第29話 結末
俺は今、玉座の間でクロノス王国第一王子セイドと向かい合っている。他の精鋭はみな撤退した。
セイドは剣を脇に置き、膝をついていた。彼の顔には怒りも傲慢もなく、ただ静かな決意と、冷静な判断の色だけが浮かんでいる。
セイドの正体はポンであった。俺がそれに気づいたのは、初めはポンという少年に一切の過去がなかったことと、クロノスの血を引く者は時間に関するスキルを発現するということの二つが細い糸で結びついたからだ。
そして決定的だったのは最後の戦いの中で、動きの癖が訓練した時と似ていたから。防御の姿勢、攻めの間合いなど、そのすべてが重なっていた。
「ガイア、セイドに話を聞いてくれ」
俺の合図に精霊ガイアがうなずく。
「セイド様、あなたがポン様であったことは分かりました。ですが、なぜそんな偽装を?」
「単純な話だ。君たちの実態を確かめるためだ」
セイドは息を吐き、淡々と語り始めた。
「順を追って話そう。まず、アシュラが繁殖しているという噂を聞いた時、半信半疑だった私は独自に調査を始めたのだ。その中でおかしな点をいくつも見つけた。ダンジョンの周辺の村落に被害が出ていないことや、温泉を開いて観光客を誘致していることなどだ。モンスターが行うには不自然すぎる行動だと思った」
この世界、まともに俺の行動を見てくれているヤツいたんだ。
「そんな折、未来を見た。私はクロノスの血の影響か、稀に未来の断片を見る。完全ではない。途切れ途切れの夢のようなものだ。だがそこに“アシュラと和解している自分”が映った」
思い返せばアガペーを王城の王の寝室で待ち伏せできたのも彼の未来視スキルの導きだろう。何から何までチートだな。
俺の左の顔が驚き、右の顔が疑い、真ん中の顔は静かに耳を傾ける。
「周囲はアシュラを人類の敵と断じ、早期討伐を叫んでいた。だが私は見えた未来を無視できなかった。だからアシュラの元へ潜入調査を決めた。正体を隠すためスキルで子どもの姿に変身し、いじめられた落ちこぼれの少年ポンという仮面をかぶったのだ」
時間を操作して子供に戻ったってことか。そのスキル寄越せよ。
「じゃあ、いじめられてたってのは……」
俺が呟いたのをガイアが翻訳すると、セイドは苦笑いし、はっきりと首を振った。
「演技だ。でも君たちを騙すため仲間には本気で殴ってもらった。とても痛かったよ。だが所詮は付け焼き刃の策だ、結局、君に勘付かれてしまった」
そう言って薄く笑う。
「俺達、戦う必要あったのか?」
「いくら私が第一王子とはいえ、周囲の強硬派を止める事は難しかったんだよ。それに本当に君たちが殺しをしないのか確かめる必要もあった」
「それにしても、やり過ぎだろ。死ぬとこだったぞ」
三つの顔のうち、右の口が自然と零した。
セイドの攻撃は本気で俺の命を削りにきていた。だが、今にして思えば、同時にそこには線が引かれていた気がする。殺すつもりはなかった、そう悟れる一線が。
「すまない。だが追い詰めないと本性はわからないと思った。まぁ強者と戦いたいという私情があったのも否めないが」
セイドがニヤリと片方の口端を上げた。やれやれ、王子の戯れには困ったもんだ。
「これから我々とクロノス王国の関係はどうなるのでしょう?」
ガイアが訊ねた。
「もちろん討伐は中止とする。対象、アシュラ及びアガペー。分類を討伐対象から要交渉存在に変更だ」
その言葉を聞いて俺は三つの口からホッと息を吐いた。
ガイアに目配せする。その意図を察知してセイドに疑問を呈す。
「それは助かりますが、国王の認可は降りているのでしょうか?」
「大丈夫だ。魔物に関することは全て私に一任されている。他のお歴々も納得するだろう、いや、して見せるさ」
第一王子だし、大丈夫そうかな。
その後、あれやこれやと雑談に花を咲かせた。会話が途切れる時間が気になり出した頃、セイドが締めの言葉を口にする。
