第27話 アガペー対討伐隊
クロノス王国の精鋭五十名が、俺のダンジョンに現れた。
訓練と実戦を重ねた精鋭部隊。その足並みは乱れず、俺を、アシュラを討つために迷宮を突き進む。
「アシュラ様、侵入者の進行速度が速すぎます。第一層の罠群をわずか数分で突破しました」
ガイアの声は冷静だったが、その中に少し焦りが混じっている。
俺は三つの顔で同時に眉をひそめて腕を組んだ。
「さすが王国の精鋭。この程度の罠じゃ大した時間稼ぎにもならないか」
タワーディフェンスゲームはあまり得意でなかったことを思い出した。ダンジョンポイント返せ、くそ。
だが、それはもういい。すでに次の迎撃の駒は放ってある。
第一層、中央回廊。
「ふふ……やっと来たのね。私の愛を妨げる愚か者たちが」
通路を塞ぐようにアガペーが立ちふさがっていた。蛇の髪がぞわりと逆立ち、サソリの尾が鋭く揺れる。
「前方に敵確認。識別名“禁断の花嫁アガペー”。討伐対象の一体です」
隊列の後方、魔導士が淡々と告げる。
「やれるものなら、やってみなさい」
アガペーが手を掲げ、指を鳴らす。瞬間、敵の足元に黒い渦が出現する。そして床が沈み込み、前衛の数人が悲鳴と共に落下した。
「うわあああ!」
「くそ、後退しろ!」
足場を求めて叫ぶ声。しかし落とし穴の底からはサソリの尾のような槍が突き上がる。
「《鉄塊障壁》!」
盾を掲げたタンクが咄嗟に魔法を展開し、数人をかろうじて守り切った。
だが、補助通路に逃げた討伐者たちを迎え撃ったのは幻惑の霧。
「《魅了の蛇髪》!」
アガペーの蛇の瞳が赤く輝いた。視線を交わした兵たちが一瞬で棒立ちになる。
「状態異常確認! 《精神解呪》を——!」
「遅い。《蠍尾》!」
アガペーが宙を舞い、拘束された騎士の首筋に尾が突き刺さる。紫色の毒が走り、男は呻き声を上げて倒れ込んだ。
「安心しなさい、死なない程度の毒よ」
「化け物がっ……!」
仲間を庇おうとした槍兵が飛び込むが、アガペーは蛇髪を鞭のように叩きつけて槍を弾き飛ばす。
討伐者たちは素早く隊形を組み直した。詠唱が重なり、次々と魔法が放たれる。
「《雷槍・連突》!」
「《焔弾雨》!」
「《封魔陣》、展開!」
雷の槍が空を裂き、炎の雨が降り注ぐ。さらに、彼女の足元には封印陣が浮かび上がった。
「ふふ……面白い」
アガペーの尾が地面を叩くと、床石から石蛇が這い出し、炎の雨を受け止める。雷槍を蛇髪で受け流し、幻影を三体生み出して封印陣を踏ませ、強引に破壊した。しかし。
「《断鎖矢》!」
敵集団の後方部から飛んできた銀色の矢がアガペーの幻影を一掃する。
直後、隊列が割れ、一人の男が前へ出てきた。クロノス王国第一王子セイドだ。サラサラの金髪、重厚な鎧、きらびやかな剣と盾。王家の血を引くだけのお飾りの王子では決してなく、他の者とは一線を画す精鋭中の精鋭とわかる。
「その程度の罠や小細工、全て読み切っている」
セイドの冷ややかな声。彼の周囲で空間が歪み、空気が重く沈む。
「《時界圧縮・弐段》」
世界がねじれ、兵たちの動きが一瞬で加速したかのように変化する。逆にアガペーの動きは引き延ばされたように鈍る。
クロノスの血を引く者は“時間”に関するスキルを発現する可能性が高いという。それがこれか。
「なにこれ、ムカつく……!」
アガペーが必死に抗うが上手くいかないようだ。
「《断時穿》」
セイドの剣が音もなく振り下ろされた。風も、光も、時間さえ止まったように。
その刃が地面に触れた瞬間、通路に満ちていた霧が霧散し、罠の魔力線が次々と断ち切られていく。
「なっ……!? 私の罠が、全部……!」
「我々との戦いに狭い通路を選んだのは悪くないが、私のスキルの前では全てが無意味」
セイドが冷酷に告げた。
こいつチート級スキルしかねぇな。お前がレイドボスやっとけよ。
アガペーは唇を噛み、そして小さく息を吐いた。
その瞬間、俺の声が彼女の背に届く。
『アガペー、もういい。玉座まで退け』
「……了解よ、アシュラ。必ずあなたの元へ戻るわ」
彼女はどうにかスキルの拘束を抜けると、艶やかに身を翻し、闇の中へと退いていく。
「追撃を——!」
敵の前衛が駆け出しかけたが、セイドが片手を上げて制した。
「待て。罠が再展開される可能性がある。焦るな」
セイド王子の一声に隊は静止する。
その間にアガペーは黒い霧に溶けるように消えた。
「毒を打たれた者の様子は?」
「傷は浅く、大事ありません」
「……そうか」
セイドは一度だけ長めに目を閉じると、やがて決心したように前を向いた。
「行くぞ。目的地はすぐそこだ」
そして、玉座の間。
「ようこそ、迷宮の最深部へ」
俺は三つの顔を笑わせ、玉座に深々と腰掛けて待ち構えていた。
隣には戻ってきたアガペーが優雅に一礼して立つ。
「私の婚約者を追い詰めるとは命知らずね」
セイドが数歩進み出る。背後の兵たちが武器を構え、空気が張り詰める。
「対象アシュラ確認。これより討伐を開始する」
「王子自ら来てくれるとはな。お前を人質にでも取れれば、奇跡の一つくらい起きるかも」
俺はゆっくりと立ち上がる。六本の拳に魔力を収束させ、空気がひび割れたような音を立てる。
「ここは俺の迷宮だ。そう簡単には踏み荒らさせない」
アガペーの蛇髪がうねり、毒尾が鋭く構えられる。
「この愛の巣を壊すなんて許さない。お前たち全員、痛い目を見せてあげる」
セイドの剣が光を帯びた。
討伐隊の詠唱が重なる。
六本の拳と、サソリの尾が、今にも叩きつけられようとする。
そして、死闘が始まる。




