第43話 強者を求めしもの
ケルベロスが仲間に加わってから一ヶ月後。
俺はダンジョン内で魔法の日差しを浴びながら畑を耕していた。土の匂い、芽吹き始めた野菜の葉、プスプス族がちょこちょこ走り回りながら雑草を抜く姿。夢見ていたスローライフが今まさにここにある。
あれから本当に色々あった。
まず聖女ステュク。あの子は聖典の生け贄に関する一節が忽然と消えたことで処刑の運命から解放された。今ではヴァルトラント聖王国の大使として、俺のダンジョンで常駐生活している。
しかも祝福の間というカフェ&バーでは看板娘を務め、冒険者も観光客も彼女目当てで通うほどの人気を獲得していた。本人は、外交の一環ですと言っているが、エプロン姿で笑顔を振りまいている様子は、どう見ても普通のバイト店員にしか見えない。
そしてステュクの祖父、エクレシオン。相変わらず邪滅派に籍を置いているものの、実際は孫を裏から必死に守っている。俺が精霊ガイア経由でステュクに『お前のジジイ、お前のために裏で動いてるぞ』とバラしたことで、祖父と孫の間の壁はすっかり消えた。
今では一緒に食卓を囲み、昔のように笑い合っている。ただ、ジジイまで俺のダンジョンに住みつく羽目になったのは想定外だった。おい、俺の迷宮は保護者の下宿先じゃねぇぞ。
ハデスはというと、いつものようにレーズンバターサンドを片手に怪盗ごっこを続行中。俺の玉座裏にあるハリボテ門をガチャガチャといじりながら、『まだ資格が足りないのか』や『この世に存在するはずの鍵はどこだ……!』と、毎度茶番を繰り返している。……こいつ、マジで飽きないな。
そしてケルベロスはというと。
「ご主人様ぁ! ボール遊びしてくださいワン!」
巨犬の姿を自在に小型化できるようになったケルベロスは、すっかり迷宮の番犬ポジションに落ち着いていた。今日も三つの頭を同時に振り回しながら、尻尾を千切れんばかりに振って俺に飛びついてくる。
「今は畑を耕してんだ。アガペーに頼め」
「くぅん……」
肩を落としてトボトボ引き下がるが、数歩ごとに俺を振り返る。……学習したな、構ってもらう方法を。すっかり犬になりやがって。
だが、こいつの能力はただの犬では済まされない。なんと自分の小型分身を作り出すスキルを持っていたのだ。試しにやらせてみると、三匹のパンダ模様の愛嬌ある犬がポンポンと生まれた。
その光景を見た俺はピンと来た。
結果、その分身たちは外交の象徴としてクロノス王国を除く三大国へ派遣され、各地で守護獣として熱烈に歓迎された。子供から大人まで群がり、分身はもはや外交官(犬)だ。世界平和のために尻尾を振り続ける存在となった。一言でいうと動物外交みたいなものだな。
おかげで四大国との関係は一気に良好に傾き、古代生体兵器アシュラを破壊せよ、という物騒な声もすっかり消えた。俺は念願の平穏を手にしたわけだ。
「アシュラ様、おはようございます」
畑を耕す手を休め、アガペーが作ったおにぎりを頬張っていたところに、翡翠色の精霊ガイアが出勤してきた。今日も時間きっちり。残業は絶対しない。
「おう、おはようガイア」
「ご機嫌ですね」
「そりゃあ、こうして念願のスローライフを満喫できてんだからな。毎日ハッピーだ」
思えば色々あった。玉座の間から出られなかった日々。雷帝との死闘、隣人アガペーとのトラブル、国から討伐対象にされたり、古代生体兵器と呼ばれたり……。どれもこれも胃に悪いイベントばかりだった。だからこそ今が幸せすぎる。
「それは何よりです。ただ……」
「……ただ?」
嫌な予感しかしない。
「報告があります。地震についてです」
「うん?」
俺はおにぎりを落としそうになった。
「ダンジョンの遥か西側で計測されました。東側にあるケルベロス迷宮が生まれた時の余震だと思っていましたが……震源は東とは真逆。完全に別の揺れです」
そこまで聞いて俺はある可能性に思い至る。
「……まさか、“もう一つ”のダンジョンが?」
「可能性は高いで——」
ガイアの言葉が終わる前に、大地が突如として揺さぶられた。迷宮全体が唸りを上げ、天井から砂が降る。
「な、なんだ!? デカい揺れだぞ!」
俺とガイアが慌てふためく中、ケルベロスが部屋に飛び込んできた。
「ご、ご主人様ぁ! じ、地震ですワン!」
その狼狽ぶりから、こいつの仕業でないのは明白だった。
どうする……! とりあえず物陰に避難を——。
その時。
『目覚めよ愚者ども。余はティターン。終焉をもたらす者なり』
地の深奥から響くような声に背筋が凍りついた。ガイアもケルベロスも似たような反応をしているのを見るに、俺だけに聞こえたわけではないようだ。
「……てぃ、ティターン、と言ったか?」
忘れるはずもない。俺が転生する直前、MMORPGにて最後に実装された究極のボス。未討伐のまま終わったラスボスだ。
ケルベロスとの戦いなど、あれは序章にすぎなかった。思えば当然だ。ケルベロスが出現したのなら、その先に控えるエンドコンテンツボスであるティターンが姿を現すのは必然だったのだ。
どんな技を持ち、どれほどの強さを誇るのか、俺は何も知らない。だが一つだけ確信できる。
こいつは世界を揺るがす存在だ。
『アシュラを、アシュラを出せ』
「……え?」
今さ、俺の名前呼んだよね? いやいや、気のせいだよな! 俺こんな怖い声の知り合いいないもん!
ガイアとケルベロスがじっとコチラを見ている。や、やめろよ。まるで俺が犯罪でも犯したみたいじゃないか。
『“強者を求めしもの”アシュラよ。余と戦え』
きょうしゃ? 香車のことかな? 将棋でもしたいのかな?
しかし俺は勘付いていた。強者、といえば雷帝ゼウだ。アイツは旅立つ前に『安心しろ。旅先で貴様の悪名を広めておいてやる。これでここに強者が集うだろう』と言っていた。
つまりゼウのせい、と言いたいが、さすがにティターンが現れてから早すぎる。
俺は“シナリオ改変”が起きてしまったのだと推測していた。というのも最弱レイドボスである俺はストーリー上だとプレイヤーにボコボコにされ、さらにゼウに負けるという感じだった。
ところが、転生して勝ってしまったことでシナリオにズレが生じてしまった。そのズレで、バタフライエフェクト的なものが起こり、強者ティターンがアシュラと戦いたくなるように変化してしまったのだろう。最悪じゃねぇか。
『さぁアシュラよ、出てこい。余と心ゆくまで殺し合おう』
まだティターンの声がダンジョン全域に響くように聞こえてくる。
全国放送なのやめろ! せめて俺だけに言えよ!
ふと、視線を感じて振り返る。
そこにはガイア、ケルベロス、プスプス、ナビビがいて、悪魔に捧げられる生け贄を見るような冷たい視線を送ってきていた。
「や、やめろ! そんな目で見るなあああああ!」
喉の奥が渇き、思考が焦燥に駆られる。俺は無意識に拳を握りしめていた。
こうして平穏は、またしても唐突に終わりを告げた。
【第4部 古代生体兵器編】 —終—




