新しい悪役令嬢の登場
「……失礼ですが」
低く、地を張るような怒りが込められた声が響く。
カイラスはジェーンに詰め寄る令嬢たちへ冷たい視線を向けた。
「姉上が殿下の交友関係に口を出さないのは殿下の自由を尊重してのこと。それを責任という言葉で押しつけるのは、ヴァルモア侯爵家への侮辱と受け取っていいでしょうか? バーネット嬢」
「っ……それは……」
カイラスの放つ威圧感に、セリアが思わず一歩後ずさる。
そこにすかさずジェーンが言葉を重ねた。
「ご教授いただきありがとうございます。ですが弟が言ったように、私は殿下の幸せを一番に願っておりますの。今殿下は私の目から見てもとても楽しそうに笑っている。私はそんな殿下の笑顔を奪いたくはないのです。……ですから直接殿下へ進言されてはいかがかしら?」
ジェーンはにこりと笑ってそう告げた。
それは「私を巻き込まないでほしい」という拒絶だったが、プライドの高い令嬢たちには「煽り」にしか聞こえなかった。
令嬢たちが去っていくと、ジェーンは深いため息を付いて椅子に背中をもたれかける。
貴族令嬢としてあまり良しとされない姿勢ではあるものの、難が去った後なのだ。これくらいは見逃してくれと、行動を正当化させながらジェーンを空を仰ぎみる。
「……大丈夫かな、あれで。……カイもありがとうね。庇ってくれて。私一人だとどうしていいかわからなかったよ」
【カイが考える時間をくれたことで王子に面倒押し付けることが出来たからね】
実際のところ彼女たちが殿下に直接進言することはないだろう。十歩譲ってバーネット公爵令嬢であれば、第一王子の婚約者であることからまだ可能性はあり得るだろうが、そもそも公爵家よりも身分が下であるジェーンに先に話をしたことから、バーネット公爵令嬢が殿下に直接物申す可能性は低いと推測できる。
カイラスは先ほど令嬢たちに向けた冷たいものではなく、優しく、そして甘く蕩けるような笑みを浮かべていた。
「かっこよかった。思わず惚れ直しちゃいそうだった」
(十分すぎる程惚れてるけどね)
心の声は決して漏らさないまま、お茶で流し込むようにカイラスはカップを啜る。
そんな平然としたカイラスにジェーンは揶揄われているとわかっていながらも、思わず頬を染めた。
「か、かっこいいのはカイの方でしょ」
「僕の方?……ってことはジェーンは僕に惚れた?」
こてりと首を傾げカイラスは尋ねる。
キラキラとまるで「惚れた」という言葉を待っているかのような眼差しは、純粋な子供のようで、ジェーンは心臓付近にに槍でも突き刺されたかのような大きな衝撃を受けた。
【何あの目!キラキラして!おっきくなっても可愛いままとかヤバすぎるでしょ!!!】
そんなジェーンの心にカイラスはニヤリと上がる口角をティーカップで隠すと、悲しそうに目を伏せ「……かっこいいって言ったのは噓だったんだね」と呟く。
「そんなことないよ!本心だよ!」
そう大きな声を上げたジェーンに、クラスの視線が集まった。
苦言を告げに来たバルタザール公爵令嬢らは、ティータイムという時間を理解し、感情を高ぶらせてはいたものの声を荒げることはしなかった。
その為この日初めて注目を浴びることとなったジェーンは、「し、失礼しました」と顔を真っ赤に染め体を縮めさせる。
そんなジェーンに、カイラスはティータイムをテーブルに戻すとくすりと笑ったのだった。
◇
一方、ティータイム時間を終えたセリアたちは、屈辱に震えながら扇を握りつぶさんばかりにしていた。
「……よくも私を馬鹿にしたわね、ヴァルモア嬢!」
取り巻きの一人が、セリアの言葉に同調する。
「ええ、せっかくセリア様が助言して差し上げたというのに彼女……まさか言い返すだなんて思いませんでしたわ。……ですが、ここはひとつヴァルモア嬢に華を持たせて差し上げるのも上に立つものとしての務めではありませんか?」
「……それはどういうことですの?」
「彼女の代わりに私たちが『男爵』に思いやらせて差し上げるのですわ。そうすれば、心の中ではきっと殿下の心変わりに嘆いている彼女も喜ばれます」
取り巻きはバーネット公爵令嬢に告げると、ニヤリと醜く笑う。
「……そうね、そうだわ。彼女の為に、私たちが動いてあげましょう。そうすれば彼女も私たちに感謝するわ。心の中では嫉妬に狂っている筈の彼女が、感謝のあまり首を垂れるの。ああ、想像するだけでぞくぞくするわ」
バーネット公爵令嬢は醜く歪んだ表情で、瞳孔を開きながらそう言った。
その言葉は決して言葉通りの意味を持たない。
ジェーンの為に、と口にしているものの結局は全ての罪をジェーンに押し付け、そして捕らえられた際の地面に顔を擦り付ける醜い姿を想像していた。
その証拠にバーネット公爵令嬢は取り巻きにも聞こえない程に小さな声を呟く。
「全てあの女のやったことにすれば殿下は彼女を軽蔑し、婚約は破棄。侯爵家の名声も地に落ちるわ。……ふふ、あんなに『殿下の幸せを願う』なんて澄ましていたんですもの、その言葉通り、ご自分から身を引く形にして差し上げるのが慈悲というものでしょう?」
セリアはくすくすとこみ上げる笑いを漏らすと「なにがいいかしら?」と取り巻きに向けてそれはもう美しい笑みを浮かべた。
取り巻きもそんなセリアに見惚れつつ案を出す。
「ヴァルモア侯爵令嬢のハンカチを盗み、肌をかぶれさせる薬物を染み込ませ、男爵のカバンに忍ばせるのはどうでしょう?ハンカチには家紋を施すことが多いですし、それが証拠になりますわ」
「男爵をヴァルモア侯爵令嬢の筆跡で呼び出し、監禁させるのはどうでしょう?例え元が平民であっても、所詮は女。閉じ込められれば恐怖を感じますわ」
「私は男爵にも立場を思い知らせて差し上げたいので、……ヴァルモア侯爵令嬢の私物を男爵の荷物に隠すというのはどうでしょうか?これなら殿下も男爵が如何に卑しいのか気付くきっかけにもなりますし、男爵に疑念を抱いているという意識づけをさせておけば罪をかぶせやすく……いえ、ヴァルモア侯爵令嬢も婚約者という立場を理解しますわ」
取り巻きの提案にセリアは笑う。
「いいわね。どれも素敵よ。全部やってしまいましょう。……となれば大切なのは順番ね。自作自演を先に済ませてしまえば、ハンカチの案だってうまくいくわ。でも監禁も捨てがたいわね」
「では私物を先にしましょう。セリア様がおっしゃる通り、今のままではヴァルモア侯爵令嬢は行動を起こしません。王子の立場を狙う男爵が侯爵令嬢の私物に手を出すという展開にもっていくことで、互いにわだかまりを作らせておくのです」
「いいわね!素晴らしいわ!」
「では、早速侯爵令嬢の私物を物色……いえ、貰いに行きましょう」
◇




