憑依者はヒロインと友達になる
セリアは言葉を詰まらせた。
うまくいくと思っていたのだろう、まさか言い返されるとは思ってもなかったのか眉間に皺を寄せ顔を真っ赤に染め上げる。ジェーンの代わりの悪役令嬢として存在しているためか、初対面で見た頃よりも釣り目がちの目尻を更に上げ、キッと睨みつけるセリアにジェーンは“はぁ”と小さくため息を付いた。
「……誤解をしてほしくありませんので言わせていただきますが、私は今自身にかけられた疑いを晴らすために述べております。“オオオナモミはどこにでも生息している”“アリス様と同じ初心者だからこそ忍ばせることが出来た”私を疑う要素はこの二点。また“外出届を出しているからこっそり持ち運べた”というのも先ほど述べた通り、門での厳重なチェックにより持ち運ぶことは不可能であることを理解していただきたいのです」
「だ、だからなんだというの?」
「それだけですよ」
「なっ……そ、それだけって……」
セリアは困惑した。ジェーンが何を言いたいのか、何を考えているのかわからなかったからだ。
自分に罪を着させようとした人間に対し論破したものの、逆に暴くことをせずに話を終わらせようとする。その考えがわからない。貴族という世界を生きていくのならば、この状況を利用しなければこの先うまく立ち行くことなど出来ないだろう。
論破できるような力があるのならば、それがわからないわけがないはずなのにしない、セリアにはジェーンが何を考えているのかわからなかった。
セリアはちらりとジェーンの弟であるカイラスを見る。ジェーンが困った時、すぐに助け舟を出すのはこの男だからだ。
だがカイラスはただ黙ってセリアの後ろに控えているだけ。セリアと目が合えば不躾ながらも睨みつけはするものの、それ以上何かをする気配もない。
「……ですがバーネット公爵令嬢が仰る通り、なにか別の入手手段があれば私にも犯行は可能でしょう。その為には学園側でも調べていただかなければならないのですが、………先生、ご協力をお願いできますでしょうか?勿論私にできることはいくらでも協力させてください」
予想だにしない援護、そして展開にセリアが呆然とただ成り行きを見守っていると、教師はセリアに目を配った後ゆっくりと頷いた。
「勿論です。学園で飼育している馬に被害があったのですから。それに駆除対象の雑草がもし学園内で発見されたら大問題です。この件は私が責任をもって報告させていただきます」
ジェーンは微笑みながら頷いた。
そしてハッと表情を変えるとアリスへと視線を向ける。パタパタと駆け寄るものの、アリスの傍にいるシグルドを見るなり足を止め、距離があったが声の届く範囲であることは確かなためジェーンはアリスへと話しかけた。
「アリス様、お怪我はありませんか?」
「………大丈夫です。どこも怪我はありませんよ」
「よかった」
ジェーンは心から安堵した。小説を読んでから映像で見たいと思っていた光景。コミカライズもアニメ化もしてはいないために、全ては自分の想像でしか見ることは出来ない場面を見れたことは確かに嬉しかったが、まさか想像よりもずっと激しく馬が暴れたことにジェーンはショックだった。
アリスの運動神経の良さを知っていたとしても、心配せずにはいられない。そんな光景だった。
「っ」
息を飲む音が聞こえた気がした。だが瞼を下ろし、視界を絶っていたジェーンには誰が反応したかはわからない。視線を彷徨わせても表情の変化が見えない三人に首を傾げつつ、その場を離れようとする。
「あ、あの―」
「ジェーン様!」
ギルバートとアリスの声が重なった。呼ばれたジェーンは振り向き、互いに見やるアリスとギルバートの様子を不思議そうに首を傾げるが、発言を譲られたアリスがジェーンと目を合わせたことで、初めてギルバートに話しかけられたことよりも“ヒロイン”に話しかけられたことに体を跳ねさせる。
怯えではなく、緊張からだ。
一方ジェーンの後ろに控えるカイラスは、ジェーンに興味を抱いたギルバートを敵視するように鋭い目つきで睨みつける。
