第40話 ケルベロス攻略2・道中
ケルベロスのダンジョンの中は薄暗い石造りの回廊だった。壁に刻まれた古代文字が青白い燐光を放っては消える。
空気は湿り、冷たく澱んでいる。足を踏み出すたび、地下水がぽたりと落ちる音が響き、緊張を煽った。
やがて広間へと着いた。そこには整然と並ぶ十数枚の門。形も大きさもまったく同じ。どれも重厚な石扉で閉ざされている。
「これは……俺んとこと同じ迷路か」
俺が呟くと、アガペーが眉をひそめて頷いた。
「残念ながらマップを解析できなかったわ。王子様のダンジョンは愛の力でわかったのにね」
愛の力と言っているが、意訳すると俺のダンジョンはショボくて簡単に解析できたということだ。ふざけんなよ。
立ち止まっていると、聖女ステュクがこちらに向いて口を開いた。
「そのご様子だと道が分からないようですね。仕方ありません、一つずつ門を進んで総当たりしましょう。迷宮は必ず心臓部に繋がっていると聞きます。なのでいつかケルベロスの元へ辿り着けるはずです」
それしかないか。
「ワシに任せるのじゃ。こんな時のために徳を積んできておるからの。一発で正解を引き当てるのじゃ」
そう言ってエクレシオンが一歩踏み出す。
ジジイが選んだ門を抜けた瞬間。床が消えた。
「ぬおおお!」
慌てて俺が腕を伸ばし、エクレシオンを引き寄せる。奈落の底は闇に覆われ、深さすらわからない。
「落とし穴……か。ぬははは! 当たりじゃの!」
「ハズレだろ」
先が思いやられるが、こうやって進むしかない。
続いて別の門を試す。今度は天井が開き、鋼鉄の矢が雨のように降り注いだ。矢尻には毒が塗られている。さらに別の門では、石像が蠢き出し、牙を剥いた獣のような咆哮をあげる。
「なるほど、なるほどのう」
ジジイがハズレの道を引くたびに頷く。
なにがなるほどだよ。早く当たりを引けよ。
そうこうしている間に石像が襲ってきた。
「チッ!」
アガペーが舌打ちし、毒を飛ばして石像の目を射抜く。しかし石像は崩れず、逆に両腕を振り下ろしてくる。
「ぐぬぅッ!」
エクレシオンが聖槌で受け止めた。しかし、重すぎるのか、押されて足元の床石がひび割れる。
「負けてなるかァ!」
彼が気迫と共に押し返し、俺は分身体の腕で石像の首をへし折った。
「ふむ、余裕じゃったな! ガハハ!」
はぁ。ジジイは呑気でいいね。
俺は皮肉めいたことを思いながら鼻で笑った。
その後もエクレシオンが罠に翻弄されながら少しずつ先へ進んだ。
そして、ようやく正しい門を見つけたと思った矢先。
通路の奥から石を削るような足音が迫ってきた。
現れたのは二つ首の狼。黒曜石のような毛並みに、赤と青の瞳を宿す巨獣。
左の赤眼の口からは灼熱の炎、もう一方の右の青眼の口からは極寒の冷気が溢れ出ている。吐息だけで広間の空気は悲鳴を上げ、石床が焼け爛れ、同時に凍りついていく。
俺はそれを見て目を見開く。こ、これは——。
「またキャラ被りかよ! 俺も火と氷を使うぞ!」
許せねぇ、俺のアイデンティティが。
「双頭狼イグニスゲルムね。ステータスは不明」
アガペーが名を呼んだ瞬間、敵の口から赤と青の光が同時に吐き出された。炎と冷気がぶつかり合い、爆ぜるような衝撃波が広間を覆う。
「な、混ざり合って暴れてる!?」
床は火と氷でひび割れ、石の破片が飛び散る。立っているだけで皮膚が焼けるように熱く、背筋が凍るほど冷たい。二種類のダメージが不快感を煽る。
