第36話 聖環派・邪滅派
模擬戦が終わり、一息つく。
問題を起こしたジジイのエクレシオンは、ダンジョンの宿泊施設へと行っていた。まだ滞在する気かよ。
俺は困ったように眉間を押さえつつ、玉座に深く腰をかける。
そうしていると、魔導スクリーンから声が聞こえてきた。
エクレシオンの取り巻きたちが互いに顔を見合わせ、何やら低声で囁き合っている。
「……やはり“聖環派”の理想は甘い」
「“邪滅派”こそが真の正義……」
耳に入ってきた単語に、そういえばそんなのもあったな、と思い出す。
「おい、ステュク。聖環派とか邪滅派ってなんなんだ?」
通訳ナビビが近くにいた彼女に問いかけると、少しだけ言い淀んだ後、俺を見上げてきた。
「ご説明します。現在、【浄光の槌】は二つの派閥に別れています。祖父エクレシオンが属する邪滅派は、神敵と定められた存在を徹底的に排し、滅ぼすことこそ人類のためだと信じている者達の集まりです」
「ほう」
「一方で、わたくしが属している聖環派は、神敵であっても対話や共存の道を探そうとする一派です。生命も世界も、環のように繋がっている。そう考える者たちの集まりです」
ステュクはそこで一呼吸して続ける。
「初めは派閥などなく一つに纏まっていました。ですが、教団が大きくなるにつれ、いつしか聖職者たちに軋轢が生まれていきました。そして一部の者が聖典の解釈違いという体のいい火種を使って邪滅派を創設したのです」
ただの人間関係のこじれに宗教を絡めたってとこか。胸焼けを起こしそうな話だ。
「両派閥は互いにいがみ合っていたものの、戦争をするほどではありませんでした。ですがそれも最近になって雲行きが怪しくなってきていました。そんな時、クロノス王国が魔物アシュラと手を組んだという話が入ってきたのです」
「あ……も、もうこの話は辞めよう」
構わず続けるステュク。
「邪滅派はこれを使わない手はないと思ったのか、聖王国評議会に圧をかけました。そして、アシュラ様を古代生体兵器と認定し、クロノス王国に揺さぶりをかけたのです。そうすることでクロノスにも邪滅派の勢力を拡大するつもりだったのでしょう」
ひぇ〜人間怖いんですけどー。モンスターでよかったー。よくねぇよ。
「あとの話はアシュラ様もご存じの通りです。わたくしが生け贄としてこのダンジョンへ送り込まれました」
「待て、エクレシオンはステュクの祖父なんだよな? どうして敵対派閥に入っているんだ?」
身内なら同じ派閥に入ってそうなものだが。
「それが、詳しい事情はわたくしも把握していないのです。お祖父様は最近になっていきなり邪滅派に鞍替えしたのです。元々人望もあるお陰か、気づけばすぐに幹部になっていました」
ジジイの気分でも変わったか? もしくは誰かに誑かされたとか?
それはともかく、おおよそ分かった。要は派閥は、“滅ぼす派閥”と“話し合い派閥”ってわけか。で、俺はよりによって滅ぼす方の大幹部ジジイと殴り合いさせられた、と。
いや、待てよ。
「疑問なんだが、なんで“生け贄制度”が聖環派にあるんだ?」
そういう過激なものは邪滅派がやりそうなものだが。逆に聖環派は生け贄なんて一文があっても独自の解釈で都合よく文を改変したり、無くしたりして穏便な方へ持っていく気がする。
「それは……聖典に書かれているので、としか言いようがありません」
聖典を盲目的に信じているのか。そこは宗教のいいところでもあるが悪いところでもあるな。
「その聖典、見せてもらえないか?」
「分かりました。ですが、手持ちの物はカフェに寄贈したので取って参ります」
ステュクが祝福の間に行って本棚を漁り、ほどなくして戻ってきた。
「こちらになります」
あ、これって……。
濃紺の表紙。真ん中には銀色のシルエットで描かれた巨人のマーク。これはエクレシオンが来る前にカフェでナビビが落としていた本だ。
「これ、《ティタノマキア》のタイトルロゴだよな……?」
「ティタノマキア? というとティタノマキア大陸のことですか? 関係ないと思いますけど……」
え、大陸名だったの!?
ガイアのやつ、聞いたことしか答えねぇからな。まぁいい、いつものことだ。
「そ、そうだ大陸名だったな。それで、このロゴはいつ頃から描かれてあるんだ?」
「昔からです。少なくともわたくしが生まれるよりも前からですね」
ふぅん……この異世界がティタノマキアに似た世界ならロゴが聖典に使われていても不思議ではないか。
違和感を覚えながらも聖典を観察し続ける。
「あ、そうだ。生け贄のことが書かれたページ教えてくれ。一度読んでおきたい」
「それがこれは少し前に書かれた写本なのでその事については載っていません」
「え、ということは生け贄は最近追加されたのか!?」
「はい。聖王国に置いてある原典には“神による加筆”がなされることがあるのです」
つまり自動書記ということか。厄介すぎる。
しかし、俺の思考に何かが引っ掛かる。MMORPGのロゴ、それと自動書記。だが思いつきそうで思いつかない。まだ足りないピースがあるのか……?
その時だった。
玉座の間全体が、大槌を振り下ろしたかのように揺れた。床石が音を立て、シャンデリアが軋む。
「地震でしょうか……?」
ステュクが慌てて壁に掴まり、アガペーは俺の腕にしがみついてくる。どさくさに紛れて抱きつくな。
プスプス族は一斉に悲鳴を上げて物の下へ退避。怪盗ハデスは酒瓶を死守しながらよろけている。まだ居たのかよ。
揺れがおさまった瞬間、ナビビ族の一匹が転がるように玉座の間へ飛び込んできた。
「た、大変ですッ、大変ですッ! アシュラ様!」
「なんだ、崩落でもしたか?」
「いえ、それどころではッ! 東の森に新たなダンジョンが出現しました!」
場が一斉にざわめいた。
俺は嫌な予感を覚え、舌打ちをした。
……また厄介ごとの始まりか。
次なる災厄の影が確かに迫っていた。




