第39話 ケルベロス攻略1・門番
小型化スキルを覚えた俺は、三人の愉快な仲間たちとともにケルベロスのダンジョンへと向かっていた。
東の森は昼間だというのに光が届きにくく、鬱蒼とした木々が俺たちの行く手を塞ぐ。風もないのに枝葉がざわつき、不気味な気配が漂っていた。
「来るわよ」
アガペーが蛇髪を逆立てて警告した次の瞬間、茂みをかき分けて狼の群れが飛び出してきた。
その名は骸狼。骨がところどころ剥き出しになった狼型モンスターだ。腐臭をまき散らしながら十数体が一斉に飛びかかってくる。
「任せるのじゃ!」
エクレシオンの聖槌が唸りを上げ、一撃で三体の骸狼を粉砕する。だが砕けた骨が再び組み上がり、形を取り戻して立ち上がった。
「なぬぅ!?」
「打撃に耐性を持っています……わたくしに任せてください! 《浄罪の聖炎》!」
ステュクが必死に詠唱し、光の炎を放つ。白い炎が群れを包み込み、骸狼たちが耳障りな遠吠えを上げて崩れ落ちた。
「負けてらんねぇな」
俺も六本の腕を伸ばし、剣で斬撃を叩き込む。
しかし、あまりダメージが入っていない。小型化による弱体化の影響だろう。
「王子様、支援するわ! 《蛇影の誓約》!」
アガペーの支援スキルにより、俺の能力が上がる。
そのバフを受けたまま骸狼を何度か斬ると、頭蓋が砕けて骨が粉塵となり、ようやく沈黙した。
「やりましたね!」
ステュクを中心にみな喜んでいる。
少数精鋭というには不安があったが、結構いいパーティーじゃないか。
ただ、一個だけ難点がある。それは言葉が通じないことだ。
「禁断の花嫁よ、面白い技を使うのう」
「なにジジイ。口説いてるのかしら? 私は王子様のものなんだけど」
「お二人とも仲良しさんで良かったですぅ」
あべこべな会話を聞いて俺は肩をすくめた。まぁ逆にこの方が上手くやれそうな気がするな。
ちなみに通訳のガイアは留守番だ。戦闘精霊ではないから役に立たないというのもあるが、どうせ17時には退勤するので長期ダンジョン攻略には使えないのである。付け加えると魔導スクリーンは内線のようなもので、外では使えないから連絡も取れない。正直、使い勝手悪いよな!
それはさておき、俺たち四人は先へと進む。
その後、何度かの襲撃を退けながら移動するうちに森の奥へとたどり着く。
「これがケルベロスの巣か」
苔に覆われた巨大な石造りの門。二本の柱には牙を剥く犬の浮き彫りがびっしりと刻まれ、アーチ部分には鎖模様が連なっている。静かにそびえているだけなのに、見ていると心臓を掴まれるような圧があった。
「ただの入口じゃないわね。結界が張ってある。近くに門番がいるはずよ」
アガペーが蛇髪を揺らしながら睨みつける。尾の先が小刻みに震えているのは彼女なりの緊張の証だろう。
「ふむ……聖典にこんな一節がある。試練の門を越えし者、真の敵に至る、とな。……ワシらを待っておるというわけじゃな」
もうそのポンコツ聖典の話はいいよ。早く破り捨てようぜ。
刹那、エクレシオンが低く唸り、聖槌の柄に手をかける。
「ぬぅ、来るぞ……!」
その言葉に呼応するように、門の前の地面がひび割れ、二頭の石像が出現した。両方とも禍々しい顔をした犬型で、異様に大きく、眼孔に赤黒い光を宿していた。石の牙を鳴らし、俺たちを睨みつけてくる。
「石獣ツインガルド。名前以外は不明ね」
アガペーが言った。彼女の瞳が赤く発光している。敵のステータスを見れるスキルを使用しているようだ。
「アシュラ様……」
ステュクが俺を見上げてくる。その目には不安と、強さが混ざっていた。
「行くぞ」
俺は短く言い放ち、仲間と共に石の門番へと立ち向かう。