睨みつけられたギルバートもまた、応えるようにカイラスを睨んだ。
無言のやり取り。バチバチと火花が散るような攻防の下でアリスとジェーンが話をする。
「本当に、ありがとうございます。ジェーン様の助言がなければ私は今頃落馬していたことでしょう」
「そんなことっ……ですが怪我がなくてなによりです。それよりアリス様は運動神経がとてもよろしいんですね。馬から飛び降りた瞬間、肝が冷えましたが、同時にすごくかっこよくて素敵でした」
「!………ジェーン様は淑女らしくないとは仰らないのですね」
アリスはジェーンの真っ直ぐな眼差しを見ると表情を緩ませた。
男爵という爵位を賜り、平民から貴族となったアリスはシグルドの厚意で貴族として学んでいた。その中に比喩的な表現法も含まれ、ジェーンの言った“運動神経がとてもいい”という言葉は裏を返せば“淑女に相応しくない野蛮な行動”と表すことが出来る。
だがアリスはジェーンの眼差しを見ると、そんな可能性を否定した。裏なんてない、言葉通りの意味であると直感したのだ。
アリスは二ッと口角を上げ笑みを浮かべるとジェーンへと歩み寄り、手を優しく、だが決して逃げられないように握りしめた。
「ジェーン様、私とお友達になってください」
◇
ジェーンはアリス・ランドールと友人関係となった。『平民アリスの逆転貴族生活~以下略』での作中のままの設定ではありえない関係をジェーンは成し遂げた。
だが、それを快く思わない男がいた。
カイラス・ヴァルモアとシグルド・フォン・レギウスである。
「アリス様、クッキーを焼いてきたんです。お口に合いますか?」
「とても美味しいです!ジェーン様はお料理も上手なんですね」
「え、そんな…お菓子作りとお料理はまた違いますよ」
「あら、そうなんですか?私は母によく台所には立つなといわれるんです」
二人が楽し気に笑い合っているすぐ後ろで、二人の男が嫉妬のオーラを放ちながらアリスとジェーンを凝視していた。表情は悲しいのかそれとも怒っているのか、なんとも言えない複雑な表情である。
そしてそんな二人を呆れの眼差しで見やる男が一人。
「……なんであの女が食べてるんだよ……」
「アリスの笑顔は私だけのものなのに……!いや、待てよ…私もクッキーを作ればいいのか?」
カイラスとシグルドはそう言葉を漏らしていた。そしてギルバートは自身の主であるシグルドを呆れたような眼差しで見ると、聞こえない程度に小さい溜息を吐き出しながら、主の想い人であるアリスと共にいる女性、ジェーンを見つめる。
【……可愛らしい】
ギルバートは目を細めながら、そのように思っていた。
貴族の娘として生まれながらも、厨房に立つ令嬢がどれほどいるか。例え友人の喜ぶ顔をみたいからという理由があっても、実際に厨房に立つのは雇われているシェフであり、令嬢が立つことは有り得ない。
だがジェーンは違う。まずこの学園では全寮制、基本的に使用人を雇うことは出来ないし、シェフを雇い入れることは有り得ない。学園では原則として自分のことは自分でしろ、がモットーなのである。
出来ないことがあるのなら人に聞け、という方針が身分差を問わない所以である。
その為、ジェーンの言葉通り“クッキーを焼いたのはジェーン”本人である可能性が高かった。しかもジェーンの弟であるカイラスが恨めしそうに口にしていることから余計、そう思わざるを得なかった。
ギルバートは美味しそうにクッキーを食すアリスと、頬を染めて見守るジェーンを見つめながら微笑ましそうに眺めていた。
“可愛らしい”と心の中で思う言葉は事実ではあるが、それは女性という異性に感じる感情より、小さな小動物に感じる感情に近い。
だがその心の言葉をいち早く察したカイラスはそう思わなかった。
ギン、と強い感情で目つきを鋭くしながらギルバートを睨め付ける。
しかしながらギルバートは、そんなカイラスの視線をするりを受けながし、あたかも何も感じていないような平然とした態度で応じていた。




