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【完結】最弱レイドボス『アシュラ』に転生した俺、討伐対象になったけど人類を滅ぼす気はないんだが?  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第4部 古代生体兵器編

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第33話 カフェ&バー

 聖女ステュクが俺のダンジョンに住み始めて数日後。


「ここは罪深き者や討伐者ばかりが来る場所……けれど、彼らだって羽を休める場所が必要です」


 ステュクは玉座の間でそう口にした。彼女は胸の前で指を組み、まっすぐこちらを見つめる。


「祈りだけで心は救えません。安らぎを与える空間があれば(あらそ)う心も(やわ)らぐはずです」


 なんか要領を得ないな。


「うんうん、で、なにが言いたいんだ?」


 俺の言葉をいつものようにガイアが翻訳(ほんやく)する。すると、ステュクはお(うかが)いを立てるような上目遣(うわめづか)いで口を開く。


「カフェを開きたいんですぅ! あとバーも一緒にですぅ!」


「はぁ……?」


「お店屋さんをするのが小さい頃からの夢だったんです! 今ならそれが叶うと思って! ワガママだとは分かっています! けど、どうかお願いしますぅ!」


 俺は話半分で聞いていたが、ステュクの瞳の奥は本気だった。


 ……ぐうたら過ごされるよりいいか。評判が良ければ客が来てDP稼げるし、聖王国の印象もよく出来そうだしな。


「いいよ。プスプスと協力して開業してみな」


「やったぁ! アシュラ様ありがとうございますぅ!」


 それから数日後。


 ダンジョンの一角、以前は(ほこり)をかぶった倉庫に過ぎなかった石部屋が、まるで別物のように生まれ変わっていた。


 (みが)き上げられた長机と椅子が並び、壁際の棚には本がぎっしりと詰められている。窓代わりの魔導灯からは柔らかな光が降り注ぎ、癒しの空間ができあがっていた。


「昼はお茶を、夜はお酒を。人が心を(ほど)くひとときを与えましょう。ここなら罪深き者たちも一息つけるはずです」


 ステュクは胸を張り、そのカフェ&バーを“祝福の間”と呼んだ。


 俺は玉座の間から出られないので、魔導スクリーンを通して眺めていた。スクリーンの中で彼女は白いエプロンを身にまとい、ティーポットを(かたむ)けている。


 プスプス族やナビビ族にお茶が(そそ)がれた。その湯気を見ていると、ほんのりとした甘い香りが画面越しにさえ伝わってきそうだ。


「この茶葉は聖王国の特産。心のざわめきを静める力があると伝えられています」


「うまいプス! 苦くないのに落ち着くプス!」


 楽しげな声を聞くと、俺の顔も少し緩んだ。


 ……行きたい。正直、行きたい。だが俺の巨体では、どうしようもない。ぐすん。


 ——昼下がり。


 ステュクは金のポニーテールを揺らしながらテーブルのティーカップを片付けていた。そこへ、翡翠(ひすい)色の髪を揺らすガイアが入ってくる。いつの間に移動してたんだよ。


 勤務時間中だが休憩時間なので許そう。……いや、五分くらい早めに休憩に入っている気がするが……まぁいい、俺は(ふところ)が深いからな!


「こんにちは」


「ガイア様! ようこそおいでくださいました。お好きな席へどうぞ」


「ありがとうございます」


 ガイアが近くの席に座る。


「特製ハーブティーがオススメですけど、いかがですか?」


「では、それで」


 すぐに湯気の立つカップを差し出される。ガイアは上品な笑顔を浮かべると、唇を寄せて、一口。


「とても美味(びみ)ですね。香草の香りが安らぎを与えてくれます」


「わたくしが()れたんですよ! えっへん!」


 ステュクの言葉にガイアは微笑んだ後、目を()せた。


「おやや? お疲れのご様子ですね」


「ええ、雇用主のパワハラセクハラが酷くて」


 おい、ふざけんなよ。ウチはそういうのがないホワイト企業だぞ。


「そ、それはなんとも言えないですぅ」


 ステュクが口元をお盆で隠して(まゆ)を下げている。まぁ居候(いそうろう)の身だし、下手なことは言えないわな。


「今もイヤらしい目をして私を監視していることでしょうね」


 生ゴミを見るような嫌悪(けんお)に満ちた目で見ているぞ。


「あはは……」


 ステュクは苦笑いするしかないようだ。


「それは置いておいて、このお店素敵ですね。ファンになりそうです」


「本当ですか!? 嬉しいです! いつでも来てくださいね!」


「こういうサボりに最適な場があるのは助かります」


 当たり前のようにサボろうとすんな!


「ふふ、ガイア様って意外とお茶目なんですね」


「そうですね。実は一発ギャグが特技です」


 ホントかよ。今度、忘年会でも開いて披露させるぞ。


 俺がナチュラルパワハラを考えているとも知らずに、ステュクとガイアは笑い合っていた。


 二人の笑い声が重なるように柔らかく響き、空間全体が静かに落ち着いていく。


 それからも二人はたわいのない話を続けた。


 うんうん、楽しそうだねぇ。……でも、もう一時間以上経ってるけど、いつまで休憩しているんだい?


 俺のプレッシャーは魔導スクリーンの電源を切っていたので彼女に届くことはなかった。ふざけんなよ!


