第28話 死闘
遂にクロノス王国の精鋭達と玉座の間で直接対決することになった。
正直、絶体絶命といっていいだろう。生き残るための細い糸はまだ繋がっているが希望的観測に過ぎない。ベストなのはここで誰も殺さずに勝つことだ。
無謀だろうが準備はしてきた。この玉座の間は俺の本拠地。全てのギミックがここに集約され、俺の息づかいに呼応する。壁のきしみ、床の振動、天井の落石。どこに罠が潜んでいるか、どの壁が動くか、俺の掌の中にある。だから負けない。
「来な。レイドボスをなめんなよ」
三つの顔で同時に笑い、六本の拳を構えた。巨体を浮かすように玉座を蹴って前に躍り出る。
「行くわよ、アシュラ。婚約者同士、阿吽の呼吸ってやつを見せつけましょ?」
アガペーが蛇髪を揺らし、空間に複雑な紋様を描く。彼女の声は張り詰めていたが不思議と艶めいていた。
「ああ。初めての共同作業だな」
彼女の魔力が炸裂する。
「《蛇影の誓約》! 効果範囲拡大。アシュラのHP、筋力、反応速度、全て二倍よ!」
「助かる……!」
全身を駆け巡る膂力の奔流。俺の拳の一つが空間を割る。
敵の第一波が来る。侵入してきた十数名の討伐者たち。
刹那、床がぱっくりと裂け、天井の一部が落下し、歪んだ空間が敵の動きを縛り付けた。玉座の間は大胆な改造はできないが、ほんの少しは融通が効く。これがその成果だ。
「ぐっ……あああっ!」
「なに、この地形……!?」
敵がパニックに陥っている。その隙にアガペーが詠唱。玉座の間に無数の壁が現れ、簡易的な迷路が出来上がる。
「くそ、固まれ!」
「いや、一旦引け!」
連携が乱れている間に俺は《分身体の手》をロケットパンチのように飛ばして敵を削っていく。
アガペーは迷路を作り続ける。位置や幅を自在に変え、俺の攻撃を完璧にアシストしてくれている。さすがは俺の嫁。
「《連環・多重撃》!」
俺の六本の腕が縦横無尽に暴れ、複数の前衛が吹き飛ぶ。金属音と悲鳴が交じり合い、玉座の間にこだまする。
だが。
「《時界断》」
低い呟きと共に背後の空間がひしゃげた。
「……ッ!?」
ひとりの男が敵の最前線へと滑り込む。第一王子セイドだ。彼の剣筋は時間そのものを切り裂くようだった。
「速っ……!?」
俺の拳が触れる寸前、奴は空間を遅らせて自分だけが正しい時間で動いているかのようにすり抜けていく。
「君たちは強い。だが、過信だな」
声が冷たい。研ぎ澄まされた刃のような眼差しが俺を射抜く。
「チッ……!」
俺は迎撃の拳を繰り出すが、アガペーの叫びが割り込む。
「アシュラ! 左後ろッ!」
《蛇眼・空間視》という視界共有スキルで、彼女の視界と重なり、俺には別方向から忍び寄る精鋭組の姿が見えた。セイドは俺を引きつけ、別動隊は側面突破を狙ってきている。
「分断作戦か……!」
「空間を遮断するわ!」
アガペーが迷路を再構築した、と同時、精霊ガイアが魔導スクリーンに現れる。
「報告! 外周にて潜んでいた新手の王国突撃隊、接近中! 五十名!」
クッ、まずいか……。
外からも内からも攻め込まれる。しかもセイドの動きは、時間を操るたびに鋭さを増していく。
三つの顔が同時に焦り、呼吸が乱れる。
アガペーがぽつりと呟いた。
「アシュラ……もう、殺すしかないかもしれないわ」
声が静かすぎて逆に怖かった。
「いや、まだ……!」
だが、迷いが俺の拳を止める。
本気で殺すか? そうまでしなきゃ止まらないのか?
いや、セイドさえどうにかすれば……!
俺の中の何かが、その一線を越えるのを拒んでいた。
その一瞬の躊躇を埋めるように凶刃が迫る。
「どうしたアシュラ。一手の遅れは致命的だぞ」
セイドが詰めてきた。彼の剣が空間を断ち、俺の拳をかすめる。血が散った。
「……ッ」
俺は焦りながらも殴り返す。六本の拳が暴風のように唸り、セイドを圧倒する。
罠が床から突き出し、天井から岩槍が降り注ぐ。アガペーの蛇髪が敵兵を絡め取り、次々と弾き飛ばす。
しかし、セイドは倒せない。
「《時逆歩》」
セイドの剣が閃いた瞬間、俺の三本の腕が同時に敵の一撃を迎撃する。だが、確かに弾き飛ばしたはずの刃が、なぜか俺の胸を貫いていた。
「……っ!?」
痛みが走るより早く、世界が歪む。斬られたはずの剣は元の位置に戻り、セイドの姿も一歩、後方へ巻き戻されている。
なんだよ、このスキル!? 反則だろ!
