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自作小説倶楽部 第33冊/2026年下半期(第193-198)  作者: 自作小説倶楽部
第193集(2026年07月)/テーマ 「絆」
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01 紅之蘭 著 『天才紅教授 其之二十九』

梗概/黄戸島村立大学魔法科講師・紅教授と縫目助教の日常。助教・縫目ちゃん失踪事件、全6回シリーズ第4回。


    其の二十九 絆(縫目ちゃんの失踪4/6)


 〝黄戸島銀座通り〟に面した、いかにも昭和末期のモルタル二階建物で、クリーム色をした壁は色あせて、細かいひびが入り、蔦がはっていた。

 私・黄戸村立大学教授・紅と守衛のジャルジェさんは、オートバイと馬を玄関前に停めて、サッシを開け、中に入る。いくつかの古い印刷機械が並んだ椎名印刷所の作業場におじゃました。

 入り口の引き戸を開けると、油と紙が混ざり合った独特の匂いが鼻を突く。正面には年季の入った木製のカウンターが据えられており、その奥が広大な作業場になっていた。背後には巨大な鋳鉄製のオフセット印刷機や、活字が整然と並んだ棚がいくつもそびえ立ち、怪獣のような存在感を放っている。低く規則正しい機械の駆動音が、床を通じて足の裏にまで伝わってきた。天井を見上げれば、何本もの細長い蛍光灯がむき出しのまま吊り下げられており、その冷たい白い光が、長年の作業で飛び散った黒いインクのシミを容赦なく照らし出している。通りに面したアルミニウム製のサッシ窓は、外からの光を透かしつつも、長年の埃と油膜でうっすらと曇り、外の風景をぼやけさせていた。

 作業着姿の店主、椎名氏は五十歳、身長百七十センチ前後、禿て小太りしている。

 私は、名刺を依頼印刷をしつつ、

「この〝黄戸島郵便局〟のロゴ入りボールペンは、こちらで作られているのですよね?」

 と、さりげなく私は問いかける。

 微笑みを浮かべながらも、彼はいぶかし気に、

「ええそうですよ。うちの仕事は、村役場の刊行物、商店街のちらし、はがき・名刺印刷が主な仕事なんですが、そういうのも扱っています。もちろん、ボールペンは卸しからの取り寄せで、印刷だけやってます」

「御社は〝大学〟と取引なさってます?」

「ああ、たまに、大学案内とか、広報・学生課さんからお仕事を戴いてます」

「今朝、九時前に学校にいらっしゃった?」

「いやあ、先様は九時ごろって、いろいろ段取りなさるでしょ。だからうちは十時過ぎとか午後に伺うんですよ」

 そんな話をした。僕の視線の先で、椎名氏は愛想よく笑っている。彼の言葉に嘘があるようには見えなかったが、九時前という時間へのこだわりが、僕の胸に小さな引っかかりを残した。ジャルジェさんは黙って周囲の機械を見回している。私たちはこれ以上の収穫はないと判断し、大学へ引き上げた。


          *


 道路交通法上、自転車等の軽車両として扱われる女騎士の愛馬〝シルシ〟は、白く美しい馬体を躍動させ、アスファルトを力強く蹴って走る。その背にまたがるのは、元異世界の女性近衛騎士であるジャルジェさんだ。彼女は警備員の制服に身を包み、ヘルメットを被ってブーツを履き、腰にはサーベルの代わりに樫木の棍棒を帯びている。その凛とした佇まいは、商店街を行く人々の目を引いた。

 私はといえば、スズキの九百九十八cc大型バイク・KATANAのサイドカー仕様に、そのシートへ深く腰掛けている。白衣を風になびかせ、長く伸ばした黒髪をヘルメットの隙間から遊ばせながら、流れる景色を眺めていた。私・紅の視線の先で、商店街の賑やかな通りが次第に遠ざかっていく。

 息の合った走りの私たちは、商店街を軽快に駆け抜けて、やがて目的の場所へと辿り着いた。私たちはそのまま、堂々とした佇まいを見せる大学正門へと滑り込むように入る。


 観葉植物を飾った入り口の対面には大きな窓があり、そこからキャンパスの景色が一望できる。その大窓の手前には、私の使い込まれたデスクが鎮座していた。部屋の両壁は天井まで届く重厚な書架で埋め尽くされ、夥しい数の専門書が隙間なく並んでいる。これが私の教授室の光景だった。

 コーヒーを落としながら私は、部屋の中央に置かれたリビングセットのソファに座るジャルジェさんに視線を送った。香ばしい苦味が室内に広がる中、淹れたての一杯を彼女に振る舞いながら、私は今回の縫目ちゃん失踪事件の流れを頭の中で整理してみた。


