第45話 ラストサンクチュアリ
ティターンと戦うと決めてからの数時間は、まさに地獄絵図だった。
火山から流れ出す溶岩は、血のように赤く輝き、街道を轟音と共に呑み込んでいく。石畳は焼け割れ、吹き上がる火の粉が避難者たちの近くに降り注いだ。
「逃げろ! こっちはもう持たない!」
誰かの絶叫。
瞬間、倒れる子供。続くはずの光景を想像するだけで顔を覆いたくなる。
だが、突如として空を裂くように雷が走った。
「この雷帝、まだ足腰は鈍っていないようだ」
白ヒゲを撫でながら現れたのは雷帝ゼウだった。この有事に駆けつけてくれたのだ。でもお前、雷帝の名は返上してたよな? まぁいいか。
「大丈夫か、童よ」
「うん……でもおじいちゃん、パチパチして痛いよ」
「……静電気だ、我慢せい」
筋骨隆々の体は老いてなお衰えず、火の粉をものともせず道を切り開く。その姿はまさに雷神の化身。
「ちょいと失礼、財布は預かっておくぜ! ……冗談冗談! こっちが安全ルートだ!」
その隣を縦横無尽に駆けるのは怪盗ハデス。軽やかに建物を駆け上がり、今にも崩れそうな梁を蹴り落として通路を確保する。荷車を操り、子どもたちを運ぶ動きは鮮やか。さらに冗談めかした声が避難者の恐怖をわずかに和らげた。コイツ、たまには役立つな。
ゼウとハデス、二人の活躍もあって避難は順調だが、肝心の溶岩が止まっていない。
不安を抱えていると、溶岩の前あたりで動きがあった。氷の風が夜空を駆け抜ける。クロノス王国の第一王子、セイドが騎兵を率いて現れたのだ。氷槍を振るうたび、溶岩が凍りついていく。
「遅れてすまない! ここは我らが押さえる!」
さらに追い風のように現れたのは三人のS級冒険者。
「炎ごときに空は渡さぬ! 我が剣閃で道を作ろう!」
天翔剣士ブリューナ。風に舞う剣閃は空を裂き、炎の巨岩を真っ二つに断ち割る。
「大気よ! 嵐よ! この民の息吹を守れ!」
風魔導士ジャギル。烈風の渦で黒煙を吹き飛ばし、避難路を切り開く。
「ヒャハハ! 砕けろッ!」
憤怒のダルダ。巨大な斧を構え、迫る岩石を一撃で粉砕、その咆哮で人々を奮い立たせた。
全員、クロノス王国と敵対した時に俺と戦ったやつらだ。味方になると頼もしい。
そして他にもゾロゾロと集まってくるS級。
さらには聖女ステュクとその祖父エクレシオンが呼んでいた聖王国の使者たちが合流し、次々と魔法陣を展開する。祈りを捧げながら光の結界を張り、火山から吹き荒れる熱風を和らげる。加えて白銀の光が路地を覆い、火の粉を雪のように凍らせて落とした。
これで溶岩はどうにかなりそうだ。
一方、俺の迷宮、《ラストサンクチュアリ》付近では、足の速いA級以下の冒険者たちが避難民を抱えたり、誘導したりしていた。
「こちらだ! 走れ!」
「子どもを抱えて! こっちは安全だ!」
人間たちの叫び声は、やがて俺の迷宮へと流れ込むことで和らいでいく。
ナビビ族は小旗を振り、観光用ルートを使って避難民を誘導。プスプス族は汗をかきながら臨時の居住スペースを拡張し、食料や寝具を積み上げていた。
俺の迷宮は、もはや観光地でもなく、ただのダンジョンでもない。《ラストサンクチュアリ》の名の通り、最後の聖域として、火山の災厄に追われた人々を守る砦となっていた。
「アシュラ様! 三百名を収容しました! まだ増えます!」
「もっと詰め込め! 寝床も食料もまだまだある!」
俺は六本の腕で避難してきた子どもを抱き上げ、泣き叫ぶのをあやした。怪物の腕に抱かれながらも、不思議と子どもは泣き止み、俺の胸に顔をうずめる。……おい、やめろ。照れるだろ。
さて、そろそろティターンのところに行かねばならない。すぐに行きたかったが準備に手間取った。ダンジョンポイントやスキルポイントの割り振り、突発的な避難民の救助など、俺しかできない雑務に追われたからだ。
後は、強化アイテムや回復アイテムを魔導リュックに詰めて……それと、おやつのバナナは……まあいいか。
「よし、ガイア。行ってくる。後は任せた」
「了解しました。……どうかご無事で」
頷いて、ケルベロスの背にまたがり出撃。だが、その瞬間、ティターンの声が響く。
『アシュラよ、まだ来ぬか。ならば二の矢を射たせてもらおう』
だからちょっと待て! お前のせいで余計な手間が増えてるんだからな! コイツ絶対モテないだろ。
「た、大変ワン! 溶岩から大量のモンスターが出たワン!」
ケルベロスの瞳に映し出されたのは、セイドやブリューナたちの前に溢れ出す赤黒い溶岩モンスターの群れだった。
「クッ、ケルベロス! 急いでくれ!」
「了解ですワン!」
俺は急ぎ、灼熱の戦場へと駆けた。




