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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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ヒロインの登場

 カイラスが目線で示した先では、騒ぎに気づいたアリスが「ん? なにあったのかな?」と言いたげに、キョトンとした表情で首を傾げている様子である。

 ジェーンは、シグルドに意見するカイラスの対応に、ハラハラと不安がこみ上げた。

 攻略対象であるシグルドと共にジェーンを断罪する未来は全く見えないが、それでもジェーンとカイラスの二人を断罪するパターンがあるのではないかと考えていたのだ。


 遠目で眺めていたアリスはこちらに駆け寄る様子が視界の端で見える。

 ジェーンは作中で知っている彼女の性格から、【この場をなんとかして!ヒロインでしょ!】と他力本願な考えを向けていた。


「殿下!」


 モデルのようなすらりと長い足を動かし、腕を上げシグルドを呼びかける。

 カイラスは確かにヒロインとして思い描く「守られるべき可憐な乙女」とは程遠い、あっさりさっぱりとした、腕っぷし強い女性であるというジェーン言葉に納得した。

 華奢そうに見える腕には筋肉がついてあり、体幹もしっかりとしているからだ。


「こんなところにいたんですね。……そちらは?」


 アリスはシグルドの隣に立つと、少しだけ首を傾げた。

 ニコニコと笑みを浮かべジェーンの表情を眺めているが、何か閃いたのかぱっと明るい笑みが浮かべる。


「もしかして、ヴァルモア侯爵のジェーン様ですか?とってもお綺麗ですね!私、アリス・ランドールです。よろしくお願いします!」


 屈託のない、あっさりとした挨拶。そこには怯えも、ジェーンへの敵対心も感じられない。

 だがジェーンは驚くことはなかった。これがジェーンが知るヒロインのアリスだからだ。


「初めまして、アリス様。ジェーン・ヴァルモアです。こちらこそよろしくお願いします」


 ジェーンはアリスを見上げながら、差し出された手を握り返す。

 アリスの貴族令嬢らしくない挨拶に戸惑うことなく対応するジェーンの姿をみたシグルドは、何故か少し焦ったように口を挟んだ。


「アリス、無理をしなくていいんだ。彼女の視線が怖かっただろう? 私は今、君が安心して過ごせるように彼女に注意を……」


「え? 怖い? 何がですか?」


 アリスは不思議そうに目を丸くして尋ねた。


「ジェーン様が私を見ているのはこうして向かい合って挨拶をしているから当然のことですよ。それに私、自分が目立つことは知ってますから、例え見られていたとしても構いません。というか普通一度は見ますよね?女性なのにこんな身長が高いんですもん。ね、ジェーン様」


 アリスはそう言って、ジェーンに親しげなウインクを送った。

 勝手なシグルドの勘違いによる正義感は、ヒロイン本人のサバサバとした一言によって、完全に行き場を失ってしまったのである。

 その様子を見ていたカイラスは、くすりと笑う。


「……どうやら、殿下のご指摘は全くの的外れだったようですね。ジェーン、無駄な話に付き合う必要はなさそうです。行きましょう」


 ジェーンは、王子の困惑とアリスの屈託のない笑顔に頭を下げると、カイラスの後を追いかけるような形でその場を離れた。




 遠ざかっていくジェーンとカイラスの背中を見送ると、アリスはシグルドへと視線を向けた。


「……アリス、すまない。私は君に快適な学園生活を送って欲しかったんだ」


 どこか言い訳のように話すシグルド。

 自分のジェーンに対して向けた指摘が間違っていることを認識したのか、アリスに向ける目はどこか不安げに揺れていた。

 そんなシグルドの様子に、叱ろうと考えていたアリスは大きく息を吐き出した。


「……殿下、一つ言わせてもらってもいいですか?」


「ああ、なんだい?」


 アリスはモデルのようなスラリとした指先で、自分の顎に指を添えると話し始める。


「さっきのジェーン様に対する態度は明らかに婚約者に対する態度ではありません。途中からですけど話は聞こえてましたのでいいますけど、彼女は私のこと睨んでなんていませんでしたよ」


「しかし君は高位貴族の視線には慣れていない筈だろ」


「流石に一年も王宮に通えばいろんな視線を浴びますよ」


 アリスはシグルドにそういった。

 確かにアリスは第二王子であるシグルドが誘拐された際、偶然だが囚われているところを発見し、助けた褒美で男爵という爵位を与えられ、王宮での滞在を許されていた。

 だが流石に元平民であったアリスが王宮で暮らすという事は反発がある。

 それにアリスも堅苦しい場所での暮らしは遠慮したかったこと、そして家族と離れることも嫌だった。

 その為アリスは王都に家族を連れて暮らした。貴族の心得を学ぶために、王宮に通っていたが、ただそれだけだった。


「いいですか殿下。同じ言葉を繰り返すことになりますが、殿下の彼女に対する態度はあまりにもひどいです。私が彼女なら“嫌われている”と思ってしまうほどに」


「……」


 シグルドはなにを答えるわけでもなく目線を下に落とすと目を伏せる。

 それが何を意味しているのか、言葉にして伝えてもらえなかったアリスにはわからなかったが、それでもアリスはシグルドの気持ちなんて考えずに自分の考えを述べた。


「ジェーン様は私から見ても素敵な方です。そんな彼女を傷つけるような言動を殿下がしないでください。それに殿下は彼女の婚約者なのでしょう?なら誰よりも彼女の味方でいてあげなくちゃだめです」


「私が…?」


「そうです。私を守ろうとする前に、まず一番近くにいる人を信じてあげてください。……例えていうのならジェーン様の隣にいた男性、弟さんっていってましたよね。彼は素晴らしいですね。相手が殿下でも怯まず守ろうとしていたじゃないですか。男らしくてかっこよかったです」


「!」


 アリスは笑ってそういうと「先に行きますね」と告げ、シグルドを置いて歩き出した。

 一人残されたシグルドはアリスの後姿を寂し気な眼差しで見つめ、苦しそうに表情を歪めながら立ち尽くす。


「………アリスは、ああいう男が好きなのか……?」


 ズキズキと痛む心臓を握るように学生服を握りしめたシグルドは、自身の足元に目線を落とすと目を瞑った。


 一年も傍にいたというのにもかかわらず、全く相手にされていない初恋の相手。

 しかもその人物には、正式に決まっていない婚約者との仲を応援するかのような言葉を告げられてしまった。

 どうすれば振り向いてもらえるのか。

 どうすれば男として見てもらえるのか。

 シグルドは光の一筋すら見えない自身の恋模様をただただ嘆いていた。





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