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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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18/29

憑依者は疑われる

 授業が終わり、アリス・ランドールは寮へと帰宅するため鞄を持ち上げると、中から自分のものではない小さな宝石があしらわれた高価な髪飾りが滑り落ちた。

 カシャンと小さな音が教室内に響き、人の注目を浴びながらもアリスは振り返ると下を見る。


「……? これは」


 アリスがそれを拾い上げた瞬間、誰かが「あれってジェーン様のものじゃない?」と囁いた。小さく呟かれた声は誰が発したものかまではわからないものの、それでも思ったよりも人の耳に入り、アリスは嫌な視線を集める。

 盗みを働いた者を見る様な、訝しむ様子。それでもアリスは気にするそぶりを見せず、手に持つそれを高く上げると声を張り上げた。


「こちらの髪飾りは誰のものですか?」


 その時教室の扉が勢いよく開いた。最初に現れたのは別の授業を受けていた第二王子のシグルドだ。

 シグルドは教室の中央で手を高く上げるアリスに首を傾げ、一体なにをしているのだと口を開こうとした時だった。


「それは……ジェーンの髪飾り!なぜあなたがそれを持っているんですか?」


 シグルドの後から入ってきたカイラスはアリスの手にある髪飾りを見るなりアリスへ歩み寄ると、奪うようにして髪飾りを手にした。

 そんなシグルドの失礼ともいえる行為にもアリスは気を悪くすることなく冷静に答える。


「分かりません。いつの間にか鞄の中に混入していました。ジェーン様とは同じ授業もありますし、どこかのタイミングで何らかの衝撃で転がり込んだのかと思いますが、それは本当にジェーン様のものですか?」


「なにを……っ…、間違いありません。これは私がジェーン姉上に贈った物なので」


 カイラスは眉を顰めアリスを責め立てようとしたが、アリスの心の声は嘘偽りなどなく、本当に偶然転がり込んだのだと思っていることがわかった。その為、責め立てようとした言葉を飲み込み、アリスの問いに答えながら視線をずらし、教室内にいる生徒一人ずつの心の言葉を読んでいく。


【なんだなんだ?なにがあったんだ?】

【カイラス様がってことは、あれは本当にジェーン様のってことよね?うそ、アリス様が盗んだの?】

【やっぱり元平民なだけあるわね。貴族の物を盗もうとするだなんて……】


 カイラスやシグルドと同様に他の選択授業を受けていた生徒たちは困惑が多かった。必死にこの状況を理解しようとしている者が大半であったが、最初からアリスと同じ空間にいた貴族令嬢たちはアリスが“盗んだ”と判断し、厳しい眼差しでアリスを見ていた。

 だが四人だけ、この状況を楽しむように口元を扇で隠しながら眺めている者たちがいた。

 先日ジェーンに絡みに来た、セリア・バーネット公爵令嬢とその取り巻き立ちだ。


【ふふふ。成功ね。元平民が貴族の物を盗んだ。殿下もこれで目が覚めるわ】

【ヴァルモア侯爵令嬢がタイミングよくいないのは残念だけど、殿下もこれで平民が貴族になってもその卑しさは変わらないとわかるはずよ】

【これでヴァルモア侯爵令嬢が元平民を虐める場面にいけるわね。自分のものを盗んだ者を虐げる。罪を擦り付けやすくなったわ】

【セリア様嬉しそうだわ、バレないように緊張したけどやってよかった!】


 黒い吹き出しに怪しい言葉。カイラスは考えるまでもなく、誰が仕掛けたかを察するとすぐにアリスに向き直ると頭を下げた。


「すみません。少しでも疑ったことを謝罪します。ちょうど昼食時、紛失したと話を聞いたばかりでしたので気がたってしまいました」


「いいえ、直接言葉を言われたわけでもありませんし構いませんよ。それより見つかってよかったです」


「はい、お騒がせしました」


 カイラスは謝罪をし、アリスは受け入れることで、この件をあっさりと終わらせようとした。だがそこにタイミングよくジェーンが現れる。

 経営の授業から帰ってきたジェーンは少し疲れた顔でやってきた。

 ジェーンはシグルドの横を通り過ぎようと扉を潜り抜ける。だが、ジェーンの存在に気付いたシグルドによって腕を掴まれ止められた。


「待て、本当は君が自分でやったんじゃないのか?」


「え?」


 ジェーンは突然のことに振り返ると目を瞬いた。ジェーンと同じように経営の授業を選択した生徒たちも状況を理解できず、近くの者へ説明を求めている。だがシグルドに掴まれているジェーンには誰も教えることが出来ず、ジェーンは首を傾げるだけ。

