9,入ってすぐに殴り合い
山田と感情をぶつけあったあの問答の後に約束をした。放課後、生徒たちの大半が帰った後に、僕は空手部の道場で山田を待っていた。山田が手を振って僕の前に現れた。
「すみません。待ちました?」
「いや僕も今来たところ。」
デートか何かか?山田の見た目のせいでよりそれらしく見える。なんとなく恥ずかしくなりながら二人で道場に入った。手荷物を置き、十字を切って一言。
「押忍!」
そこで礼をして入場。山田も慣れないながらも同じ動作をする。これは空手の道場のマナーだ。やらないと目をつけられることもある。なので事前に山田にも教えておいた。
「そんなにかしこまらなくていいぞ。うちの部活は緩いし。」
誰か話しかけてきた。声がしたほうを向くと空手着を着た僕より少し背が高い茶髪の男がいた。たれ目で臆病そうなところ以外は特徴のない顔だ。この部活の部員だろう。自己紹介でもするか。
「こんにちわ。鈴木 秀太です。部活の見学に来ました。」
「山田 和正です。同じく部活の見学に来ました。」
部員は恐ろしいものを見るかのような目で僕を見た。山田の下の名前を聞いて性別が男であることに驚いたということではなさそうだ。とりあえず声をかけた。
「どうしました。僕に何か?」
「敵意はなさそうだし。・・・・・・むしろ強くなるチャンスか?」
何をぶつぶつ話しているんだこの人は?危険な人かな?そう警戒していると部員は深呼吸してからしゃべり始めた。
「俺は森田 考。二年生だ。今は七級。鈴木君、君強いだろう?よ、よかったら一回組手をやってくれないか?」
最後のほうは少し声が震えていた。強い?どうしてそう思ったんだろう?それにいきなり組手かよ。想定した見学に来た人への対応とかけ離れている気がする。
どうしようかな?一回学生寮に帰ってから道着は持ってきているから組手はできるけどさ。なんか怖いな。
「道着は持ってきていますけどとりあえず見学に来ただけですし、どちらかというと山田のほうにいろいろ指導してほしいんですが。」
「俺は君がいいんだ!」
そういう性癖の人か?これは本当に危険な人かもしれない。しかしあまりにも必死に頼み込んでくるので組手をすることにした。他の空手部の部員達も僕と森田の組手を見守っている。
「「押忍!」」
組み手が始まる。森田は踏み込んでからの右ストレート。みぞおちを狙ったその一撃を左腕で払う。少し体がぶれた森田のみぞおちを右ストレートでえぐる。
半円を描く軌道で拳が飛んでくる。左フックだ。曲がった相手の腕の内側に前腕を押し当てるようにして左フックを逸らした。
森田は追撃をもらわないように後ろに下がろうとする。森田が下がる途中で奥足での前蹴りを腹部に激しく当てる。
森田に少し隙ができる。一歩距離を詰めてみぞおちへの右ストレート。それに対して森田は体を奥に引いてかわす。そしてカニ歩きをするような姿勢に変わる。
その姿勢から足を上げてから足を勢いよく真横に突き出す。横蹴りだ。腹部にかかとが勢いよく突き刺さる。僕は後ろに跳んで少し勢いを殺す。
それでもかなりのダメージをもらってしまった。森田がここで決着をつけると言わんばかりの勢いで突っ込んでくる。
森田は前進と同時に左拳を突き出すようなそぶりを見せる。だが・・・・・・。僕は一歩後ろに下がった。
その一瞬後に森田の右足が勢いよく横に円を描くような軌道で通過する。奥足でのローキック。ここで僕の足に衝撃を加え動きを鈍らせたかったのだろう。
僕は右足が通り過ぎた後に一歩を踏み出した。森田が足を引き元の姿勢に戻った時には準備は完了した。僕の左足が地面につき体を支えて、左拳をまっすぐにみぞおちにぶち込んだ。
森田は僕の左ストレートを受けたことで隙を作るということはなかった。すぐに反撃に移る。森田の右ストレートを体を後ろに引くことでかわす。
右腕を森田が引き戻すと同時に後ろに体を引いた時の反動を利用し、勢いをつけて右ストレートでお返しする。
連続で攻撃を食らったことで森田は一瞬だけ守りが薄くなる。その機を逃さない。僕は左フックを腹に入れてさらにダメージを与える。
少し上手く行き過ぎた。そのせいで僕の意識にほんの少し隙間が生まれる。その隙間を森田は見過ごさなかった。
右の拳が僕の鎖骨に衝撃を響かせる。鎖骨打ち。体の末端部に攻撃することで体を揺らし隙を作る技。その技の直後、腹にも拳が衝突。
続けてみぞおちへの右ストレート。鎖骨打ちで隙を作ったからもう一発くらい入ると思ったのだろう。だがそれはさせない。
左の前腕をふるって、森田の右腕をはじいた。無防備にした森田の腹に右ストレート。間髪入れず左フックを放つと見せかけて奥足でのローキック。
森田は回避も防御もできずローキックをまともに食らう。それでも諦めない。すぐに左ストレートを放つ準備をする。しかしローキックで体のバランスを崩しているので少し攻撃に時間を食っている。
なので僕は左ストレートを放った。先に当てて相手の攻撃を妨害すると同時にダメージを与える狙いがあった。僕の左ストレートは森田のみぞおちに命中した。
だが僕のみぞおちにも森田の左拳が刺さっていた。それでも構わない。僕は躊躇わず後ろ足のつま先を軸にして体を回転。それから右腕で半円を描く。
右フックが森田の脇腹をめり込ませる。森田も価値を譲る気は微塵もない。素早く前足でのローキックを打ち出す。
左足を咄嗟に上げてローキックを防ぐ。だが後が続かない。左ストレートがみぞおちに入りそうになる僕は少し体をひねって胸板で左ストレートを受ける。
攻撃に気が向いている森田に前足でのローキックで反撃。うまくローキックが森田の左太ももに命中した。
さきほどから攻撃を多くもらっている森田は反応が鈍くなっていた。僕は足を地面につけると同時にみぞおちに左ストレートをおみまいする。直後、森田はふらついた。目の焦点も合わない。
「そこまで!」
僕たちの勝負を見守っていた部員の声が響いた。森田は手を膝につけ、かがんで呼吸を整えている。そして一言。
「・・・・・・負けたよ。」




