10,初めは怖くとも
組み手の後、森田は少し休憩してから僕のそばに立った。山田は僕が貸した空手着を着て空手部の部員から指導を受けている。
山田が空手部に入るんだったら昔来ていた空手着を親に送ってもらおう。今の空手着は少し山田には大きいからな。親になんて言おうかなと思考を巡らせていたところで森田が話しかけてきた。
「なんで白帯なんだ?あれほど強ければ昇級だってできただろう?」
覚悟が決まった顔でそう聞かれた。似たようなセリフは聞き飽きるほど言われた。だから反射的に返答していた。
「筆記試験が面倒くさいんですよ。」
森田が大笑いし始めた。そんなに笑うほど面白いかな?森田はひとしきり笑った後、急に真顔になって再度話しかけてきた。
「鈴木、君は強い。だが危うい。教域には能力が強くなるという胡散臭い薬がある。これには手を出すなよ。それとこの学校には君を上回る実力者がいる。そいつは・・・・・・おかしくなってしまった。戦わないほうがいいだろう。」
いわれなくてもそんな怪しい薬には手を出さない。能力が強くなる薬なんてあるわけがない。それと実力?気になるな?僕は早口でまくし立てる。
「知合いですか。どういう風に強いんです?あとおかしい?というのは?能力者ですか?その人の見た目は?あと・・・・・・。」
「ちょっと待て。順を追って話す。」
親切そうな先輩を困らせてしまった。この学校の危険人物の情報を知りたい。そう思ったせいで焦ってしまった。森田は懐かしい顔をしながら語り始めた。
俺の両親は共働きでしかも子供が二人。はっきり言って忙しかった。だから俺に教域に行くことを薦めてきた。
妹はまだ小さいので俺のほうが一人暮らしは容易だと思ったのだろう。二人の生活を見ていた俺は悩みながらも提案を受け入れた。
両親が働いている会社はリモートワークを採用しない方針をとった。なので二人とも会社に行っている。しかもコロナウイルスが経済に与えた損失は大きい。
二人の会社もそれぞれ経営が厳しくなり、むしろコロナ前より仕事が増えた。このままでは両親の健康にかなり悪い。提案を受け入れたほうが得だと思った。
なので教域に行った。俺はすぐに後悔した。中学入学の一か月前から寮に入ったが、街中で喧嘩しているのをまあまあ見かける。
俺が住んでいた地域も治安が悪かったが公衆の面前で殴り合いは見たことがない。その殴り合いを教域の人はなんでもない日常の風景として扱っていた。
とんでもないところに来てしまったと思った。裏道からは拳が体にぶつかる音とか、悲鳴とかが聞こえたりする。このままでは安心して暮らせない。
俺は強くなることを決意した。極真空手部に手をかすかに震えさせながら見学に行った。怖いのだ。殴り合いをしたことなんてない。格闘技に抵抗があった。
俺はそこで佐藤 剛太やがて親友になる少年と出会った。それから剛太といろいろな話をした。
剛太は小学校から空手をやっていたらしい。気が弱いからと親に無理やり教室に入れたのだそうだ。剛太と俺はすぐに仲良くなった。
剛太は俺に空手のコツを教えてくれた。うちの部活は緩くやれる部活なだけあって強い人も弱い人もいる。剛太はそのなかでは強いほうだった。
俺も楽しく戦闘力を上げていった。はじめはあんなに抵抗があったのにそれが嘘のようだ。剛太はそれについてこう言っていた。
「最初はいやいやでも情熱を注ぐと好きになることがあるんだろうな。」
俺もそれには賛成できた。剛太と俺はこれからも一緒に空手をやるんだろう。そんな気がしていた。結論から言えばそれは気のせいだった。
中学一年生の三学期、俺はみんなの前で顔を真っ赤にして、手を震わせながら立っていた。手が震えていた理由はこの部活に入るときと違う。怖いからじゃない。怒っていたからだった。
「剛太は何も悪くない!なんでみんなそれがわからないんだ!」
「悪くないのはわかる。だけどもう佐藤と一緒に組手なんてできない。」
「だったら。・・・・・・だったら組手ができなくても一緒にいることはできないっていうのか?」
「なあ。森田。お前だってわかるだろう?あの痛みを味わったら一緒にいるのが怖いんだ。」
俺は言葉に詰まった。確かにあれは痛い。だけど俺はそれでもあいつと一緒にいたいんだ。俺は部員達と問答を重ねた。
正直言ってみっともなかったと思う。涙と鼻水があふれ出ていたし、表情もぐちゃぐちゃだ。それでも俺は話をやめることはなかった。きづいたら佐藤は前に出ていた。
赤い瞳が俺にやさしい視線を向ける。剛太は見た目が前と変わっていた。異能の副作用らしい。瞳が赤くなった。見た目はそれ以外何も変わらない。見た目は。
「もういいんだ、考。お前が無理やり頼み込んでもみんなが俺を怖がっていることまではどうしようもできない。もうここを俺の居場所にすることはできないんだ。」
俺は糸が切れたように地面に膝をついた。佐藤の諦めたような顔を俺は一日も忘れたことはない。これからもきっと忘れないだろう。
「ざっくりこんな感じだ。あいつは興奮することが発動条件の激痛を与える異能を手に入れた。ただ興奮するだけで発動して全く制御できないからこの部にいられなくなったんだ。」
異能のせいで部活を追い出される。僕は聞いてるだけで悲しくなってうつむいた。森田は悲痛な顔をして話を続ける。
「あいつは空手が好きだった。それはこの部を追い出されてからも変わらなかった。人と殴り合いをしないことに耐えられなくなったのか、しばらくして喧嘩に明け暮れるようになった。あいつはその凶悪な異能と高い格闘能力で次々と人を殴り倒していった。」
「・・・・・・今ではこういわれている。『加虐の決闘者』。俺はあいつを止めたい。そのために強くなりたいんだ。」
森田はそこで話を終わらせた。森田のまっすぐな視線。険しくした表情。僕は普段ならなんか話を聞いたらすぐに自分もべらべら話し出す。でも今はそうする気には到底慣れなかった。
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