憑依者は怪しむ
カイラスはジェーンの心の言葉を読むと、思わず声に出してしまった。
慌てて閉じ、口元に手を当てるがジェーンは驚きのあまり目を見開き、カイラスを見上げている。
【……私、声に出してた?】
まるで問いかけているようなジェーンの心の言葉。
カイラスはぐっと口を結ぶとジェーンの目をじっと見つめた。
心の言葉が見える、そんな能力を持っていることを知られたくなかったからだ。
【聞こえている?聞こえていない?】
【おーい!カイラス!カイラスってば!!】
【返事しなさい!……わかった、そっちがその気なら私にも考えがあるわ】
【そうだ!私の秘密教えてあげる!実は私-】
ポンポンと吹き出しが浮かび上がるがカイラスは決して見ないようにジェーンの目からそらさなかった。
その為本来ならば興味を示すジェーンの秘密とやらにも、カイラスは反応することがない。
ジェーンは全く反応を見せないカイラスに首を傾げ、小さく「……私、もしかして声に出していた?」と尋ねた。
そしてカイラスはゆっくりと頷く。
「………少しだけ」
ジェーンから目を逸らし、カイラスは言った。嘘を付いたのだ。
【え、本当に??…でも心の中で色んなこと言ってもカイは反応しなかった。私のとっておきの秘密にも微動だにしなかったわ】
(え、待て綾の秘密!?なんだそれ)
視線をそらしたことでジェーンの心の言葉が目の前に飛び込んでくる。
カイラスはぎょっとしたが、ここで追求すればこの気持ちの悪い能力のことがバレ、そして実の親にも向けられた感情を抱かれてしまうと考えた結果、我慢するしかなかった。
そしてそんなカイラスの嘘にジェーンは完全に納得はしていないものの、少し恥ずかしそうに頬を染める。
【……もしかして、今までも声に出してた時があったのかしら…?それだったら恥ずかしいわね。昔から口がぽかーんって口があいているって言われたことがあったけど、ジェーンの体になって、礼儀作法も学んで、口が開いていることなんてないと思ってたのに……】
“口が開いている”こと自体が直接独り言を引き起こすわけではないものの、前世によく言われていた言葉を思い出したジェーンは思わずきゅっと口を結んだ。
カイラスはそんなジェーンに悪いと感じながらも、それでも本当のことは伝えない。
「……さっきみたいに言うことはあまりないから心配しなくていいよ」
そうフォローするのがやっとだった。
「……カイ、私がまた声に出してたら教えてくれる?流石にこの年齢で独り言は恥ずかしいから」
「わかった。ちゃんと教えるよ」
「絶対よ?」ジェーンはそう言って不安そうにカイラスを見上げる。
二人はその場から歩き出すと校舎へと向かった。
いくら寮制だとしても、貴族の子供たちが自らの手で荷解きをするわけがなく、事前に各家の使用人や従者によって環境は整えられている。
その為二人は学園の校舎内を把握するために歩き進めた。
「……それにしても作品の中ではヒーローはヒロインに真っ先に声を掛けるんだろう?ジェーンに先に声を掛けたという事は既に物語からそれているということなのだろうか?」
「……う~ん、難しいわね。そもそも悪役令嬢の登場シーンは、校舎内を歩いている二人の前に現れて王子……ヒーローにすり寄るっていう展開なの。でも私はヒーローに興味がないでしょう?ヒロインが恋心を抱くきっかけを寧ろ潰してしまうから、少しでも二人っきりにさせてあげたいって思ってるくらいだし」
「きっかけを潰した?」
「そう。ヒロインがヒーローに胸キュンする場面は、危ないところを助けてもらうシーンなの。ヒロインは強いでしょ?ちょっとした嫌がらせでも屈することないし、持ち前の明るい性格から最初はよく思っていなかった周りの令嬢たちも味方にしちゃうの。でも悪役令嬢は違う。婚約者から外されるわけにはいかないと、ヒーローの傍にいるヒロインを排除しようとするのよ」
「どう排除するんだ?」
「典型的ないじめね。最初は物を隠したり、偶然を装って階段から突飛ばしたり、あとは仲間外れなんかも定番。だけどヒロインは教材を隠されたら隣の生徒から見せてもらうし、見せてくれる生徒がいなかったら教師に話して予備を貸してもらう。危険な目に合わされても持ち前の身体能力の高さから全て切り抜けるわ。寧ろ木に登って降りられなくなった猫を助けるために、自ら危ない場面になることもあるし……、それに仲間外れにされるっていうのも普通の令嬢なら耐えられないけど、ヒロインはそもそも元平民で、貴族的な付き合いは好きじゃないから何とも思わない」
「全部空振りじゃないか」
「そう。だから外部に頼むのよ。悪役令嬢はヒロインをなんとしてでも痛めつけたかった。もう自棄ね。ヒーローから離れてほしい、とかじゃなくて全然効果がないからこそ、どんな手段でもいいってやけくそになる」
「それで、断罪されるってわけか……」
カイラスはジェーンの話に納得し頷いた。
物語だといってしまえばそれまでだが、それでも“学生時代”に虐げたことで“断罪”される。いくら高位貴族であったとしてもただが“令嬢”。幼い頃、綾が憑依する前のジェーンにいじめられた経験があったカイラスでも、今考えればいじめとするのも生ぬるいものだ。
そんな“令嬢”が断罪され、牢に収容されるほどの重罪を本当に犯すのかと、カイラスは疑問を持っていたが“外部に依頼した”というジェーンの言葉に納得した。
ヒロインであるアリスは一般的な令嬢とは違う、王から認められた一人前の貴族。一方でジェーンは爵位をもつ貴族の家族というわけだ。
爵位のない人物が爵位を持つ人間を傷つけることは、王が授けた権威を傷つけたとみなされ、平民が貴族を傷つけたと同様、厳しく罰せられる。
だからこそ、物語のジェーンは罪人として牢へと収容されたのだろう。そして庇う家族もいない。
「だから“物語通りに虐めなければいい”と思ったんだな。例え冤罪で断罪されようが、貴族を傷つけることがなければ牢へと連れていかれないから」
ジェーンは「そういうことよ」と頷くと「でも…」と呟き胸の前で腕を組む。
「どうした?」
「さっきカイが聞いた通り、今のヒロインはヒーローに恋をしていない筈なのよ。悪役令嬢が行動した結果が、恋心のきっかけになるから、そのイベントをどうしようかと思っているの」
「普通にヒーローの努力次第じゃダメなのか?恋愛がうまくいくいかないは他人の介入で決まるもんじゃないだろ」
「そうなんだけど……」
ジェーンは眉間を寄せ「う~ん」と唸る。
【ヒロインは鈍いのよね……、王子への恋心に気付くのも結構時間がかかったから、ヒロインが恋心に気付くのが遅れれば遅れる分、婚約破棄も遅くなるかもしれないわ。だってアリスには“正義感”があるから……】
(正義感?)
カイラスは難しい顔を浮かべるジェーンの心の言葉が続かないことから、覗き込むような形で顔を近づけると「もしかして、イベントがないと恋しないのか?」と尋ねた。
目の前に整った顔が現れたことでジェーンは驚いたが、すぐに頬を染める。