 縫目ちゃんが朝餉の支度を残したまま、忽然と姿を消してしまった。いつもなら丁寧に炊かれた米の匂いと、出汁の香りが部屋を満たしているはずの朝だった。しかし、台所に残されていたのは、火にかけられる前の冷たい鍋と、綺麗に切り揃えられた具材だけだった。包丁すら元の場所に片付けられていないその光景は、彼女の身に尋常ならざる事態が起きたことを無言で告げていた。

 ガラス張りで死角のない学内において、誰一人として彼女を目撃していないという奇妙な状況に、私は彼女が心酔する島村学科長を問い詰めたが、何一つとして手がかりは得られなかった。島村学科長は私の厳しい追及に対しても、ただ困惑したように眉をひそめ、首を横に振るばかりだった。彼の言葉に嘘はないように見えたが、それが逆に事件の不可解さを際立たせていた。誰も見ていないはずがない。これほど見通しの良いキャンパスで、彼女ほどの存在が誰の目にも留まらずに消え去るなど、通常の手段では不可能なはずだった。

 そこで、鎧姿のジャルジェさんと共に、私は校舎の屋上からキャンパスを見渡した。吹き抜ける強い風に白衣をはためかせながら、私は鋭い視線で敷地内を精査した。そして、グラウンドの最果てにある魔法科の資材倉庫に目を留めたのだった。人気のない敷地の隅にぽつんと佇むその古びたコンクリートの建物は、まるで周囲から見捨てられたかのように沈黙していた。

 実は、有機質ゴーレムである縫目ちゃんは、壊れた兄弟たちのために定期的にそこへ献花に訪れていた。かつて実験の過程で命を失い、今はガラクタとして打ち捨てられた同胞たちのために、彼女はひそかに白い花を手向けていた。その健気な日課を知る者は、学内でもごく限られていた。

 私が精霊魔法の〝幻視〟の術式を展開すると、倉庫の闇から伸びた不気味な黒い影の触手に、縫目ちゃんが引きずり込まれる過去の映像がスマートフォンの画面に浮かび上がった。私が空中に指でルーンを描くと、淡い光の粒子がスマートフォンの液晶画面へと吸い込まれていった。直後、画面にはノイズと共に、おぞましい光景が映し出された。音もなく開いた倉庫の扉、その奥の濃密な暗黒から、生き物のように蠢く黒い触手が無数に伸び、驚愕に目を見張る縫目ちゃんの身体を捕らえて闇の奥へと引きずり込んでいく。彼女の手からこぼれ落ちた花びらが、床に散らばる様子が鮮明に記録されていた。

 現場の倉庫を調査したところ、私の式神である管狐のテトが、床のガラクタの山から「黄戸島郵便局」と掠れた文字が印字された一本のボールペンをくわえて戻ってきた。テトは私の足元で、自慢げに尾を揺らしながらその白いプラスチック製のペンを落とした。拾い上げて目を凝らすと、そこには見覚えのある郵便局のロゴマークが、摩耗して消えかかりながらも確かに刻まれていた。

 唯一の証拠である〝それ〟を携えた私は、ジャルジェさんと共に黄戸島の商店街へ向い、〝黄戸郵便局〟〝坂本文具堂〟〝椎名印刷所〟を巡り、縫目ちゃんが消えた犯行時間帯にきたと推定される人物を絞った。それぞれの場所で、私はペンの出所や目撃情報を集め、ジグソーパズルのピースを埋めるように容疑者の足取りを追った。

 だいたい犯人が絞り込めた。


 私がカップを動かすと、受け皿が小さな音を立てる。カチャリという硬質な音が、静まり返った室内に響いた。これまでに集まった点と点が、私の頭の中で一本の明確な線へと繋がりつつあった。商店街での聞き込みで得た証言、あの椎名氏の不自然な時間へのこだわり、あるいは倉庫に放置されていた掠れた文字のボールペン。これらすべての要素が、ある一人の人物の影を色濃く浮かび上がらせていた。ジャルジェさんはコーヒーの湯気の向こうで、私の次の言葉を待つように静かに背筋を伸ばしている。彼女の琥珀色の瞳には、かつての戦場で培われた鋭い決意の光が宿っていた。

 私は彼女の瞳を見つめ返し、確信を込めてゆっくりと口を開いた。


 続く

登場人物


01 紅教授(結城紅子):年齢不明の魔法使い。年齢不詳。八百比丘尼という説がある。愛車はサイドカー仕様九九九CC、ミリッター解除のスズキ・KATANA。

02 縫目助教(縫目フラ子):二十六歳。ロリ体型。紅教授の弟子。

03 ジャルジェ:紅教授が異世界からお持ち帰りした女騎士。バン・キュッ・ボン・ズガーンな九頭身スーパーモデル体型。縦巻金髪。愛馬は白のシルバーシップ。略して〝シルシ〟

04 メガネ、カブ、コゾウ。大学二年の変態三人組み。

05 管狐:紅教授が拾って来た式神。ペット。

06 島村学科長:ロマンスグレイのイケオジ。紅教授の元カレで、ファザコンな縫目助教が片思いしている。

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