第49話 最終決戦3・解放
灼熱の奈落。岩盤が焼け爛れ、空気は爆ぜるように震え、ただ存在するだけで肉体を焦がす世界。
そこに俺と本物のティターンだけが立っていた。
「仲間は……入れないな」
上方を見上げれば、壊れたステージの縁に皆が心配そうな面持ちで立っているのがわかった。降りてこないのは紅黒い結界が渦を巻き、外からの干渉を拒絶しているからだ。
「アシュラ様!」
「負けないでくださいワン!」
「お前ならやれる!」
声は届く。けれど入ることは不可能。もちろん俺が出ることも。
「絶体絶命、か」
でも元々ひとりで戦うつもりだったし、それほど動揺はしていない。
声援を背に受け、俺は両拳を構えた。
「……行くぞ、ティターン」
「覚悟を決めたか。さぁ来い。余の力をもって貴様を焼殺してやろう!」
ティターンが巨腕を掲げると、黒炎が広がり奈落を覆う。
「《修羅扇》!」
俺は六本の腕を広げ、嵐のごとき拳風で炎を切り裂く。しかし黒炎は風を喰らい、逆流するように俺へと絡みつく。
「どうしたどうした! もっと攻撃してこい!」
ティターンの拳が迫る。俺は拳をぶつけ返した。
「《連環・多重撃》!」
幾重もの衝撃波が弾け、奈落全体が揺らぐ。それでもティターンは怯まない。
「お前の力はその程度か!」
「まだだ!」
俺は小型化スキル《縮躯転位》を解除する。
体が膨張し、三つの顔、六本の腕、塔のような巨躯が顕現する。
「これが俺の本当の姿だ!」
火口を揺るがす咆哮。拳と拳が衝突するたび、岩壁が崩落する。しかし。
「ふん、小さき仮面を外したところでこの程度か!」
ティターンの黒炎が俺の巨体を呑み込む。炎の衝撃は俺の骨をきしませ、皮膚を裂いた。
「ぐぅ……っ!」
押し負ける。巨大化してなお、圧倒的な力の差があった。
「まだ、マダァ!」
俺は一拍置いて、全ての腕に命令を送った。琴の音のようなものが体内で鳴り響く。直後、六腕が一斉に形を変える。皮膚に鋭い刃が生え、指先が鉤爪へと変貌する。
「《赫腕断滅》、発動!」
声と同時に、紅蓮の光が体を貫いた。腕の刃が光を帯び、互いに連鎖して回転を始める。俺は一点を指し示す。ティターンの胸奥に眠る核だ。
腕が刃となって一列に折り畳まれ、まるで百の大鎌が同時に振り下ろされるような軌道を描く。だが一撃で終わらせるのではない。まずは切り裂き、次に縛り、最後に断つ。三段の連携が瞬時に流れ、炎の巨体を階層的に破壊する。
一段目、刃が黒炎を斬り裂き、炎の流れを断ち切る。音は爆ぜ、空気が裂ける。
二段目、鎖となった腕が炎の塊を拘束し、封じる。炎が自由を奪われ、歪む。
三段目、全ての腕が一点に凝集し、拳のように固まる。その拳が核へと突き刺さる瞬間、全ての振動が爆発的に同期する。
その一連の動作を瞬時に行う。それが《赫腕断滅》。アシュラ最強の技だ。
「終わりだ、ティターン!」
拳が核を貫いた。内側から黒い炎が噴き上がり、亀裂が一瞬で蜘蛛の巣のように走る。核の周囲で魔力の渦が逆巻き、吸い込まれるように剥がれていく。しかし。
「勝った、と思ったか?」
「な……!?」
ティターンの体は時間が巻き戻るかの如く再生していく。
「余の再生力を甘く見ていたようだな」
「うそ、だろ?」
俺はその場に膝をついた。《赫腕断滅》は大ダメージを与える代わりに膨大な体力を消費する諸刃の剣。体が動かない。完全に終わりだ。
ティターンは黒炎で巨大な剣を作ると、両手で持ち、天高く掲げる。
「サヨナラだ、アシュラァァァ!」
今にも黒炎の剣が振り下ろされようとしていた。
その瞬間、仲間たちの声が耳を突き抜ける。
「アシュラ! 立てぇぇ!」
「王子様ぁぁぁ!」
「負けるでないッ!」
声が光となって胸に灯る。
そして奥底で眠っていたものが、音を立てて目を覚ました。
【スキル《百腕神顕》の特殊条件“真に窮地へ陥る”を満たしました】
俺はここに来る前、スキルツリーのほとんどをマスターしていたのだが、ひとつだけ覚えられないものがあった。それが《百腕神顕》。
どういったスキルか分からないし、スキルの説明を読んでいる暇もない。俺は天に身を任せ、即座に発動した。
「来い……! 《百腕神顕》ッ!」
全身が爆ぜ、六本の腕がさらに増殖する。十二、二十四、四十八、そして百。腕が奔流のように生え、背からは影の翼が広がる。さらに三つの顔は増え、無数の眼が紅蓮に輝いた。
「……これが俺の本当の姿——ヘカトンケイルだ」
アシュラは仮の姿だったらしい。真にピンチになったときだけ使える、最後の権能。
ティターンが一瞬だけ後退る。
「なに……ッ!? まだそんな力を残していたというのか……!?」
視界は明瞭。負ける気がしない。
「さぁ、続きをやろうぜ、ティターン!」
そして俺は百腕の嵐を黒炎の巨神へと叩き込んだ。




