ヒロインは常識人
アリスが問いかけた。
いつの間にかクラス以外の生徒も教室内を覗き込んであり、固唾をのんで見守るといった様子になっているが、アリスにはそんなこと気にならなかった。
婚約者がその相手に疑われている。女の子が悲しむような展開に我慢が出来なかったのだ。その正義感からアリスは更にシグルドに言葉を投げかける。
「以前にもお話ししましたが、殿下はジェーン様に寄り添うべきです。私はジェーン様が可哀そうでなりません。そもそも殿下は―」
だが話途中でジェーンは咄嗟にアリスの制服を手をかけた。
弱い力で袖を引かれたアリスは言葉を止めて振り返る。
「………ジェーン様?」
「あ、あの、………私のことを信じてくれるんですね」
ジェーンは咄嗟に口にした。
このままアリスに話させてしまえば、シグルドはきっと傷つき、アリスから距離を取る可能性が高い。そうなればアリスとのイベントもなくなり、恋心のきっかけを遅らせてしまうことに繋がる。そう考えたジェーンはなにがなんでも話を続けさせるわけにはいかなかった。
だがなんと声をかければいいのか、迷った末の言葉が感謝の気持ちだった。
「嬉しいです。ありがとうございます」
「当然です!実際にジェーン様はなにもしていないでしょう?」
「それはそうですが……アリス様はどうして私がやっていないと言い切れるんですか?」
「そんなの簡単ですよ」
アリスはにこりと微笑んだ。
「ジェーン様からは悪意を感じません。私そういう勘は結構鋭い方なんですよ?」
「へ?勘、ですか?」
「はい!よく言うでしょう?女の勘は当たるって、私こう見えても家族の中で勘が冴えわたっているというか、殿下が捕らえられていた時もなんか行ったほういいかもっていう感じがしたからなんですよ」
屈託のない笑顔で話しアリスにジェーンは目を丸くするものの、くすりと笑った。
「……確かに当たってますね。アリス様の勘のお陰で殿下は助かりましたし、私もやっていませんのでアリス様の勘は的中率が高いです」
「ですよね!私も自分の勘だけは信じているので!」
事件の真犯人と疑われるジェーンと被害者であるアリスが仲睦まじい様子を見せていれば、流石にシグルドといえどもジェーンを追求することは出来なかった。
事件は早々に幕を閉じ、カイラスは真の犯人であるセリアへと視線を向ける。
セリアの顔は醜く歪み、またセリアの取り巻きの令嬢たちもこの展開が気に入らないように眉間に皺を寄せていた。扇を持つ手はわなわなと震え、余程力が込められているのか指先は白い。
カイラスは四人の心を読むと不敵に笑い、ジェーンへと近づくと手にしている髪飾りを付けた。
「この髪飾りはあまり付けない方がいいかもな」
「……気に入ってたんだけどな」
「無くすよりはマシだろ?」
「うん、そうね。そうするわ」
ジェーンは少し残念そうに目線を落とすが、それでも無くしてしまったり、今回のように悪事に利用されるよりはと考えると、カイラスの提案を受け入れた。
【せめて飾っておこう】と考えるジェーンに、カイラスはふと笑みをこぼす。身に着けることが出来なくなっても見える場所に飾って大切にしてくれるのだろうジェーンの気持ちが嬉しかった。
カイラスはふと視線を感じた。じっと見つめる視線に目線を向けると、そこにはジェーンとカイラスを、いや寧ろカイラスを怪しむように見つめるアリスがいる。
【……この目、この感じ、この人ひょっとしてジェーン様を?……でも二人は姉弟、なのよね?あまり似ていないけど】
カイラスはアリスの心の言葉を読むとニッと口角を上げた。そして人差し指を立て口元にあてる。
「!」
まるで「内緒だ」と告げているようなカイラスにアリスは驚いた。きょろきょろと視線を彷徨わせ安堵するアリスは【声に出してはいないみたい…】と考えている。
【偶然?……それとも―】
カイラスはそこでアリスから目線を外した。
