第42話 ケルベロス攻略4・終幕
俺はケルベロスに対抗すべく切り札を出す。
「《縮躯転位》解除!!」
直後、全身が軋み、骨が伸び、筋肉が膨れ上がる。六本の腕はさらに肥大化し、俺は巨体に戻った。
大袈裟なことをしているが、ただの小型化の解除だ。こうすることで制限されていた能力が戻り、相対的に強くなる。
ただし、大きくなる分、攻撃は当たりやすくなるし、仲間との連携が難しくなる。ゆえに切り札なのだ。
「みんな、合わせてくれよ!」
本来の姿へ戻った俺は床を蹴り、ケルベロスへ接近する。
「王子様! この加護を受け取って!」
アガペーが蛇髪を揺らして呪歌を紡ぐ。
《蛇帝の護符》。敵の動きを鈍らせ、こちらの一撃を鋭利にする妖しい祝福が俺の周囲に渦を巻いた。
その隣でステュクが杖を掲げる。
「神敵であれど、わたくしはあなたを見捨てない! 《聖光の加護》!」
白光が六本腕を包み、筋肉に力が漲る。まるで神にすら抗うための聖なる装甲が、俺の身体にまとわりついたかのようだった。つーか誰が神敵だよ。
さらに、背後からエクレシオンの重厚な声が響く。
「我が王よ……今こそ地を穿ち、道を切り開け。《大地讃歌》!」
床から隆起した岩壁が防壁となり、ケルベロスの吐いた炎を受け止めた。岩肌は赤熱しながらも、崩れず俺の盾となる。
支援が揃った。胸の奥に、今までにない熱が満ちる。
「《修羅車》ッ!」
六本の腕を折り畳み、床を削りながら突進する。回転による衝撃が大気を裂き、ケルベロスの巨体を揺さぶった。
「グガァ!」
しかし巨犬は踏みとどまり、炎と氷を吐き返す。
「足止めは任せろ! 《影縫いの鎖》!」
ハデスの影が鎖となり、ケルベロスの脚を縛る。動きを封じた瞬間を逃さず、俺は踏み込んだ。
「《修羅琴》ッ!」
六本の腕を弦のように打ち合わせ、衝撃波を音刃に変える。音の刃が炎を裂き、三つ首を打ち据えた。
迷宮の壁が震え、石屑が雨のように降る。
俺は全ての力を束ね、スキルを放つ。
「《修羅の流転》!」
伸びる拳の連打が大地を割り、ケルベロスを何度も床に叩きつける。
「グギィ!」
三つの首が同時に呻き、やがて力なく伏せる。
荒い息を吐きながら立つ俺の周囲には、仲間たちの祈りと声援が残響していた。アガペーの妖艶な加護、ステュクの聖なる光、エクレシオンの大地の盾。そのすべてがあったからこそ、俺は巨獣を屈服させられたのだ。あ、あとハデスのなんか足縛るやつ。
「グギギ……」
ケルベロスがまだ立ちあがろうとしていた。
「なかなかしぶといな」
俺はトドメを刺すべく、死にかけのケルベロスに向けて拳を振り上げた。すると。
「ちょ、ちょっと待ってください! 降参ですワン!」
え、喋った!?
三つの首が同時に叫び、巨体が床へ伏した。その瞳には、もはや敵意はなく、どこか必死な色が浮かんでいた。
「降参って言ったか?」
俺は腕を下ろしながら訝しむ。
「はい! 本気で戦った結果、あなた様には敵わぬと悟りました。そして……条件を満たした今、我らに新たな力が芽生えたのですワン」
ケルベロスの体がぼうっと光に包まれる。
次の瞬間、あれほど圧迫感を放っていた巨犬の体が、ぐんと縮んでいった。
残ったのは人間より少し大きい程度の三つ首の犬。
「おい……小型化した!?」
「ええ……これは我らが種に刻まれた宿命。本気で戦い、敗北を受け入れた時のみ、小型化のスキルが開花するのですワン。これで……これでようやく、外へ出られるワン……!」
三つの首が同時に小さく吠える。その声音は、戦いの時の獰猛さではなく、解放への喜びに満ちていた。
「外に出たかったのか?」
「はい。体があまりに大きすぎて、この部屋から出られなかったのですワン」
お前は俺かよ。
「しかも……」
一つの首が左右をきょろきょろと見回し、小声で告げる。
「外には双頭狼がいて……こわかったんですワン」
双頭狼って、俺達が倒した火と氷を使うやつだ。
「お前の方が首多いし、上位互換だろ?」
俺は思わずツッコんでしまう。
「それでも怖いものは怖いんですワン。全然話聞いてくれないし」
耳を垂れ下げている。もう犬じゃん。犬だったわ。
「ま、まぁ出られるようになってよかったな」
「はい! ありがとうございますワン!」
「このダンジョン、モンスターが溢れないように改装しとけよ」
「はい! お任せくださいワン!」
「じゃあ帰るけど、悪さしたらどうなるか分かってるよな?」
「もちろんですワン! ただ、我らには行く当てもありませんし、これから何をしたらいいかわかりませんワン。ですから、どうか! 我らを仲間にしてください!」
ケルベロスは、腹を地に着け、前脚を折り伏せ、首を垂れた。それは完全なる服従の姿勢だった。
「仲間って……お前なぁ」
「ご主人様ぁ! お願いしますぅ! くぅ〜ん!」
人慣れした犬みたいに足にすり寄ってくる。
うーん、キャラ被りだしなぁ。俺のアイデンティティがなぁ。ただ、監視はしておきたいなとは思う。ちょっと試してみるか。
「じゃあ今から仲間にするための試験をおこなう」
「はい! 任せてくださいワン!」
「お手!」
俺が手を差し出すと、二つの前脚を順番に乗せてくる。可愛い。
「おすわり!」
姿勢よく腰を下ろす。賢い。
「へそ天!」
ごろんと仰向けに転がり、三つの首が同時にご満悦の声を上げた。従順。
「完全に飼い犬じゃねぇか!!」
思わず突っ込む俺。
「試験の結果はどうですかワン?」
ケルベロスは目をキラキラさせ、舌を出してこちらを見上げている。
プライド無さそうだし、何となく反旗を翻すことはなさそう。一旦、様子を見てみるか。犬飼いたかったしな。
「よし、合格だ」
「やったーワン!」
犬みたいにピョンピョン飛び跳ねている。
振り返ると仲間達がキョトンとしていた。
「あらぁ、可愛いワンちゃんになったのね。やっぱり理想の家庭にはペットが欲しいものよね。うふ、うふふ」
アガペーは、なんか妄想のスイッチが入ってしまったらしい。問題なさそうだし、放っておこう。
「な、なんじゃ? アシュラとケルベロスはやはり組んどったのか!?」
エクレシオンが槌を構える。
「いや、アシュラが服従させたようだ」
察したハデスが影の短剣をくるくる回し、口笛を鳴らす。
お、たまには察しがいいな。と思っていると、ハデスが続けざまに変なことを言い出す。
「なるほどな、ここに来たのはペットを飼いたかったからか。ペットの顔は飼い主に似るというが、もうそっくりじゃないか」
因果が逆だろ!
「よく分からないですけど、新しい仲間ができたのですね!」
ステュクが微笑む。
うん、簡単にいえばそういうことだ。
「皆さんよろしくお願いしますワン!」
ケルベロスがさっそく人間達に媚を売っている。
俺はそんな光景を見ながら静かに息を吐いた。
こうして地獄の番犬ケルベロスは、俺の忠犬として仲間に加わることになった。




