第30話 聖女ステュクのお願い1・浄光の槌
クロノス王国と和睦して一ヶ月あまり経った。
俺こと最弱レイドボスのアシュラは、三つの顔すべてに気難しい表情を浮かべて六本の腕を組んでいた。
「今度は古代生体兵器か……」
そう、クロノス王国とのいざこざを解決したのも束の間、今度は北にあるヴァルトラント聖王国から古代生体兵器と認定された。
古代生体兵器アシュラはクロノス王国の所有物とされており、大陸のパワーバランスを著しく崩す存在だそうで、解体もしくは破壊しなければ戦争になるらしい。
簡単にまとめると、俺が戦争のトリガーになるので死んでくださいね、ということだ。ふざけんじゃねぇよ。
「アシュラ様、外から怪しげな宗教団体が接近しています」
木の葉のドレスを着た精霊ガイアが緑色のマニキュアを塗りながら言った。コイツ、相変わらず勤務態度バツだな。MP減給すっぞ。
俺が白けた目をしながら魔導スクリーンを見ると、数十人の白銀の法衣をまとった集団が観光ルートを進んできていた。胸には巨大な槌の紋章。
「データによると、あれは宗教組織【浄光の槌】ですね。ヴァルトラント聖王国を中心に北方で勢力を広げている教団です」
ガイアの説明に合わせるように、彼らは迷宮の観光ルートを進み、やがて温泉の前で足を止めた。そして、ざわめきが起きる。
「見よ……これが人を堕落させる悪魔の水か」
「湯気からしてもう淫靡だ……!」
「恐ろしい……だが少し入りたい……いや、駄目だ!」
最後のやつ、正直すぎる。ていうか俺の温泉を侮辱すんな。
ふと、集団の中央に立つ、十代半ばくらいの少女が気になった。白銀の法衣に、腰まで伸びた金糸のような長髪、琥珀色の瞳。信仰心をそのまま形にしたような存在だ。
「あの少女は?」
「聖女ステュク様です。【浄光の槌】の筆頭宣教師で、大陸各地の村落を巡って布教しています。噛み砕いていうならば看板娘ですね」
「ふぅん。それでアイツら何しに来たんだ? うちにも布教しに来たのか?」
「いえ、このタイミング、おそらく古代生体兵器アシュラの調査でしょうね。浄光の槌は、ヴァルトラント聖王国と蜜月関係にあり、事あるごとに介入してきます」
なんか面倒そうだな。
「これより神敵の元に向かいます。ですが、その前に少しお清めに行ってまいります」
聖女ステュクは、そう言って信者たちから離れ、迷宮のトイレに向かう。
そこで彼女は、すぐさま飛んでいたナビビ族を呼びつけた。
「もし。あなた、この迷宮の主と話せるのでしょう? 至急、繋いでください」
「え、ええ……まあ、可能ですけどッ」
ナビビが慌てて通信チケットを取り出し、俺のもとに声が届く。
「……はい」
ガイアが応答した。
「アシュラ様ですか? わたくしは浄光の槌の聖女、ステュクと申します。あなたに折り入ってお願いがございます!」
唐突だな。
「いえ、アシュラ様は喋れないので、私、精霊ガイアが代理で通訳します」
「そ、そうでしたか。でしたらガイア様。アシュラ様にお伝えください。……わたくしは、古代生体兵器、またの名を神敵に生け贄として捧げられる運命なのです。聖典には“聖女は恒久の平和のため、三つ首魔獣の怒りを鎮める供物とならねばならぬ”と記されております」
なんだよ、そのピンポイントな一文は。うさんくせぇな。
「ですが唯一の回避方法があります。それは……神敵を従えること!」
「……つまり、アシュラ様を手懐けたいと?」
「はい! どうかお願いします!」
真剣な声色。ジョークではなさそうだが……。
「……ガイア、これ断っていい?」
隣でふわふわ浮いている精霊ガイアが淡々と答える。
「いえ、アシュラ様。これは聖女様に、ひいては浄光の槌へ恩を売る絶好の機会です。うまくすれば戦争回避の糸口になるかもしれません」
「まぁそうか……」
縁を繋いでおくに越したことはないか。
「加えて、聖女様の背後には“聖騎士団”が控えています。彼らは聖属性を主軸とした戦力。もし敵に回せば、アシュラ様もアガペー様も分が悪いでしょう」
つまり、断って戦いにでもなれば詰む可能性が高まると。
なんで俺の転生人生ってこんな綱渡りなの……。
「はぁ……ガイア、ステュクの提案を了承してくれ」
「かしこまりました。……ステュク様。アシュラ様の許可を得ました」
「本当ですか!? じゃあ今から謁見に向かうので、わたくしの演技に合わせてください!」
そう言って、ステュクは再び一団に戻ると、腰に手を当てて胸を張った。
「オホン、皆様、わたくし先ほど神託を受けました」
「おお!」
「それによると、わたくしの魔法を使えば古代生体兵器アシュラの怒りを鎮め、従わせることができるのです」
「なんと! 真でございますか!」
「そうです! えっへん!」
鼻を鳴らすステュク。なにが『えっへん』だよ。もっと荘厳な雰囲気だしとけよ。
とにかく、ステュク達は玉座の間へと進み始めた。