「全員さがれ!」
俺の方が上位互換だというところを見せてやる。
「《灼氷の咆哮》!」
俺は火と氷を混ぜたブレスを吐いた。
敵のブレスとぶつかり弾ける。相殺、とはならず俺の方が力負けしていた。
うっそだろ。小型化してるとはいえ、俺の方が下位互換かよ。ぐすん。
「しゃあねぇ!」
仕方なく盾を召喚し、炎を受け止める。しかし、反対側から冷気が襲う。俺の頬が白く凍りつきかけた。
「させないわ!」
アガペーが蛇髪から毒霧を放つ。瘴気が炎と冷気をかき乱し、わずかに均衡が崩れる。
「今じゃ!」
エクレシオンが突撃し、聖槌を叩き込む。が、炎の首が槌を噛み止めた。灼ける鉄。次の瞬間、冷気の首が側面から襲いかかる。
「ぐぬぅっ!」
鮮血が飛び散り、エクレシオンがよろめく。
「お祖父様!」
ステュクが駆け寄り、治癒魔法をかける。
「なんの、かすり傷じゃ」
エクレシオンは歯を食いしばり、再び槌を構えた。
俺は六本の分身体の腕を顕現させ、四本で敵の顎を押さえ込む。だがその時、狼の瞳の色が変わる。赤が青に、青が赤になった。
「……なんだ!?」
今までとは逆で、左の首が冷気を、右の首が炎を吐く。
「属性が……逆に!?」
炎を防ごうと構えた俺の腕に氷が突き刺さる。冷気に備えたエクレシオンの槌を、灼熱の吐息が焼く。
属性の変化そのものは大きな問題ではない。だが、火と氷を使い分けて攻撃の緩急をつけられると、処理すべき情報が増えて思考のリソースを奪われる。その結果、連携が乱れてしまうのが厄介だ。
「ちょっと面倒ね!」
アガペーが毒を連射するが、狼は身体をひねり、氷と炎の流れを逆回転させる。広間の温度が一瞬で反転し、空気そのものが継続ダメージを与えてくる。
そんな小技もできるのかよ。頭がこんがらがりそうだ。
「落ち着け! 眼が入れ替わる瞬間が隙になるはずじゃ!」
エクレシオンが叫ぶ。確かに、目の色が変わる刹那、両方の吐息が止まっていた。
「なら、次の切り替えを狙う! アガペー、合わせろ!」
俺は分身体の腕を飛ばし、炎の首を牽制する。同時にアガペーが毒液を冷気の首に撃ち込み、ステュクが魔法の光で視界を照らす。
そして狼が再び目の色をを入れ替えようとした瞬間。
「今だッ!」
意図を察したエクレシオンが速度を上げて全力で聖槌を叩き込み、俺も本体の拳を伸ばして顎に叩き込む。
「ギャウッ!」
敵がすっとんきょうな声を上げて吹き飛ぶ。硬い骨が砕け、二つの首が絶叫と共に倒れる。
巨体は痙攣し、やがて動かなくなる。
それから数秒の後、光の粒子として消えた。
広間には、まだ赤熱と霜が同居し、石壁が交互に焼けただれ、凍りついていた。
「結構な強さだったな」
俺は荒い息を吐きながら呟く。
「中ボスってとこね。ケルベロスはもっと強いと思うわ」
そうか、そうだよなぁ。これ勝てるのか?
ゲームと違って全滅=死なんだよな。もしかしてパーティー選択ミスったか?
若干後悔していると、エクレシオンとステュクは疲れた顔をしつつも笑った。
「いい準備運動になったのう」
「まだまだ頑張れますですぅ!」
いや、このパーティーでよかったかな。
俺は首を二、三度横に振って前を向いた。
「それじゃあ行こうか」
そして。
幾許もせずに辿り着いた最奥。
俺達は覚悟を決め、荘厳な扉をゆっくりと開いた。




