第33話 カフェ&バー
聖女ステュクが俺のダンジョンに住み始めて数日後。
「ここは罪深き者や討伐者ばかりが来る場所……けれど、彼らだって羽を休める場所が必要です」
ステュクは玉座の間でそう口にした。彼女は胸の前で指を組み、まっすぐこちらを見つめる。
「祈りだけで心は救えません。安らぎを与える空間があれば争う心も和らぐはずです」
なんか要領を得ないな。
「うんうん、で、なにが言いたいんだ?」
俺の言葉をいつものようにガイアが翻訳する。すると、ステュクはお伺いを立てるような上目遣いで口を開く。
「カフェを開きたいんですぅ! あとバーも一緒にですぅ!」
「はぁ……?」
「お店屋さんをするのが小さい頃からの夢だったんです! 今ならそれが叶うと思って! ワガママだとは分かっています! けど、どうかお願いしますぅ!」
俺は話半分で聞いていたが、ステュクの瞳の奥は本気だった。
……ぐうたら過ごされるよりいいか。評判が良ければ客が来てDP稼げるし、聖王国の印象もよく出来そうだしな。
「いいよ。プスプスと協力して開業してみな」
「やったぁ! アシュラ様ありがとうございますぅ!」
それから数日後。
ダンジョンの一角、以前は埃をかぶった倉庫に過ぎなかった石部屋が、まるで別物のように生まれ変わっていた。
磨き上げられた長机と椅子が並び、壁際の棚には本がぎっしりと詰められている。窓代わりの魔導灯からは柔らかな光が降り注ぎ、癒しの空間ができあがっていた。
「昼はお茶を、夜はお酒を。人が心を解くひとときを与えましょう。ここなら罪深き者たちも一息つけるはずです」
ステュクは胸を張り、そのカフェ&バーを“祝福の間”と呼んだ。
俺は玉座の間から出られないので、魔導スクリーンを通して眺めていた。スクリーンの中で彼女は白いエプロンを身にまとい、ティーポットを傾けている。
プスプス族やナビビ族にお茶が注がれた。その湯気を見ていると、ほんのりとした甘い香りが画面越しにさえ伝わってきそうだ。
「この茶葉は聖王国の特産。心のざわめきを静める力があると伝えられています」
「うまいプス! 苦くないのに落ち着くプス!」
楽しげな声を聞くと、俺の顔も少し緩んだ。
……行きたい。正直、行きたい。だが俺の巨体では、どうしようもない。ぐすん。
——昼下がり。
ステュクは金のポニーテールを揺らしながらテーブルのティーカップを片付けていた。そこへ、翡翠色の髪を揺らすガイアが入ってくる。いつの間に移動してたんだよ。
勤務時間中だが休憩時間なので許そう。……いや、五分くらい早めに休憩に入っている気がするが……まぁいい、俺は懐が深いからな!
「こんにちは」
「ガイア様! ようこそおいでくださいました。お好きな席へどうぞ」
「ありがとうございます」
ガイアが近くの席に座る。
「特製ハーブティーがオススメですけど、いかがですか?」
「では、それで」
すぐに湯気の立つカップを差し出される。ガイアは上品な笑顔を浮かべると、唇を寄せて、一口。
「とても美味ですね。香草の香りが安らぎを与えてくれます」
「わたくしが淹れたんですよ! えっへん!」
ステュクの言葉にガイアは微笑んだ後、目を伏せた。
「おやや? お疲れのご様子ですね」
「ええ、雇用主のパワハラセクハラが酷くて」
おい、ふざけんなよ。ウチはそういうのがないホワイト企業だぞ。
「そ、それはなんとも言えないですぅ」
ステュクが口元をお盆で隠して眉を下げている。まぁ居候の身だし、下手なことは言えないわな。
「今もイヤらしい目をして私を監視していることでしょうね」
生ゴミを見るような嫌悪に満ちた目で見ているぞ。
「あはは……」
ステュクは苦笑いするしかないようだ。
「それは置いておいて、このお店素敵ですね。ファンになりそうです」
「本当ですか!? 嬉しいです! いつでも来てくださいね!」
「こういうサボりに最適な場があるのは助かります」
当たり前のようにサボろうとすんな!
「ふふ、ガイア様って意外とお茶目なんですね」
「そうですね。実は一発ギャグが特技です」
ホントかよ。今度、忘年会でも開いて披露させるぞ。
俺がナチュラルパワハラを考えているとも知らずに、ステュクとガイアは笑い合っていた。
二人の笑い声が重なるように柔らかく響き、空間全体が静かに落ち着いていく。
それからも二人はたわいのない話を続けた。
うんうん、楽しそうだねぇ。……でも、もう一時間以上経ってるけど、いつまで休憩しているんだい?
俺のプレッシャーは魔導スクリーンの電源を切っていたので彼女に届くことはなかった。ふざけんなよ!
