20、優先度の低いトラブル
森田が火上にさらわれた佐々木を助けるための戦力として紹介してきたのは佐藤だった。会った瞬間に佐藤に与えられた痛みを思い出した。
「鈴木、この前は迷惑をかけた。その分、今回はしっかり働くぜ。」
佐藤の誠意ある対応を受けても手の震えが止まらない。普段よく回る口も動かない。山田が僕と目を合わせて優しく言葉をかけた。
「大丈夫です。今回は佐藤さん味方じゃないですか。何も怖がることはありません。」
そうなんだけどさ。やっぱり怖いわ。というか山田もあの痛みを味わっているはずなのに普段通りに見える。僕の精神が弱いのだろうか。
「なあ、やっぱり警察に通報したり、先生に来てもらうとかできねえの?」
気づけば僕の口からこんな言葉が出ていた。だって人をさらうとか事件だよね。佐藤と森田が顔を見合わせる。二人で小さい声でひそひそ話をしてからため息を吐いて携帯電話を渡してきた。
表示されているのは学校の電話番号。僕は通話ボタンを押した、みんなに会話内容が分かるようにスピーカーをオンにする。
「一年一組の鈴木です。同じクラスの生徒が他クラスの生徒にさらわれてしまったのですが・・・。」
そこまで言った瞬間、通話が切れた。・・・・・・え、どういうこと。呆然とする僕に佐藤が近づいてきて解説する。
「この東京教域は治安が悪い。先生たちも生徒が起こした様々なトラブルの後始末に追われている。なので優先度の低いトラブルは後回しだ。」
「嘘でしょ。生徒がさらわれるって結構、重大な事件じゃない?」
「いや、この街だと珍しくもないね。とくに同じ学校の生徒間のトラブルだから、そこで人が死ぬとか腕が吹き飛ぶとかいうことにはなりにくい。そう判断したんだろう。」
僕の声は震えていた。この街の治安はどうなっているのだろう。来るところを間違えちまったようだ。ガタガタ肩を震わせていると今度は森田が僕に問いかけてきた。
「どうする?一応警察にも連絡してみるか?」
「やめときます。」
感情の乗ってない声で僕は小さくそう伝えた。そのあと僕たちは廃工場にたどり着いた。廃工場の敷地を四人で慎重に歩く。
今のところ火上の仲間の存在は確認できない。やはりあの建物の中に勢ぞろいなのだろうか?僕は小声でささやいた。
「やっぱりあの中以外に人はいなくないか?」
「まあ、人数を分散するより全員で叩き潰した方がいいと火上が考えたのかもな。」
森田が僕にささやき返す。まあ僕一人で来る想定だったら、変な工夫はせず、七対一が一番確実だ。だが火上は本当に僕が約束をおとなしく守ると思っているのだろうか?
僕は頭が悪いが火上は頭がいい。僕が約束を守らなかった場合、例えば山田を連れてきたとしたら火上側の人数が多かろうがあちらが不利だ。
なのになぜ戦おうと思った。人質をうまく利用するとかして勝つ気なのか?それとも正面からやりあっても勝てる自信がある?
・・・・・・そんなまさかな。僕に似合わず変に頭が働いちまったが考えすぎだな。僕たちは顔を見合わせてうなずきあった後、廃工場に飛び込んだ。
そこには木刀を持った火上とその仲間と・・・・・・何でここにいるんだよ!清助。背が高い以外に目立った特徴のない少年の姿があった。
「清助君、何でここにいるんだ?」
震える声で僕は問う。清助相手にこんなに緊張することは初めてだ。そんな僕に対して清助は額に手を当ててから答えた。
「ごめんな。ちょっと本気のお前と戦いたかったんだよ。」
全く意味が分からない。どういうことだよ!僕が混乱していると近くから激しい呼吸の音が聞こえる。うるせえな。誰だよ。
森田だった。森田の目の焦点は定まっておらず顔は病人のように青い。そして絞り出すように言葉を発した。
「なんだ・・・・・・あいつ化け物か?今までこんなやつ見たことないぞ。」
僕は発達障害の影響で普段ならこんなチュウショウテキな言い方をされても何を言っているかわからないが、今回ははっきりわかる。森田は清助の強さに驚いているのだ。
それしかない。この場に化け物みたいな強さを持つ奴はあいつしかいない。そういう確信があった。そのような考え事をしているとむかつく声が聞こえた。
「おいおい鈴木ぃ!友達は本気のお前と戦いたいそうだぜ。望みをかなえてやったらどうだよ。寺岡!約束通り、鈴木とお前はサシでやりあえ。他の連中は俺たちが抑え込んでやるよ。」
火上のテンションは最高潮のようだ。僕が困っているのを見れば見るほどあいつの機嫌はよくなっていく。あいつの血は何色なんだろう。鼻を殴って確かめてみたいものである。・・・・・・そういやしっかり赤だったわ。
火上達の手元を見ると火上とその仲間はそろって木刀を装備しているのを確認できる。寺岡は素手だが。火上達は武器まで持ち込んでいるとは。卑怯すぎるだろ。僕の悪感情はどんどん膨れ上がっていく。風船にだって負けないぞ。
人質の佐々木のほうを見ると足と手を縛られて壁に寄りかかるように座らせていた。猿轡をはめられているのも確認できる。
いつもの眼帯もめくられて黒目のない真っ白な瞳がむき出しだ。若干目に涙が浮かんでいる。
確かにあの目は目立つな。眼帯で隠したくなる気持ちもわかる。火上達はその気持ちをないがしろにしたのだ。そして清助は僕を裏切ってそれに加担している。もはや躊躇う理由などない。
佐藤が懐から警棒を取り出す。なんで持っているんだ?山田が目を緑色に輝かせる。毎回少し羨ましくなるんだよな。それ。そして森田は相変わらず正気ではなさそうだ。大丈夫かよ。今、廃工場での戦闘が始まった。




