第35話 模擬戦
玉座の間で聖女の祖父エクレシオンと模擬戦をすることになった。
正直、難しい戦いと言わざるを得ない。
相手は聖女の祖父で邪滅派の幹部って肩書き。慎重に戦わなければ、ただの模擬戦じゃ済まなくなる。負ければステュクの立場がなくなるし、下手な勝ち方をしても、また人類の敵扱いに逆戻りしそうだ。
「はぁ……面倒くさい」
三つの顔を一斉に左右に振る。
俺の目の前には、すでにエクレシオンとその取り巻きの信徒どもが整列していた。重苦しい空気の中、聖女ステュクが不安げに俺を見上げてくる。
「アシュラ様……こんな事になって申し訳ございません」
声が震えていた。
「気にするな。トラブルには慣れている」
ナビビが翻訳した。
「どうかお気をつけて。……それと、お祖父様を殺めないで貰えませんか……?」
「安心しろ。元からそのつもりだ」
ステュクは少しだけ安堵した様子で離れていった。
一方、俺の横でアガペーがじりじりと足踏みしていた。
「王子様! 私も一緒に戦うわ!」
当然そうなるよな。だが俺は手を伸ばして制した。
「ダメだ、アガペー。お前が出れば余計に拗れる」
「でもっ!」
彼女の瞳は今にも飛び出しそうに燃えていた。だが、ここで一緒に戦って余計な一撃でも入れられたら、ただの模擬戦が宣戦布告に変わる。
「頼む。今回は観客でいてくれ」
アガペーはぐっと唇を噛み、腕を組んでそっぽを向いた。
「……分かったわ。でも王子様が傷ついたら、私、絶対許さないんだから」
拗ねてはいるが、控えてくれるらしい。結構聞き分けいいんだよな。
アガペーが離れたのを見計らって敵に向き直る。
「噂の禁断の花嫁は使わぬか。紳士なのか、それとも舐めているのか……ふん、どちらでも良いのじゃ」
その発言の直後、エクレシオンが荘厳な意匠の槌を床に突き立てると、光輪のような紋章が床に浮かび上がる。
「この聖槌に打たれてなお立つならば、貴様の存在を悪と断じることはせぬ。だが倒れれば……分かるな?」
うーん。分かりにくいが、こりゃあ、あわよくば殺す気だ。古代生体兵器なんてない方がいいもんな。
それよりもあの聖槌とかいう巨大ハンマーやばそうだ。
ゲーム時代、聖属性の武器は攻略サイトで評価が高いものばかりだった。というのも大体の強敵が聖属性弱点持ちだし、なくても等倍の場合が多く、迷ったら無難に使用されるからだ。
ちなみにアシュラも聖に弱い。まぁ属性関係なく、どんな武器でもすぐ死ぬけどな。HAHAHA!
閑話休題。俺は六本の腕を広げ、玉座の間の壁を震わせるように声を響かせる。
「それじゃあ始めようぜ!」
その瞬間、敵が空を切るようにハンマーを振る。すると、槌の先から光弾が出現し、こちらへ飛んできた。
「うわ!」
速い。しかも直線だけじゃなく、空中で角度を変えて追尾してくる。
俺は定番防御スキル《魔力干渉障壁》を展開。光弾を弾いた——かと思いきや光弾が貫通してきた。
うげ、聖属性だからか? 俺のこのスキル意外とポンコツだよな。
「ふむ……上手く受け流したか。やるのう」
なんか勘違いしている。こりゃ、あんまり戦い慣れしてないかもな。
エクレシオンは、さらに槌を振るう。信徒たちが詠唱を始めると、槌から放たれる光が数倍に増幅された。一対一かと思いきや、みんなで来るのね。
「やっぱ殺す気みたいだな」
容赦はなかった。敵の武器から放たれた数十本の光の杭が雨のように降り注ぐ。
俺は召喚した剣を持った状態で《連環・多重撃》を使う。六本の腕が乱舞し、杭を迎撃。玉座の間に雷鳴じみた轟音が響いた。
観光気分で見に来ていたナビビやプスプスは、慌てて出口へ退避していく。怪盗ハデスはちゃっかり隅でワイン片手に見物してやがるし、邪姫アガペーは『王子様かっこいい』と拍手を送っている。お前ら緊張感ゼロか。
「ほう……なかなかやるではないか!」