 そんなジェーンを前にしても、シグルドの瞳には疑念が渦巻いていた。


「平民だったアリスを窃盗犯に仕立て上げようとしたのだろう。君は私の婚約者だ。私がアリスを気にかけていることを良く思わないと自作自演を行った。違うか?」


 カイラスとアリスによってあっさりと幕が下ろされようとした事件が、何故か今シグルドの誤解によって複雑になろうとしていた。

 ジェーンは掴まれた腕を眉を顰めたまま見下ろした後、ゆっくりとシグルドと視線を合わせた。


「……仰る意味がわかりません」


 冷静にジェーンは答えるが、シグルドはそんなジェーンを冷たい眼差しで見下ろした。

 一方で成り行きを見守るセリアは目を輝かせる。


(なんて素晴らしい展開なの!?)


 扇で上気した頬を隠しているものの、その目はらんらんと輝いていた。

 身分の差など気にしないとばかりに第二王子であるシグルドの傍から離れないアリス。セリアはそんなアリスに貴族としての心構えを身をもって知らしめたいと考えていた。そして本来ならば第二王子の婚約者であるジェーンがアリスに教えるべきことを、公爵令嬢であり王族を除けば一番身分が高い自分が“ジェーン”の代わりにやってあげるべきと考えていたのだ。

 勿論ジェーンの代わりにしたことなのだからと、その成果はなにもかもジェーンに与えるべきことであり、ジェーンはさぞかし感謝を示すだろう。

 セリアは一切アリスを疑うことがないシグルドには驚きが隠せないまでも、婚約者であるジェーンを真っ先に疑うシグルドの思考に目を輝かせた。

 だが


「ちょ、ちょっと待ってください。ジェーン様は被害者ですよ?自作自演?何を言っているのですか」


 アリスが慌てた様子で割り込んだ。ジェーンを守るように、長身の体でジェーンを隠すように背に回し、アリスはシグルドと向きあう。シグルドはそんなアリスに、ジェーンに向けた瞳とは違う優しさに満ちた眼差しで見つめた。


「……アリス、君は知らないと思うが貴族というものは陰湿なことを平気で行う。被害者を装って相手を陥れるというやり方は常套手段なんだ」


「それをジェーン様がやった証拠はあるんですか?」


「証拠は君のカバンに入っていた髪飾りだ。髪飾りは身に着けるものであり、それを自分以外の者がとればすぐにわかる。本人が頭からとらない限り気付かないわけがないんだよ」


「そうでしょうか?いくら上質な髪飾りでも髪質によっては滑るように落ちますよ。ジェーン様の髪は細く柔らかい髪をしてしています。髪飾りも重みがあって時間と共に落ちてしまう可能性は十分にあります」


「…っ」


 アリスの言葉にシグルドは言葉を詰まらせた。

 ちなみにアリスの背に守られたジェーンはというと、後ろを振り返り、カイラスを探していた。

 ジェーンと目が合うと、カイラスはパクパクと口を開く。手のひらには誕生日プレゼントとしてカイラスに貰った髪飾りがあり、カイラスは髪飾りを指さすとアリスを指さしその後とある女性を指さした。ジェーンは差し示された先を追うとやっと納得した。


【そういうことね。つまり、セリア様たちが悪役令嬢であるジェーンの役目をやったけれど、その罪を全部私に擦り付けようとしている。これじゃあ私がやっていなくても作中通りになってしまうじゃない】


 カイラスはジェーンの心の言葉を読むと、伝えたかったことが正確に伝わった様子でひとまず安堵した。

 正確な情報がなければ対処することが出来ない。そして放置すればジェーンは悪役令嬢として無実の罪をかぶせられ、作中同様投獄させられてしまうだろう。

 ともいえ今のままでは作中通りに進む可能性が高く、それはアリスがシグルドに対する恋の芽生えを自覚することにもつながるが、ジェーンの破滅も意味しているため、悠長に構えているわけにはいかなくなった。


「…殿下の言い分では私にも当てはまりますよね?“ジェーン様の自作自演に見せかけて”わざわざ髪飾りを私が隠した。と」


「君が盗むはずがないことは私が知っている。これまでの君の振る舞いを見れば誰でも思う事だろう」


「ではジェーン様は?」



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