第32話 草・酒・遊戯
聖女ステュクが来た次の日。
彼女は玉座の前で白い両手を固く絡ませて立っていた。
「罪深き存在にも花は捧げられるべきだと古の聖典にあります」
「誰が罪深き存在だよ」
ステュクは俺のツッコミに眉ひとつ動かさず、小綺麗な杖を取り出した。直後、杖の先からパッと花が飛び出す。
すると、背後に控える信者が驚き、目を剥いていた。
「おお! さすがは聖女様! いとも容易く花を咲かせるとは!」
いや、ただのマジックステッキだろ。ゲーム時代に似たような安物アイテム見たことあるぞ。
「これであなたの罪深き心も浄化されたことでしょう。神の使徒として、しっかりと労働するように」
「なに言ってんだよ。中二病すぎてついていけねぇよ」
そんなやり取りのあと、ステュクは突然声を張り上げた。
「さぁ神使アシュラよ。我が願いを叶えたまえ! ——おまわり!」
「わ、わんわん」
と言って、俺はその場でクルクル回ってやった。
すると、またしても信者達が喫驚した。
「おお! この動き、輪廻を表しているのか!」
「人の禍福は繰り返すということだろう!」
「いや、星の回転だ!」
そんな大層な意味はない!
俺が鼻で笑う間もなく、ステュクが大げさに両手を広げた。
「偉大なる象徴よ! 火と氷をもって真理を示したまえ!」
ステュクが畏まって叫んできたので、俺は面倒になりながらも左右の両口から火と氷を同時に吐き出してみた。
轟音とともに赤青の光が交差し、床石を焦がし凍らせる。
「ぬおおおお! 炎と氷の二律背反が同居している!」
「これは神が相反するものを同時に抱え込む姿を表現しているのだ!」
「希望と絶望、いや天国と地獄、か」
信徒が感極まって泣きながら拍手をしている。いや、深い意味なんてなくて、ただの宴会芸みたいなものだぞ。
「皆様、お静かに。これから、わたくしはアシュラと交信しなければなりません。信徒の皆様はご退出をお願いします」
と、ステュクが定型文を唱えると、信者は素直にぞろぞろ退室していった。
その背が見えなくなったのを確認すると、ステュクがすぐに手を揉みながら近寄ってくる。
「いやー、アシュラ様、余興に付き合ってくださってありがとうございますぅ! これで邪神アシュラを従える聖女として、より一層箔がつきました!」
勝手に邪神にすんな。
「毎回は、やらねぇからな」
俺の言葉を翻訳してガイアが伝えるが、ステュクは笑顔のまま手揉みを加速させるだけ。
「ところで、わたくし今日からこのダンジョンに住むことになりましたので改めてよろしくお願いしますね」
昨日話し合って、彼女をヴァルトラント聖王国の大使的な存在としてウチに住まわせる事にしたのである。
「同居人のアガペーには気をつけろよ。人を傷つけないと約束しているが、俺のことになると盲目になって何をするか分からないぞ」
「大丈夫です! 女社会の処世術は愛憎劇の本で学びましたので対処法は万全です!」
うーん、こりゃ不安だな。
翌朝。
俺は魔導スクリーンで別部屋にいるステュクを観察していた。まだ信用したわけではないからな。怪しい行動をしたら即座に追い出すつもりでいる。
映し出された彼女は、金髪ロングをポニーテールにし、法衣の袖を捲っていた。木製の盆にティーカップを並べている。中身はハーブティー。それをプスプスやナビビに振る舞い始めた。
「このハーブティーは、ヴァルトラント聖王国特産の心を静める“祝福の茶葉”から抽出したものです。罪深き者の魂も一時の安寧を得られるとされます」
罪深きって言葉ほんと好きだな。よほど人を罪人にしたいらしい。
それから彼女は、木箱を開けて得意げに宣言する。
「そしてこちらもヴァルトラント名産“星降り葡萄酒”です!」
赤い瓶に金色の封蝋。見た目からして高級品だ。
プスプス族がこっそり匂いを嗅ぎ、顔を真っ赤にして転がった。
「つ、強いプス! 鼻で酔えるプス!」
とか言いつつ酒を呷っている。勤務中に飲むな。