エクレシオンが高らかに笑い、今度は槌を地面に叩きつけた。大地が波打つように揺れ、衝撃波が一直線に俺へ迫ってくる。
俺は慌てて《修羅車》を展開。手足を折りたたんでその場で回転し、衝撃を受け流す。黒板を引っ掻いたような嫌な高音が響き、床に亀裂が走った。
「ぬぅ……意外と動けるのう!」
「若いからな。あんたと違って」
互いに一歩も引かず、魔力の奔流が玉座の間を満たしていく。
決め手がないまま、数分が経った。
このままじゃ埒が明かない。下手すれば模擬戦が本気の潰し合いになる。俺は心の中で舌打ちし、次の手を考えた。
勝ちすぎず、負けすぎず……要は引き分けに持ち込むしかない。
槌を振り上げる老人と、六本の腕を広げる俺。次の一撃が、この茶番の趨勢を決める。
さて、どうさばくか。
エクレシオンの槌が眩い光を帯び、俺の六本の腕も魔力を込めて膨張する。
空気が重くなる。野次馬だった連中も、息を呑んで見守っていた。
「参るぞアシュラ!」
「来いよジジイ!」
同時に動いた。
エクレシオンは老躯とは思えない素早い動きで俺に向かってくる。聖槌からはオーロラのような光の波動。
俺からは《連環・多重撃》を使った渾身の連撃。
二つの奔流がぶつかり、玉座の間が白光に包まれる。
耳を裂く衝撃音。床石がわずかに砕け、天井の装飾が剥がれ落ちる。
俺は六本の腕で聖槌を受け止める。だが押し込まれぎみだ。
鍔迫り合い。
「ぬぅぅぅぅ……!」
「ぐっ……!」
互いの魔力が押し合い、爆ぜ合い、やがて均衡する。
そして。衝撃波が炸裂し、双方が同時に吹き飛ばされた。
今だ!
俺は大げさに後ろへゴロゴロ転がっていく。それはもう荒野を転がる回転草のようにゴロゴロと。
もちろんワザとだ。引き分けに持ち込むにも、いい勝負を演じるのが大事だからな。
俺は玉座の階段に背中を打ち付け、エクレシオンは槌を支えにしながら片膝をつく。
沈黙。
やがて、ステュクが小さく息を呑んで駆け寄ってきた。
「アシュラ様! お祖父様!」
俺は三つの顔を同時にしかめながら、のそりと立ち上がる。
「聖女サマ、オサガリクダサイ。ウィーンガシャーン」
どうせ言葉がわからないので俺はロボットっぽい適当なセリフを言った。
エクレシオンの方も槌を杖代わりにしながら立ち上がる。
「ふむ……まだ、やれるのう」
二人の姿を見比べた信徒たちが、ざわめきを漏らす。どちらも倒れていない。勝敗は決していない。
しかし、急にエクレシオンが豪快に笑う。
「はははっ! 悪魔にしては根性があるのじゃ!」
「誰が悪魔だよ。これ以上、属性を増やすな」
エクレシオンは土汚れを払い、茶色のヒゲをさする。
「さてさて、どうするかのう」
互いに、同じくらいボロボロ。まぁ俺の方は《修羅車》を使ってワザと汚れるように仕向けたんだけどな。
その時、ステュクが祈るように胸の前で手を組み、震える声を上げた。
「……引き分け、ということにしませんか?」
お、いいぞ。その提案たすかる。
俺はまるで操られているように聖女の前で跪く。
しばし沈黙。
やがてエクレシオンは槌を肩に担ぎ直し、渋々といった顔でうなずいた。
「よかろう。どうやら聖女に従順なのは間違いないようじゃしの。暫し様子を見ることにするのじゃ」
俺も肩を竦めて応じた。
「助かる。こっちは争いごとを望んじゃいねぇ」
場の空気が一気に緩む。隅で隠れていたプスプスたちが顔を出し、ナビビたちも胸を撫で下ろした。
アガペーは『王子様……勝っても負けても引き分けでも絵になるわ』と拍手し、ハデスは酒のグラスを掲げて訳知り顔を浮かべていた。
お前ら、本当に緊張感ねぇな。
こうして、俺とエクレシオンの模擬戦は引き分けで幕を閉じた。
だが俺は、槌を納めたジジイが含み笑いを浮かべたのを見逃さなかった。
こいつ……ただの難癖爺さんじゃねぇな。まだ、裏がありそうだ。
一抹の不安を覚えながら、俺は深くため息をついた。




