第31話 聖女ステュクのお願い2・御手
玉座の間に宗教団体【浄光の槌】一行が到着した。
代表の聖女ステュクが俺の前で厳かな声を響かせる。
「……ここに、神の理に背く者がいると聞きました。生者を惑わし、死者をあざむく災厄の主。名乗れ、神敵!」
「えー、アシュラです。よろしく……?」
俺は丁寧に言ったつもりだが、言葉のニュアンスすら通じず、向こうはさらに気迫を高めた。
「名乗ったようですね! やはり神敵……!」
いやそれ狡くない? 名乗れと言っておいて名乗ったら敵って……。
俺がため息を吐きかけていると、背後の通路に控える【浄光の槌】の信者達が何やらヒソヒソと話をしているのが聞こえてきた。
「しかし攻撃してきませんな」
「噂によれば強者しか殺さないらしいですぞ」
まだその噂あったのかよ。
「兵器ゆえ、背中のスイッチを三秒間長押しすると稼働するというのも聞いたことありますな」
クソ攻略サイトにありそうなガセネタやめろ。
俺のストレスが溜まっていく中、ステュクが講釈を垂れ始める。
「神託によれば、わたくしの魔法が古代生体兵器、神敵、三つ首魔獣、アシュラに効くはずです」
一個で分かるよ、一個で。
「魔法を受けたアシュラは苦しみつつも、やがて怒りを鎮め、わたくしの意のままに操れるようになるはずです」
よく分からないが、苦しんだフリをしたらいいのか。
「それでは行きますよ!」
ステュクがウインクをめちゃくちゃしてくる。カワイイような、ムカつくような、賛否別れそうな絶妙なウインクだ。
そして彼女が小洒落た杖をコチラに向けて詠唱を開始する。
「聖典第七章第五節! 癒しは裁きに優る! 《浄化の福音》!」
詠唱直後、温泉の蒸気のような柔らかい光が俺を包む。
な、なんだこれは、気持ちいい! ……まぁ回復魔法だし当然か。
痛くはないが、約束通り演技に付き合って苦しんだフリをする。
「う、うぐっ……! ぐわー!」
喉を押さえてその場に膝をつく。
俺の棒演技に信者たちが目を見開いた。
「き、効いている!」
「神の御業……!」
「奇跡だ!」
信者が歓声をあげる中、俺は心の中でため息をついていた。演技の勉強でもしておけばよかったな。
その後も俺は全力で苦しむ演技をした。三つの顔で同時に呻き、六本の腕を暴れさせ、玉座の周囲の石柱をバキバキに砕く。
「聖女様の光が神敵を浄化している……!」
「まさか、本当に従わせられるのか……!」
「効いてる効いてる!」
信者たちは一斉にどよめいた。
ステュクは光を保ちながら俺を見上げ、こっそり口を動かした。
——仕上げに入りますよ。
「おう、来いよ」
俺がゴクリと喉を鳴らした瞬間。
「《浄化の福音》! 《浄化の福音》! 《浄化の福音》!」
おいおい、やり過ぎだろ! せめて違う魔法使えよ!
と心の中でツッコミつつも演技をする。
「ぬああああ……! お、俺は……聖女に……屈したぁぁ……!」
そう言ってステュクの前に膝をつく。
「おお! まさかついに従わせたのか!?」
「その通りです。今その証明を致しましょう」
ステュクはコチラに視線を送ると、右手を差し出してきた。
「お手」
「……え?」
「お手!!」
これはやらなければいけないパターンか?
俺は渋々、指先をステュクの手に触れさせる。
「おお、神の御手じゃあ!」
信者達が涙を流して称賛している。なんだよ神の御手って。せめて御手だろ。どっちにしても意味わかんねぇけど。
「これで古代生体兵器アシュラは“神の使徒”となり、わたくしの意のままです。クロノス王国と戦争することもないでしょう」
「うおおおお!」
めでたしめでたし、なのか?
「静粛に静粛に。わたくしは今からアシュラと交信しなければなりません。なので皆様は暫し退出をお願いします」
出ていく人々。人間が全員いなくなったのを見計らってステュクが口を開く。
「……えっと会話ってできますか?」
隠れていたガイアが空中に現れる。
「ええ、可能ですよ。私がアシュラ様の言葉を伝えます」
「あ、その声さっきの……ガイア様ですね! よろしくお願いします! それでえっと、アシュラ様! さっきは芝居に乗っていただきありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げる。そして恐る恐る頭を上げて上目遣いをした。
「その、差し出がましいお願いだとは思うのですが、しばらくここに住まわせてもらえませんか?」
……は?
「いや、問題は解決したし、後はヴァルトラント聖王国に帰って王様に危険は去ったとでも報告してくれたら終わると思うんだが」
「あはは、えーその……」
ステュクはバツの悪そうな顔をした。そして次の瞬間。頭を地面に叩きつけるような勢いで、いきなり土下座を始めた。
え、なにやってんの!?
「お願いしますぅ! このまま帰っても他の問題を持ち出して生け贄にされると思うんですぅ! わたくしもっと生きたいんですぅ! 美味しいもの食べたいし、オシャレしたいし、恋もしたいんですぅ! なのに生まれた瞬間、勝手に聖女認定されて生け贄にされるって理不尽だと思いませんか!? 助けると思ってお願いしますぅ! 足でもなんでも舐めますからぁ!」
いや、足なんて舐めようものなら嫉妬に狂ったアガペーに殺されるぞ。幸いアガペーは人語があまり分からないので気づいていない。今は玉座の裏で魔界の恋愛小説を読んでいる。
「うーん、ガイアどう思う?」
「今後ヴァルトラント聖王国と、より良い関係を築いていきたいのであれば、人質……というより大使として置いておくのもよろしいのではないでしょうか」
それもそうか。もうクロノス王国の時みたいに戦いになりたくないしな。
「ふむ、じゃあステュクに許可してくれ」
ガイアは、こくりと頷いて聖女へ視線を向けた。
「ステュク様。アシュラ様の許可がおりました。居住しても構わないそうです」
「本当ですか!? やったー!」
土下座状態を解除して、ピョンピョン飛び跳ねている。忙しないヤツだ。
やれやれ、また変な同居人が増えたなぁ。何も問題ないといいけど。