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんプス! でもこんなに貰っていいプスか?」
「ええ、評判がよければ観光客誘致の品として置いてください。交易ができれば聖王国は助かりますし、そちらも観光客が増えればダンジョンポイントが貯まるので悪くないと思います」
なんでDPの仕組み知ってんだよ。まぁ情報漏洩元は精霊どもだろうな。ちくしょう、馬鹿どもめ。
「それと今日は一緒に遊びませんか? 聖王国のオモチャをたくさん持ってきたんです!」
ステュクが取り出したのはすごろく盤。さらに袋から山ほどオモチャを取り出した。
「これは“魔導すごろく”! コマが勝手に動きます! こっちは“元素玉ルーレット”! どの玉が出るか当てるんですよ! 最後は“魔法カード合わせ”! 魔力で同じペアを探すんです!」
「うわー! 楽しそうプス!」
プスプス族とナビビ族が車座になって大はしゃぎ。
すぐにスゴロクが始まり、サイコロを振るたびに歓声が上がる。ステュクはマス目の罠にかかるたびに本気で悔しがっていた。
「わあ! 宝箱発見です! ……え、罠? 戻るんですか!? ひどいっ!」
そんな楽しそうな感じのままスゴロクは終わり、次に始まったのは、元素玉ルーレット。
ステュクがガラス玉を回すと、火・水・雷・風・土が描かれた小玉がころころと出てくる。
「次は火の玉です! ということは、当たった人は熱々ポーションを飲まなければなりません!」
なんだよその理不尽で恐ろしいゲームは。
「ぎゃあああ! 舌が焼けるプス!」
ポーションを飲んだプスプスが転がり、のたうち回る。痛そうだが、実際にダメージはなく、ヤケドもしないらしい。ホントかよ。
別の玉が水なら『溺死するプス!』と叫び、雷なら『髪の毛チリチリプス!』と悲鳴を上げる。このオモチャ販売停止にしろ。
最後のオモチャ、魔法カード合わせも、外すと本当に火や氷が飛び出してきて危なっかしい。
それでもみんな無邪気に遊んでいた。
……はぁー、アホくさ。楽しそうにしやがって。働けよ。
まぁ、本音を言うと……ズルい! 俺も遊びたい!
転生前は友達とMMORPGしたり、麻雀したりして遊んでたなぁ。またみんなでワイワイやりたいなぁ。
「アシュラ様、なんだか一緒に遊びたそうな顔してますね」
ガイアが口元を緩めながら言った。めざといな。
「そそそそんなことねぇし! 俺はいい大人だからな、あんなガキの遊びやりたいとも思わないね!」
「じゃあ代わりに私が遊んできますね」
「いやお前は働けよ」
どさくさに紛れてサボるな。
白けた視線を送っていると、玉座の裏からアガペーがひょっこり顔を出す。
「なら私が代わりに遊んであげる」
「なにするんだ?」
「お姫様ごっこなんてどう?」
「あ、そういうのはいいです……」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で拒否した。
その時。
足元がかすかに震えた。最初は気のせいかと思ったが、二度、三度と連続して揺れが走る。
「……地震か?」
俺の問いにガイアが翡翠の髪を揺らしながら答える。
「最近この地方で繰り返し起きているようですね。……ですが、ただの地震と断ずるには少し妙です」
「妙とは?」
「脈動しています。まるで大地そのものが心臓を持ち、鼓動を刻んでいるかのように」
その言葉に俺はあることに思い至った。
「ダンジョンの芽か?」
転生前にやっていたMMORPGでもダンジョンが自然発生する設定があった。この異世界もそれを踏襲しているなら、いつどこからダンジョンが生えてもおかしくない。
「可能性はありますが、まだ推測の域を出ません。ナビビ達に調査させますか?」
「そうしてくれ」
「了解しました。震源地周辺を中心にナビビを派遣します」
指示が終わり俺は、フゥと息を吐いた。
何も起きなければいいのだが。