「《時逆歩》。致命打をなかったことにし、攻撃の軌跡を記憶したまま再挑戦する、時戻しの技だ」
あ、説明ありがとうございます……じゃなかった余裕かましやがって!
「さて、アシュラよ。私の技、いつまで耐えられるかな」
セイドの剣が同じ軌跡をなぞりながら、さらに別の角度から斬撃が重なる。
「《時刃連閃》!」
空気が裂ける。一本の剣筋が、時を細切れにしながら多重に刻まれていく。
残像ではない。実際に数倍の斬撃が畳みかけ、俺の六腕すら追いつかない速度で迫ってきた。受け止めたはずの剣圧が遅れて二度三度と肉を抉り取る。
「クク……さすがに防ぎきれないか」
セイドが不気味な笑いを浮かべる。瞬間、背後からアガペーの声が響いた。
「《蛇縛の楔》!」
俺の巨腕を狙って絡みつく魔法の鎖。敵ではなく、俺にかけられた呪縛。だがそれは、セイドの刃を受ける位置を強制的にずらし、急所を外させる援護だった。
彼女は続けざまに翡翠色の光を放つ。
「《石化の守印》! アシュラを害する斬撃よ、鈍れ!」
空気に刻まれた斬閃の数撃が岩を擦るような重苦しい抵抗を受けて速度をわずかに落とす。
「……フッ、伴侶を守るためか。やるな、禁断の花嫁アガペー」
余裕があるセイド。
だが遅延した刃は、逆に俺の反撃の糸口となった。
「今度はこっちの番だ」
俺は六腕のうち三本で地を叩いて衝撃波を広げる。
《修羅扇》。扇のように広がる気流が、時の断片を散らすかのようにセイドの連撃を押し戻した。
さらに残る三本の腕を重ね合わせ、渦を巻く魔力を集中させる。
「喰らえ、《修羅琴》!」
叩きつけられた衝撃音は大気を共鳴させ、弦を弾くような振動波が空間を震わせる。目に見えぬ斬撃の残滓をかき消し、逆にセイドの聴覚と平衡感覚を狂わせた。
彼の剣筋が一瞬、空を切る。
その隙を俺の拳が確実に捉える。
「《修羅の流転》!」
伸びる六つの拳が同時に振り下ろされ、玉座の間全体が震えた。セイドの時空結界が砕け散り、彼の身体が宙を舞う。
俺の拳は確かにセイドを捉えた——だが、その瞬間、彼の姿が揺らぎと共に消え失せた。
「またかよ……!」
再び巻き戻された時間。致命打を避けるためにセイドは《時逆歩》を繰り返したのだ。
だがその動きはもはや鮮烈ではなかった。彼の呼吸は荒く、瞳の奥には細かい亀裂のような血管が浮かんでいる。時間を操るというのは、それほどに肉体へ負荷を与えるようだ。
それでもセイドは剣を構え、歯を噛みしめて前へ踏み出す。
「まだまだ! ついて来いアシュラァ!」
声を張り上げ、渾身の《時刃連閃》が解き放たれた。
無数の剣閃が空間を細切れに切断し、光の帯となって襲いかかる。
「そう何度も喰らうかよ!」
俺は六腕を交差させ、《修羅車》を展開した。
円環状に回転する全身が、時を刻む斬撃を受け止め、火花のように散らしていく。
「ぐっ……押し返されるだと!?」
セイドの瞳に焦りが宿った。
そこへアガペーの声が重なる。
「アシュラ、今よ! 《蛇髪の護矢》!」
蛇の髪が矢となり、斬撃の軌跡をかすめて乱流を生み出す。その一瞬の隙に俺は大地を踏み鳴らした。
「《修羅窟》!」
床が陥没し、重力を孕んだ渦が発生する。空間そのものが俺の拳に引き寄せられ、セイドの身体を逃げ場なく引きずり込んでいく。
「チィ!」
セイドは抗い、剣を振り抜こうとするが、もう時間を巻き戻す余力は残っていなかった。
俺の拳が振り下ろされる。大気が唸り、衝撃波が玉座の間を震わせた。
セイドの額に汗が流れる。誰もが次の瞬間、彼が粉砕されると思っただろう。
だが、俺の拳は寸前で止まった。
鼻先をかすめるほどの距離で、俺は巨大な拳を止めた。
「……もう終わりにしないか」
三つの顔が同時に笑みを浮かべ、低く囁く。
「第一王子セイド、いや——ポン」
瞬間、ガイアが空中に現れ、今の俺の言葉をセイドへ伝えた。
セイドの目が大きく見開かれる。その瞳に憤怒も敵意もなく、ただ理解が宿る。
そして彼の全身が光り輝き、第一王子セイドの姿から——かつて俺と出会った少年、ポンの面影が露わになった。