石獣ツインガルドは石でできているはずなのに、関節は軋みながらもなめらかに動いている。
「ガルル……!」
石の裂け目から響くような低い声が森を震わせた。
「バウ!」
二頭が同時に吠えた。轟音とともに衝撃波が走り、地面の苔ごと木の根が抉り取られる。
「くっ、散開せよ!」
エクレシオンの号令で俺たちは左右に飛び退いた。
直後、石の尾が地を薙ぎ払う。太い木々が何本もなぎ倒され、破片が雨のように降り注いだ。
「クッ……あれを受けたら危険よ!」
アガペーが尻尾をかわしながら蛇髪を伸ばし、石獣の首に絡みつかせる。しかし石の硬さに蛇の牙は通らない。逆に頭を振り払われ、アガペーの体が宙を舞った。
「きゃっ!」
「アガペー!」
俺は咄嗟に六本の腕を伸ばして受け止める。腕が痺れるほどの衝撃が走った。
「大丈夫か?」
そう言って彼女を下ろした。
「はい! ありがとう王子様……!」
目がハートになっている。
今はラブコメしてる場合じゃないぞ、と内心で思いつつ俺は敵へ向き直る。
すると、エクレシオンが聖槌を振り下ろす最中だった。
「《神光撃》!」
光に包まれた一撃が石獣の前脚を砕き、地面にめり込ませた。
負けじと石獣が口を開く。今度は赤黒い火花が口腔に溜まり、熱線のような光が一直線に放たれた。
「お祖父様っ! 《聖盾結界》!」
ステュクの声と同時、ジジイの周囲に光の膜が展開する。防御結界だ。熱線が膜に直撃し、耳をつんざくような音を立てて弾け散る。
「助かる!」
と言って、エクレシオンはバックステップで後退する。
入れ替わるように俺が熱線により発生した黒煙を引きながらスキルを唱える。
「《修羅車》!」
体を折り畳み、車輪のように回転して突進。石獣の胴体に叩き込む。火花が散り、ひび割れが走った。
だが石獣は倒れない。二頭が一斉に吠え、口から発射された石の破片が弾丸のように飛び交う。
「ひぃっ!」
ステュクの悲鳴。
「ステュク!」
俺はスキルを解除。盾を召喚して仲間をかばった。防ぎきれなかった破片が体に突き刺さるが、小型化した体でも耐えきれる程度のダメージだった。
「弱点は赤い核よ!」
アガペーが叫ぶ。蛇髪の一匹が石獣の胸の奥に、赤黒い光の塊を見つけたのだ。
「なら、叩き割る!」
俺は盾を消し、敵へと駆ける。アガペーの蛇髪と、エクレシオンの聖槌から放たれる光弾がその隙を補う。
俺は踏み込み、渾身の一撃を敵の胸部へ叩き込む。
ひときわ大きな轟音とともに、石獣ツインガルドの一頭は胸を裂かれて砕け散る。赤黒い光はふっと消え、残ったのはただの崩れた石像。
だがその瞬間、残ったもう一体の光が増し、赤黒さが深紅に変わった。
「ひゃっ、強化された……!?」
ステュクが小さな悲鳴を上げる。
一匹を失った代わりに、残った方が力を取り込んだのだ。動きが倍速に近い速さになり、尾の一撃は先ほどの比ではない。
「《神光撃》を当てる隙がない……!」
エクレシオンが歯噛みする。
「私が止めるわ。《蛇帝の抱擁》!」
アガペーの蛇髪が一斉に伸び、石獣の脚を絡め取った。
「今だ、行くぞ!」
俺が拳を叩き込み、エクレシオンが聖槌で胸を砕く。すかさずステュクが詠唱を重ねる。
「《浄罪の聖炎》!」
白炎が胸の亀裂に流れ込み、核を焼き尽くした。
こうして石獣ツインガルドの二体目も絶叫とともに砕け散り、森に静寂が戻った。
「ふぅ、なんとかなったな」
やがて、門が重々しい音を立てて開いていく。
「これで……ようやく進めるわね」
アガペーが額の汗を拭いながら呟いた。
「突入する。油断するな」
俺の言葉を察した仲間達は頷き合い、暗き門の中へと踏み込んだ。




