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【完結】最弱レイドボス『アシュラ』に転生した俺、討伐対象になったけど人類を滅ぼす気はないんだが?  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第3部 クロノス王国編

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第26話 アガペーとポン

 俺は帰還したアガペーの『ごめん、失敗したわ』という言葉を聞いて、無言で眉間(みけん)をつまむように指を当てた。


「……アガペー、まずは無事でよかった。ケガはないか?」


「少しかすり傷はあるけれど問題ないわ」


「なら休んだ後でいいから、何があったか詳しく聞かせて貰えるか?」


「いえ、時間が惜しいからすぐに話すわ」


 続け様に話すアガペー。


「まず、ここを出た後、一日も経たずにクロノス王国に辿(たど)り着けたわ。それで尻尾と蛇髪を隠して王城に向かったのだけれど、門前払いだったわね。仕方ないから夜中にトラップやセンサーをくぐり抜けて王の寝室へ潜入したの」


 アガペーは自前のイスに腰掛けて続ける。


「でもそこに居たのは王ではなく、青い鎧を(まと)った三十代くらいの男だったの。ステータスを分析してみたらクロノス王国の“第一王子”という肩書きと“セイド”という名前だけわかったわ」


 彼女は息継ぎをして話を続ける。


「私は人語が話せないし、ほぼ聞き取れないから恐る恐る書状を渡してみたの。そしたらソイツは書状に目を通した後、私に何か話しかけてきていたけれど、理解する前に魔導警報が鳴って衛兵が駆け込んできたのよ。それで仕方なく逃亡したんだけど、S級っぽい戦士達に追われて()いてたら戻るのに五日もかかったってわけ」


 なるほどな。大体わかった。やはり単独で向かわせたのは無謀(むぼう)だったか。


「聞きたいんだが、王子の顔の特徴わかるか?」


特筆(とくひつ)して特徴はなかったわ。ただ、体は鍛えてそうだったし、私を見ても動揺ひとつ見られなかったから、かなりの強者だと思う」


「なるほど。分かった、ありがとう。今はゆっくり休んでくれ」


 と言って、俺は玉座に深く腰をかけた。これで賭けの一つが失敗した。こうなると、ほぼ詰んでいると言っても過言(かごん)ではない。


 すると、ちょうど良くポンが(あわ)てた様子で入ってきた。


「父さん! 荷物忘れてたので取りに来たッス!!」


 退出しようとしていたアガペーと目が合う。


「……誰、このガキ?」


 ひりつく空気。俺は慌ててフォローに入る。


「あ、ああ。ポン、って言って最近面倒をみてる客人みたいなものだ」


「ふぅん」


 アガペーが、()めつ(すが)めつと観察している。今は任務失敗で機嫌が悪いだろうし、いきなり頭を()ねてしまいそうで怖い。


「初めまして! ポン・アクアシェルっていうッス! あなたが例の禁断の花嫁さんッスか!?」


「…………」


 言葉が分からないのが(さいわ)いしたか、彼女は無視して横を通り過ぎた。


 しかし、俺が緊張を緩和するように息を吐いた瞬間、ポンがぽつりと(つぶや)く。


「母親っぽいッスね」


「……あ?」


 その場の空気が一瞬で変わった。人語があまり分からないアガペーだが、なぜかそれは聞き取れたらしい。


 彼女がゆっくりと振り返る。蛇髪が一斉にポンの方を向き、サソリの尾がピクリと跳ねた。


「今、このガキ、何て言ったのかしら?」


 ポンはビクッとしながらも口を開いた。


「やっぱ、雰囲気っていうか……どこかお母さんっぽいッスね」


「お母さん?」


 アガペーのこめかみに(すじ)が立ち、口元が笑っていない笑みを作る。


 これはまずい。


「このガキ、私に母親とか言っちゃって身の程知らずじゃない?」


 殺意が高まっている。このままだと()りかねない。


 だが次の瞬間、ポンが悪気なく言った。


「でもほんと、お似合いっスね! 父さんと“夫婦”って感じで」


 静寂(せいじゃく)。この空気、俺は何度か経験している。アガペーの妄想スイッチが入った瞬間だ。


「ふ、ふふふふ……い、いま……夫婦って言ったわよね?」


 恋愛小説を読むからか、そういう用語は聞き取れるらしい。


 アガペーが目をキラキラさせてポンの目の前に駆け寄る。怖い怖い怖い。


「ふ、ふ・ふ・ふ・ふ・夫婦。つまり私、王子様の妻ってことで、ってことはつまり、そういう立場ってことは、つまり!!」


 彼女は、ポンを指差して叫んだ。


「あなた、今から私のことお母さんと呼びなさい!!」


「えっ……?」

「えっ……?」


 ポンと俺の声がハモった。言葉が分からないはずのポンも何となく察したらしい。


「だって! 夫婦なら当然でしょ!? 子どもから見たら私はお母さんじゃない!? 違う!?」


「……いや、お前、母親扱いされて怒ってたよな?」


「心変わりしたの! 生物は絶えず変化していくものなのよ!」


「変わるの早すぎだろオイ……」


 (あき)れる俺を尻目に、アガペーの瞳には星が浮かんでいた。


「さ、ポン。呼んで? お母さんって」


 その言葉を律儀(りちぎ)にガイアが翻訳(ほんやく)してポンに伝えた。余計なことすんなよ。


「……お、お母さん?」


 ポンが恐る恐る言った。


「よろしい」


 アガペーの蛇髪がパタパタとはしゃいでいる。


 ポンは困った顔をしながらこっちに振り向いてきた。


「父さん、どうしたらいいんスか……」


「俺に言うな」


「でもまあ、悪くないかもッス」


 そこは否定しとけよ。


 その後、アガペーは「母親として、次から私もポンを鍛えるわ!」と鼻息荒く宣言した。


 また迷宮が変な方向に拡張していく音がした。頼むから普通にスローライフを送らせてくれ。もうそんなこと言ってる場合じゃないけどさ。


 ——それから三日後。


 俺が肩を回していると、ガイアが神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで姿を現した。


「アシュラ様」


 その顔を見て、俺はその時が来たのだと息を()んだ。


「来ます。クロノス王国の精鋭五十名」


 やはりか。


 (なご)やかな雰囲気から一転、緊張した空気が張り詰めた。

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