第50話 最終決戦4・起死回生
百腕の嵐は黒炎を切り刻み、突き崩し、あらゆる方向からティターンを締め上げた。無数の拳が巨体を叩き、無数の目が弱点を探る。ティターンは怒涛のように反撃を試みるが、今度は動揺が混じっていた。
百腕が唸りを上げる。大地を砕く拳撃が連鎖し、炎と岩盤を滅茶苦茶に粉砕する。
「《修羅百連・崩界撃》!」
百の拳が同時に放たれ、まるで流星雨のように降り注ぐ。轟音が重なり、奈落がさらに深く陥没していく。
「ぐ……ぬぅ!? 馬鹿なッ、なんだこの圧倒的な力は……!」
ティターンの巨躯を覆っていた黒炎の鎧が拳の雨に穿たれて剥がれ落ちていく。
「どうした! 止められるもんなら止めてみろ!」
「黙れぇ! 余は神すら屠る存在ッ! 貴様ごときが……ぬ、ぐぅぅぅ!」
さらに俺は腕を組み合わせ、巨大な螺旋のようにまとめ上げる。
「《百腕螺旋・破山轟》ッ!」
百腕が捻じり合わさり、一本の巨大なドリルのように変形。ティターンの腹を穿ち、黒炎ごと内臓を抉る。
「がはっ……!? ば、馬鹿なッ、余の躯を容易く……!?」
ティターンの目が初めて恐怖に揺れた。
俺はさらに百腕を広げ、無数の拳を重ねて叩き込む。
「《連環・多重轟破》!」
幾千の衝撃波が連鎖し、ティターンの巨体を押し潰すように爆発する。
黒炎が全て掻き消され、巨体が膝をついた。
「く、くそ……余が、負ける……? 虫ケラに……いや、そうなるぐらいならばッ!」
ティターンの胸の核が赤黒く脈動し始める。重低音が奈落に反響し、周囲の岩が亀裂を走る。俺はそれを見て、何をされるかを直感した。
「ま、まさか……!」
「滅びよう……余と共にッッ!!」
ティターンの体から再び噴き出した黒炎が泡のように弾けて巨石が飛び散る。その一撃が世界を削り、灼熱の風が渦を巻いて、奈落の景色がさらに欠けていった。
視界の片隅に、結界の縁で固唾を呑む仲間たちの顔がみえる。ステュクは祈りを続け、ハデスは歯を食いしばり、ゼウは拳に静電気を纏わせていた。誰もが、ただ祈っている。
ティターンの胸から過剰なエネルギーが吐き出され続ける。すべてが終わる音がした。焼け落ちるような爆発、一瞬の閃光、それから衝撃の波。
「っ……!」
俺はヘカトンケイルのすべての力を繰り出し、持てる限りの腕で相手のエネルギーを受け止めた。だが核の爆発は、受け止めるという次元を越えていた。腕は破壊と再生を繰り返し、拳を振るい尽くしても、崩れ行く波を止められない。
黒炎と光が混ざり合った。奈落が断裂して、時間が切り裂かれるように——そして、世界が無に溶けるかの如く眩い白が胸を貫いた。
え、待ってくれ。まさか俺も死ぬのか?
……マジかよ、相討ちか。くそー、せっかく転生したのになぁ。もっとスローライフ送りたかった。でも最期にティターンを倒せて、仲間も守れたし別にいっか。もし、もう一度生まれ変われるなら今度こそ人間にしてくれよな。
——静寂が降りるまでの時間は、長いようで短かった。声援は途絶え、火の粉だけが舞い落ちる。結界の縁の仲間たちは顔を覆い、誰もが深い喪失と安堵の間に立っていた。俺の視界は黒く、心は重く、すべてが終わったことを告げていた。
だが、世界は完全に終わらなかった。
頭の奥で、どこか遠く、囁くような音がした。
【スキル《再誕の刻印》が発動しました】
その声は俺自身の奥底から発せられた。そういえばスキルツリーの奥にそんなスキルがあったな。《再誕の刻印》。一度だけ、死を越えて戻るための最後の刻印。
——頼む、戻れ。
願いを聞き入れるように刻印が胸の辺りで燃えた。黒い破片が集まり、形を成していく。痛みはなかった。重力のように引かれる粒子が体を再び組み上げる。断片だった意識が一つにまとまり、俺は息を吸った。
「カハッ……!」
灰と硝煙の匂い。指先に伝わる熱。息が、確かに、戻っていた。
結界の外で、何かが破裂したように大きな歓声と嗚咽が混ざる。
「アシュラ様! 無事なんですね!」
「王子様が生き返った! 生き返ったのよ!」
ステュクとアガペーの声が震えていた。ハデスは妙に泣きそうな顔で笑っている。ゼウは拳を高く上げ、顔に泥と涙が混じっていた。仲間たちが、ただ走り出さんばかりにしているのが見える。結界はまだ開かれていないが、その表情から伝わる勢いは充分だった。
俺は立ち上がる。体は傷だらけ。だが確かに動く。胸の刻印は冷たく燃え尽きようとしていた。二度とは使えない、そんな気配。
「勝ったぞ」
俺は声を上げた。言葉は雑だったが、仲間たちの心には届いただろう。彼らの顔が一斉に晴れる。結界の縁が震え、複数の穴が空き始めた。ステュクの祈りがその隙間を一つ、また一つと広げる。ゼウが雷を放って補助し、ハデスは盗賊の速度で飛び込み口を作った。
やがて、赤黒の渦に巨大な裂け目が走った。仲間たちが一斉に飛び込む。俺は彼らを受け止めるために残る力を集中した。ぶつかる衝撃、抱き合う温度、嗚咽と笑いの混ざった音。
「アシュラ。よく戻ってきたな」
ハデスが口を歪めて言う。俺はにやりと笑った。
「お前ら、俺を信じてくれてありがとな」
ゼウが大きく胸を叩いて笑い、ステュクはそっと額を寄せてきた。アガペーは涙目で抱きつき、セイドは照れくさそうに拳を握り、ケルベロスはピョンピョン跳びはねている。
勝利の意味は単なる討伐を越えていた。町を守ったこと、人を守ったこと、そして何より互いに支え合った証だ。俺はそれを胸に仲間と喜びを分かち合った。
「帰ろう、みんなのところへ。祝杯が待ってる」
言語の壁を超えて、仲間たちは声を合わせて頷き、そして笑った。泥まみれで、血まみれで、けれど誇らしげに。
灼熱の奈落は静かに、しかし確かに変わっていった。穴の中には焦土が残り、空には黒い雲が蠢いている。だが、勝利を祝うように雲間から光が差し込んでいた。
俺達はそれを見ながら安堵の笑みを浮かべて帰路についた。