——そして夜。
俺はアガペーの手料理の超巨大シチューを食べながら、祝福の間を眺めていた。
そこは夜になると、棚の下段に赤い瓶が並ぶ。ランプの灯りに赤い瓶が輝き、大人なだけに許された空間を演出する。
グラスに注がれる葡萄酒を前に、プスプスはすぐ酔い潰れ、ナビビは真剣に本をめくりながら、時折グラスを口に運んでいる。
そこへ、黒いコートを羽織った青年が現れた。自称怪盗のハデスだ。
「へえ、なかなか洒落た店じゃねえか。嬢ちゃん、レーズンバターサンドはあるか?」
「申し訳ありません。まだ取り扱っていなくて」
「ふむ、じゃあ燻製レーズンバターサンドはあるかい?」
あるわけねぇだろ。諦めろよ。
「えっと、すみません。それも無くて。……代わりに燻製肉はどうですか?」
「ふむ、悪くない。嬢ちゃん、案外気が利くじゃねえか」
満足そうに杯を傾けるハデス。気取ってんじゃねぇぞ、まだなにも盗めてない泥棒め。
「確かハデス様、ですよね? 要注意人物リストに載っているの見ました」
「フッ、オレもここではすっかり有名だな」
ただの迷惑客としてブラックリストに載っているだけだぞ。
「それで、今日はここへ盗みに来たのですか?」
「おっと、人聞きの悪いことを。オレはただ、酒と話を嗜みに来ただけさ」
「なら結構です。ただし代金はきちんと払ってくださいね」
「ははっ、まるで神父に説教されてる気分だな。気をつけるよ、聖女様」
軽口を交わす二人に常連きどりのプスプスが小さく拍手を送る。いや、別にそんな小粋な会話じゃないぞ。ただの食い逃げしそうな奴への牽制だぞ。
そこへ。
「あ、いらっしゃいませ」
ステュクの突然の挨拶に視線をたどると、艶やかなドレス姿のアガペーが入店してきていた。
げっ、マジかよ。いつの間に。頼むから問題起こすなよ?
俺が肝を冷やしながら見守っていると、彼女はカウンター席に音もなく腰を下ろした。横にはスーツ姿のナビビが飛んでいる。
あのナビビ見たことないな。なんだろ。
俺の疑問はそのままに、アガペーが喋り始める。
「素敵な空間。王子様のダンジョンにはピッタリね」
その言葉を聞いたスーツナビビが、人語に直してネイティブな発音で聖女ステュクに伝える。
あのナビビ通訳かよ。いつの間に雇ったんだ。
「王子様?」
訳されたアガペーの言葉にステュクが首を傾げる。
あ、まずい。ステュクとアガペーの視線が一瞬だけ絡む。空気が凍りついた気がした。
「……アシュラのことよ」
「あ、そうなんですね! すみません、知りませんでした!」
「彼は呪いを背負いながらも、皆を導く運命にあるの」
呪い設定まだあったのかよ。
「へぇ! 凄いです! 素敵な王子様なんですね!」
互いの瞳が探るように交錯する。
「そうよ。私の大切な婚約者」
「うわぁいいですねぇ! お二人のなれ初め聞かせてください! あ、その前に美味しいお酒お持ちしますね! それと干しこんにゃく、好きですよね! それも持ってきます!」
「まぁそれは知ってくれているのね」
「もちろんです! アガペー様とは、ずっと仲良くなりたいと思っていたんです!」
その言葉にアガペーはご機嫌になっていた。
なんだ意外と上手くやれそうじゃん。
一方、ハデスはちゃっかり二杯目をおかわりしていた。
その後も大人の時間は続き、夜遅くまで賑わっていた。
こんな感じで昼は静かに心を休めるカフェ、夜は賑やかに杯を交わすバーとして、祝福の間は聖女の思惑以上に多様な客を引き寄せていた。
……俺も行ってみたいよおおお!
当然のように俺の魂の叫びは届くことはない。はぁ。
気を紛らわせるように店内を観察していると、ナビビが手を滑らせて棚の本を落とした。
あらわになった濃紺の表紙。銀色で刻まれた奇妙なマーク。
え……これは!
心臓が早鐘を打つ。転生前、毎日のように目にしていたマークに酷似していた。MMORPGのタイトルロゴだ。
「なぁガイア、って、勤務時間外だっ——」
刹那、俺の言葉を切るように祝福の間全体が小さく震え、扉が押し開かれる。
「浄光の槌を掲げよ。我ら邪を滅する者なり!」
鎧に身を固めた一団がなだれ込むように入ってきた。中心には巨大な槌を片腕で支える老人の姿。
ステュクの顔が蒼白になる。
「お祖父様……!」
彼女の声はかすれ、持っていたトレイが床に落ちた。
「どうしてここに……」
祝福の間に満ちていた穏やかな空気が、一瞬で張り詰めたものに変わった。




