66.星の光を塗り潰して
ノエルが買ってきた袋の中身は、侍女の服に、眼鏡、化粧道具、そして――。
「ルシアさんのその淡い青銀の髪は、ヴァレットの人間ですと言っているようなものですので……こちらのカツラで隠してはいかがでしょうか?」
ノエルが取り出したのは、地味な栗色のカツラだった。
確かに、これなら私がルシア・ヴァレットだとバレる心配はないだろう。
けれど、私は袋の底に、見慣れない銀細工の小箱があるのを見つけていた。
私はごそごそと手を伸ばし、それを取り出した。
「ノエルさん、これは……?」
「……それは瞬彩の櫛ですわ」
ノエルの表情が、なぜか陰る。
「パーティの途中でドレスに合わせて髪色を変えるための魔道具ですのよ」
箱を開けると、柄の部分が空洞になった銀の櫛と、色とりどりの液体が入った小さなガラス管が並んでいた。
ノエルは遠い目をして、美しい説明口調で語り出した。
「このアンプルを櫛にセットして髪を梳かせば、触媒を含んだ染料が瞬時に髪に定着し、水も乾燥もいらない、貴族令嬢御用達のアイテム――になるはずが……」
ノエルはそこで言葉を切り、乾いた笑いを漏らした。
「一度染めたら髪が伸びるまで絶対に戻らないという致命的な欠陥により、大量の不良在庫になったスコット家の負の遺産ですわッ!! おーっほっほっほ!! 笑ってくださいませ! 器用貧乏のスコット、とッ!!」
……なるほど。手を出していたのは不動産だけではなかったのだ。スコット家が傾いた理由の一端を垣間見た気がした。
壁に寄りかかっていたロボが「けっ」と笑う。
「だから言ったろ。機能性を考えたらルシアは染める方選ぶに違いねェから、そんな便利なもんがあるならそっちにしろっつったんだよ」
「べ、便利……! ロボ、あなたって竜はなかなか見どころがあるじゃない!」
「雑貨屋でホコリ被ってたゴミだけどな」
「……ご、ごみ!? いえ不良在庫ですけれど……ッッ!!!」
ノエルはやけくそのように木箱をバンバンと叩くと、やがて大きく息を吸い込んだ。
「――ルシアさん、それを使えば、あなたの美しい髪は当分の間、戻ってきません。髪は女の命です。そこの粗暴の石にはそれが分からないのです」
「……いいえ、これにしましょう」
「はぁッ!?」
ノエルが素っ頓狂な声を上げた。
「聞いてましたの!? 伸びるまで戻らないんですのよ!? ヴァレットの象徴を、そんな欠陥品で塗りつぶすなんて……!」
「構いません。カツラでは、万が一の時にずれてしまう可能性がありますから」
私は淡々と告げた。
復讐のさなか、髪型の崩れを気にして首を落とされては笑い話にもならない。
それに――もう戻らないというのなら、好都合だ。
私は箱の中にある、地味な焦げ茶色のアンプルに手を伸ばした。
これでいい。ヴァレットの名を捨て、泥にまみれて戦う。そのための色だ。
――しかし。
「あ、待って。ルシア」
私の手から、ひょい、とアンプルが取り上げられた。
横から手を伸ばしたのは、カグツチだった。
彼は焦げ茶色の液体を「んー……」と不満げに見つめると、ふいに目を細めた。
「茶色かぁ。……ゼファレスと同じ色だね。却下」
言いながら、彼は手の中のアンプルを無造作に床へ投げ捨てた。
パリンッ! と硬質な音が響き、ガラス片と茶色い染料が床に飛び散る。
そのあまりの迷いのなさに、私は言葉を失った。
ノエルとロボも、あっけにとられて顔を見合わせている。
カグツチは飛び散った破片には目もくれず、楽しげに箱の中身を漁り始めた。
「あ、これがいいよ」
そう言って彼が取り出したのは――鮮烈な赤色のアンプルだった。
「――赤? 目立ちますわよ。隠密行動には不向きです」
ノエルが呆れ顔で指摘するが、カグツチは「えー」と首を傾げ、頑として譲らなかった。
彼は私の側によると、髪をひと房すくい上げ、自分の胸元へ引き寄せる。
そして、ふわりと微笑んだ。
「いいじゃん、どうせ変えるならさ。……オレの色がいいな」
軽い口調だった。
けれど、その金色の瞳だけが、逃がさないと言いたげに私を映していた。
「この色が落ちるまで、ルシアはずっとオレの色を纏うんだよ? ……ふふ。それって、最高じゃん」
カグツチの言葉に、私は息を呑んだ。
「……おいおい。ルシアが変わっちまうのは耐えられないってピーピー泣いてたガキは、どこ行きやがった」
ロボが呆れたようにボヤくが、カグツチには届いていない。
無邪気な笑顔の裏にある、底なしの独占欲。
それはつまり、復讐が終わった後も髪が伸びるまでは――私がカグツチの色を纏い続けることを意味していた。
「……まぁまぁ。なんて重たい愛なのかしら。でも、ちょうどよろしくてよ」
ノエルはにやりと笑みを浮かべ、優雅に指先を口元に添えた。
「このノエル・センス・スコットの侍女を務めるのですもの。並大抵の影では、私の輝きに負けて――物理的に存在が希釈されて消滅してしまいますわ!」
「いや、しねぇよ。むしろ斜陽だろ、スコットのように」
ロボが即座に突っ込むが、ノエルは聞く耳を持たない。
むしろ派手な侍女上等とばかりに、楽しげに櫛の使い方を説明し始めた。
「ルシアさん、覚悟はよろしくて? ヴァレットの星の光の色を、派手な色に塗りつぶすことになりますけれど」
「えぇ、構いません」
私は置物同然の古いドレッサーの前に座り、目を閉じた。
カチリ、とノエルが櫛にアンプルをセットする音がした。
髪に通された櫛から、冷たい液体が滲み出し、私の髪を濡らしていく。
梳かすそばから風に触れて乾き、色が焼き付いていく不思議な感覚。
アルトが冬の星のようだと愛してくれた淡い青銀の髪が、容赦なく塗り潰されていく。
けれど不思議と不快感はなかった。
――これが、カグツチの色なら。
そう思うだけで、この身を守る鎧を纏ったような安堵があったからだ。