「……姉上、帰ろう」
「あ、うん。ちょっと待っててすぐ準備するから」
ジェーンは慌てた様子で席へと戻ると教材を鞄へと纏め、再びカイラスの元へと戻る。
アリスには挨拶を、婚約者であるシグルドには軽く頭を下げて、ジェーンはカイラスと共に教室を後にした。
◇
「それは確実に黒ね。真っ黒よ」
ジェーンは寮までの道のりでカイラスから事情を聞いていた。
アリスの鞄の中にジェーンの髪飾りがあったこと、アリスを非難する言葉までは聞こえてはこなかったものの、それでもアリスに対しての視線は明らかに疑いの眼差しが多かった。
だがシグルドがアリスに味方をしたこと、そしてカイラスも楽し気に眺めていた四人を発見し、すぐにアリスの仕業ではないことに気付いたために疑いの言葉ではなく謝罪の言葉を口にしたことで、アリスへの被害はないことを聞く。
その上でジェーンが放った言葉が先ほどの黒発言であった。
「実際のところヒロインが私を疑っていないのには驚いたわ。ヒーローと一緒に少しくらい疑うものと思っていたから」
「そうだな。……女の勘、とか言ってたが作中でもそうなのか?」
「どうだったかな……確かにあっさりさっぱりしてて、男勝りな感じだけど、女の勘よりは野生の勘っていう表現の方が近いかもしれない」
「……勘はいいほうなのは合ってるんだな」
ジェーンは無言で頷いた。
「それより悪役令嬢としての役割を彼女たちがやるのなら、ヒロインのきっかけは大丈夫だと思うけど、問題なのは私の所為にされることよ。見たでしょ?殿下の態度。最初から私を疑っていたわ」
「確かにそうだな。婚約者として好かれていないことはわかりきっているのに、何故かジェーンに嫉妬心があるように話していた」
「それ!それなのよ!私は何も思ってないのになんで!?いつ私が好き好きアピールをしたっていうのよ!本当嫌になっちゃうわ!」
「ランドール男爵が指摘してから口を閉ざしていたから、婚約者に対する態度ではないという自覚はあるんだろう。問題なのは何故かジェーンに好かれていると思っていることだ。だがランドール男爵が嫌がらせをジェーンだと誤解していないのならば、今後の嫌がらせも放置してもいいかもしれない」
「……どうして?ヒロインが誤解していなかったとしても断罪するのはヒーローよ?疑われているのなら嫌がらせも止めた方がいいんじゃない?」
「嫌がらせを止めれば気持ちの自覚が遅くなるから出来ない。だが殿下にジェーンが好意を抱いていないことを自覚させれば、問題は解決するんじゃないか?」
「それはそうだけど……そんなにうまくいくかな?頭の固い人って他の人の言葉を聞かないっていうわよ?」
「ランドール男爵がいるだろう?」
「あ……」
【確かにあの時アリスが庇ってくれたから、私殿下に詰め寄られなかったのよね。だとするとカイの言う通り、アリスを味方にすればうまくいくかもしれないわ】
カイラスはジェーンの思考を読むと笑みを浮かべる。
「………そうだな。まずはランドール男爵と友人になろう。場合によってはいじめから助けてやるのもいいかもしれない」
「………」
ジェーンはカイラスの“友人”という言葉に目を輝かせるが、続けられた言葉に意味ありげに笑う。まるで「わかっていない」とでもいうかのような呆れた表情だ。
「……なにか変なこと言ったか?」
「変じゃないけど……、ただカイはまだまだ分かってないなって思っただけだよ」
「わかってない?」
「うん。まぁそのうちわかるよ、この作品のヒロインが他とは全然違うって」
カイラスはジェーンの言葉に首を傾げた。ジェーンの心を読もうとしても、具体的な理由が表示されているわけではないためわけがわからないと訴えるものの、ジェーンは【よっし、アリスと友達になるぞお!】と既に思考を切り替えている。
結局カイラスは理由を知ることは出来ず、友人として親しくなろうと意気込むジェーンを応援したのだった。