 ——そして夜。


 俺はアガペーの手料理の超巨大シチューを食べながら、祝福の間を眺めていた。


 そこは夜になると、棚の下段に赤い(びん)が並ぶ。ランプの灯りに赤い瓶が輝き、大人なだけに許された空間を演出する。


 グラスに注がれる葡萄(ぶどう)酒を前に、プスプスはすぐ酔い潰れ、ナビビは真剣に本をめくりながら、時折(ときおり)グラスを口に運んでいる。


 そこへ、黒いコートを羽織った青年が現れた。自称怪盗のハデスだ。


「へえ、なかなか洒落(しゃれ)た店じゃねえか。嬢ちゃん、レーズンバターサンドはあるか?」


「申し訳ありません。まだ取り扱っていなくて」


「ふむ、じゃあ燻製(くんせい)レーズンバターサンドはあるかい?」


 あるわけねぇだろ。諦めろよ。


「えっと、すみません。それも無くて。……代わりに燻製肉はどうですか?」


「ふむ、悪くない。嬢ちゃん、案外気が利くじゃねえか」


 満足そうに杯を傾けるハデス。気取ってんじゃねぇぞ、まだなにも盗めてない泥棒め。


「確かハデス様、ですよね? 要注意人物リストに載っているの見ました」


「フッ、オレもここではすっかり有名だな」


 ただの迷惑客としてブラックリストに載っているだけだぞ。


「それで、今日はここへ盗みに来たのですか?」


「おっと、人聞きの悪いことを。オレはただ、酒と話を(たしな)みに来ただけさ」


「なら結構です。ただし代金はきちんと払ってくださいね」


「ははっ、まるで神父に説教されてる気分だな。気をつけるよ、聖女様」


 軽口を交わす二人に常連きどりのプスプスが小さく拍手を送る。いや、別にそんな小粋(こいき)な会話じゃないぞ。ただの食い逃げしそうな奴への牽制(けんせい)だぞ。


 そこへ。


「あ、いらっしゃいませ」


 ステュクの突然の挨拶に視線をたどると、(あで)やかなドレス姿のアガペーが入店してきていた。


 げっ、マジかよ。いつの間に。頼むから問題起こすなよ?


 俺が(きも)を冷やしながら見守っていると、彼女はカウンター席に音もなく腰を下ろした。横にはスーツ姿のナビビが飛んでいる。


 あのナビビ見たことないな。なんだろ。


 俺の疑問はそのままに、アガペーが(しゃべ)り始める。


「素敵な空間。王子様のダンジョンにはピッタリね」


 その言葉を聞いたスーツナビビが、人語に直してネイティブな発音で聖女ステュクに伝える。


 あのナビビ通訳かよ。いつの間に雇ったんだ。


「王子様?」


 訳されたアガペーの言葉にステュクが首を傾げる。


 あ、まずい。ステュクとアガペーの視線が一瞬だけ(から)む。空気が凍りついた気がした。


「……アシュラのことよ」


「あ、そうなんですね! すみません、知りませんでした!」


「彼は呪いを背負いながらも、皆を導く運命にあるの」


 呪い設定まだあったのかよ。


「へぇ! 凄いです! 素敵な王子様なんですね!」


 互いの瞳が探るように交錯(こうさく)する。


「そうよ。私の大切な婚約者」


「うわぁいいですねぇ! お二人のなれ()め聞かせてください! あ、その前に美味しいお酒お持ちしますね! それと干しこんにゃく、好きですよね! それも持ってきます!」


「まぁそれは知ってくれているのね」


「もちろんです! アガペー様とは、ずっと仲良くなりたいと思っていたんです!」


 その言葉にアガペーはご機嫌になっていた。


 なんだ意外と上手くやれそうじゃん。


 一方、ハデスはちゃっかり二杯目をおかわりしていた。


 その後も大人の時間は続き、夜遅くまで(にぎ)わっていた。


 こんな感じで昼は静かに心を休めるカフェ、夜は賑やかに杯を交わすバーとして、祝福の間は聖女の思惑以上に多様な客を引き寄せていた。


 ……俺も行ってみたいよおおお!


 当然のように俺の魂の叫びは届くことはない。はぁ。


 気を(まぎ)らわせるように店内を観察していると、ナビビが手を滑らせて棚の本を落とした。


 あらわになった濃紺(のうこん)の表紙。銀色で刻まれた奇妙なマーク。


 え……これは!


 心臓が早鐘(はやがね)を打つ。転生前、毎日のように目にしていたマークに酷似(こくじ)していた。MMORPGティタノマキアのタイトルロゴだ。


「なぁガイア、って、勤務時間外だっ——」


 刹那(せつな)、俺の言葉を切るように祝福の間全体が小さく震え、扉が押し開かれる。


浄光(じょうこう)(つち)(かか)げよ。我ら(じゃ)(めっ)する者なり!」


 鎧に身を固めた一団がなだれ込むように入ってきた。中心には巨大な(つち)を片腕で支える老人の姿。


 ステュクの顔が蒼白(そうはく)になる。


「お祖父(じい)様……!」


 彼女の声はかすれ、持っていたトレイが床に落ちた。


「どうしてここに……」


 祝福の間に満ちていた穏やかな空気が、一瞬で張り詰めたものに変わった。

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