「さて、そろそろお暇するよ」
立ち上がり踵を返す。しかし、数歩歩いたところでこちらに顔を向けた。
「あぁそれと、信じられないかも知れないがアシュラと過ごした時間、楽しかったよ。偽りの中で確かに私は童心にかえった。温泉に浸かり、あんたに怒鳴られ、鍛えられ……生きた心地がした。退屈な王族としての時間に彩りが添えられたよ。ありがとう、父さん」
「だから、父さんはやめろっつってんだろ……!」
三つの口が同時に怒鳴る。怒気はない。ただ呆れと、ほんの少しの安堵が胸を満たした。
セイドが去った後、俺はどっかと玉座に腰を下ろす。
「……ほんと、めんどくせぇ。だけど、ちょっとだけ楽しかったな」
そう言って、大きく息を吐き、目をつぶった。
こうして、クロノス王国とのいざこざは幕を下ろした。
——そして一か月後。
すっかり元の生活に戻った俺は小型化スキル発動の方法を模索しながら平和な日常を享受していた。
「アシュラ様」
「うん? なんだよ。今からスローライフ計画の続きを考えたいんだが」
「セイド様がお見えです」
「……なに? 通していいよ」
現れたセイドの顔は、青ざめていた。
「アシュラ。昨日、北にある四大大国のひとつ、ヴァルトラント聖王国から書簡が届いた」
「なんて?」
「“古代生体兵器アシュラ”について、だ」
嫌な予感が背筋を走る。
「へ、へぇ。最近はまた物騒な名前の兵器があるんだなぁ……」
セイドが取り出したのは、厚手の羊皮紙に封蝋が押された書簡であった。彼は重々しく封を解き、淡々とした口調でその文面を読み上げる。
「我らヴァルトラント聖王国評議会は、クロノス王国が秘匿のうちに古代生体兵器アシュラを所持し、継続的に稼働させているとの確報を得た。かかる存在は周辺諸国に対し著しく軍事的均衡を損なうものであり、神聖なる秩序を危殆に陥れるものであると断じざるを得ない」
うんうん。
「ついては、当該兵器を直ちに解体もしくは完全破壊を履行されたい。これを怠る場合、我らはクロノス王国が生体兵器による覇権確立を意図しているものと看做し、これを明白なる侵略行為、ひいては聖王国および盟約諸国への敵対意思表示と認定する」
ほうほう。
「その際、ヴァルトラント聖王国は遺憾ながら武力をもって応じるほかなく、すなわち即時の宣戦布告を以て対応するであろう。本通牒に回答の猶予は認められない。王国の誠意ある対応を速やかに望むものである」
あはは、ちょっとなに言ってるか理解できないなー。あはは。
「が、ガイア。これってつまり、ど、どういうこと……?」
「アシュラ様がクロノス王国の所持する戦争の道具と見做されたということですね。それでアシュラ様が死なない限りは解決しない、と。ここは国境付近なのでヴァルトラント聖王国からしたら脅威であり、このように火急的速やかな対応を取るのも無理からぬことでしょう」
「じ、じゃあ引っ越そう! ダンジョン転送装置とかないの!?」
ガイアは返事もせず鼻で笑った。ててててめぇ! 他人事だと思って!
「……う、ウソだろ? なんでまた問題が舞い込んでくるんだよ……あは、あはは!」
俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「あ、そうだ! セイドなら、どうにかしてくれるよなっ!?」
ガイアが通訳し、それを聞いたセイドの目が泳ぐ。
「……アシュラ。大変言いにくいんだが、もしかしたら見捨てることになるかもしれない。……いいかな?」
「お、おい! ふざけんじゃねぇよ! やだやだやだ、いやだああああああ!!!」
俺の絶叫は迷宮の最深部から響き渡り、ダンジョンを丸ごと震わせた。
こうして俺のスローライフはまたしても遠のくこととなった。
【第3部 クロノス王国編】 —終—




