思った。実際のカイラスはジェーンの考えているように寂しがっていることはないが、それでも自分以外の人間がジェーンの傍にいることに対し嫉妬していることは確かなため、全く違うというわけではない。だからそのように感じているジェーンの心を見てもカイラスはなんら反応はしない。寧ろ見たとしても“嬉しい”と感じることだろう。
そんなカイラスの心の内をわかっているのかアリスはジェーンとは違った、少し冷ややかな視線をカイラスに向けていた。
「………なんでしょうか、ランドール男爵」
「いえ、……ただ随分反応が違うのだと思いまして」
互いに言葉を交わすアリスとカイラス。だが本心を通い合わせることはなく、訝し気な目つきで様子を探り合う。
そんな二人をジェーンは首を傾げながら眺めていた。鋭いところがあっても肝心なところで鈍感なジェーンは、カイラスとアリスが視線を通わせる姿を怪しむように見つめている。
【…うーん………作中通りの展開にはなってないってことはわかるけど……】
悪役令嬢に憑依したことから、ジェーンがアリスと距離を置くことで、本来の筋道から外れることを想定していた。だが、作中では完全モブの立ち位置であるはずの第一王子の婚約者がジェーンの代わりに悪役令嬢という立場に変わってしまったことから、ヒロインと距離を置くよりも傍にいることのほうが自身の破滅からも遠ざかれると考えた。
その為にジェーンはアリスと友人となろうと考え、カイラスとしてもジェーンの破滅に繋がる運命を回避できるならばと友人関係を受け入れた。
だが、実際にジェーンとアリスが寄り添う姿を目にすると、カイラスの胸には淀みが生まれる。
これでいい筈なのに、何故か不満めいた黒い感情が胸の中を巣くうのだ。しかもジェーンの婚約者である第二王子のシグルドの護衛兼従者でもあるギルバートが、ジェーンに対して好意的な感情を抱いていることを知れば余計に。
【……今はよくてもいつかは……って、そんな不安が頭をよぎるわ】
ジェーンはカイラスの気持ちとは裏腹にそのようなことを考えていた。
綾としての人生、彼女がどのような小説を読み漁っていたのかカイラスにはわからなかったが、それでも不安げに眉を顰めるジェーンを放っておくわけにはいかず、カイラスはジェーンの手を掬い上げる。
「……カイ?」
「僕は生涯ジェーンの傍にいる」
ジェーンは目を瞬いた。
自分の不安をまた口に出してしまったのかと思ったが、近くにいるアリスやシグルドはカイラスの突然の言動に首を傾げている。
きっと言葉にはしていない。だが顔には出てしまったのだと、そして幼い時から共にいたカイラスにはわかる、わずかな変化に反応してくれたことが嬉しかった。
「……ありがとう、カイ」
ジェーンは柔らかな微笑みを浮かべ、カイラスに感謝を告げた。そんなジェーンの表情をみたシグルドは動揺する。だがそれを気に留める人はいなかった。
「そういえばもうすぐ親睦会があるのよね。ジェーン様はどのようなドレスを用意しているの?」
アリスはジェーンに尋ねた。
「そういえば秋季の親睦会がありましたね」
「親睦会?」
「そうよ。入学から半年の成果を祝い、学内の結束を高めるためにパーティーが開かれるの」
尋ねるカイラスにジェーンは作中内での設定も含めて説明する。実際、作中での設定と大幅な相違はないことは確かだったため、ジェーンは鼻高々に続けた。
「この親睦会はね“自由な交流”が許されているから、普段は身分差で話しかけられない相手にも話しかけやすい絶好の場なのよ」
【作中のアリスもこの親睦会で王子との関係を一気に深めたしね】
ジェーンがそう思っている一方シグルドやギルバートは違った考えをしている。
【何故この女はこうも“知っている”風に話すのだ……】
【誰かから聞いたのか?……だがジェーン令嬢の交流関係は然程広くない筈……】
訝し気にジェーンを見やる二人の視線。カイラスはそんな二人の目線からジェーンを守るように体を滑り込ませ、そしてアリスは話の軌道を修正する。
「…それでジェーン嬢はどのようなドレスを着るつもりなのですか?」
ジェーンはアリスの問いかけに、思い出すように視線を上に彷徨わせると答えた。
「私は今あるドレスを少し改良したものを着ようと思っています」
「あら、そうなんですね……」
話を広げることなく告げたアリスにジェーンは首を傾げる。だが男爵として爵位を賜ったアリスは他の令嬢のような服装ではなくズボンをはいていることに今更ながらに気が付いた。
「あの、……もしかして……」
ジェーンは言葉を濁した。最後まで告げられることはなかった言葉でもアリスは眉尻を下げて笑みを浮かべる。それだけでジェーンは悟った。
【ヒロインは、アリスは、パーティーの時に陰口を叩かれていた。長身に似合うドレスがなかったから。貴族というものは優雅で気品や威厳にあった立ち振る舞いを求めるにも関わらず、求められる見た目は「幼い可愛らしさ」。フリルや淡いピンク色のようなカラーが流行っているのよね。だからアリスのような見た目は“今”の学園ではまず受けないんだったわ】
でもそれはあくまでも“今”の話。
国民の為に駆け回り、どんな人にも分け隔てなく接するアリスは多くの人に知れ渡るようになる。そして国を救った英雄を祝うパーティーに、アリスは自身の魅力を最大限に見せるドレスを纏う。
金糸の刺繍、上質で光沢のある滑らかな織物、宝石を散りばめた衣装は長身のアリスだからこそ似合い、そして誰にも真似できないことを見せつける。
【……だけど、それらの生地はまだこの国で出回っていない…。だから今この王子にアリスのドレスを用意させることは出来ないのよね】
ジェーンはアリスの手に自身の手を重ね合わせた。大きくとも女性特有の華奢な手が、アリスのか弱さを表しているようであった。
「あの…アリス様!よければ私にアリス様の―」
ジェーンは言った。そしてアリスもジェーンの言葉に笑みを浮かべ、提案を受け入れた。




