↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
造花の魔王  作者: 黒しろんぬ
終章 竜継の間 -造花の魔王と業火の火竜-
119/124

エピローグ.魔王と火竜

 かくして、魔王は誕生した。


 戴冠式を目前に王太子ゼファレスが討たれ、突如として現れた魔王という存在により、人による安寧の時代は終わりを迎える。

 魔王がもたらした対話不能の絶対恐怖は、人の心から傲慢さを削ぎ落とした。

 恐怖に駆られた人類は、かつて己の権力の象徴であった竜種を恐れ、次々とその手を放していった。


 生存圏から追放され、居場所を失った竜たちは、魔王の座す最果ての地――黒鉄の城へと集う。

 かつてドラグマキナと呼ばれた竜種は、もう貴族の道具ではない。今や人類が恐れる、明確な上位種へと成り代わったのだ。


 人に従順であった貴族の道具(ドラグマキナ)は、新たな王の傍らに留まることを選んだたった一機を残し、その殆どが魔王の軍門に下った。


 この世界の人類の共通の敵――絶対恐怖という象徴。

 すべての竜種が絶対の忠誠を誓う魔王の名は、ルシファー。


 ◆ ◆ ◆


 ――大衆が震え上がるその黒鉄の城の奥深く。荘厳な雰囲気漂う玉座の間にて。


 玉座――であるはずのその場所には大きなデスクが鎮座している。

 椅子に腰掛け、デスクの上の書類と睨み合っている魔王の隣には、人の姿をとった星をも焼く火竜が、退屈そうに、あろう事か机の端っこに腰を掛けていた。

 火竜は不機嫌を隠そうともせず、長い尻尾で、ぱたぱたと一定のリズムで机の天板を叩いていた。


「……燃やそっか、全部」


「なりません。あなたがいま尻に敷いているそれはアシュレイ王からの重要な国家機密文書です」


 魔王が書類から目を離さずに答えると、火竜は不満げに頬を膨らませた。


「じゃあ、オレが代わりにやるよ。サインでも書いておけばいい?」


「なりません。この間、面倒だからと言って中身も読まずに書類ごと燃やしたのは誰ですか」


「だってどうせ大したこと書いてないし……。じゃあ、言わせてもらうけど。プライベートな時間に仕事すんのやめてくんない? オレ、ルシアと話したいんだけど」


 すり寄ってくる火竜の頭を片手で軽く押し返し、魔王は小さくため息をつく。

 世界の敵としての体裁を保ちつつ、アシュレイ王が治める新たな王都と裏で連携をとるための調整は、魔王にとって想像以上に骨の折れる作業だった。


 その時、重厚な玉座の扉が控えめにノックされ、魔王軍幹部の総司令を任せられた白銀の長髪をたなびかせた竜種――シロクマが姿を現した。


「女王様。報告が二件ございます。まず一件は今朝方、王都の貴族から放逐されたと思しきはぐれ竜種が一匹、この城へ流れ着きました。現在は応接間に待機させておりますが、いかがいたしましょうか? 使い道がなければ、適当に追い払いますが」


「なぜ、追い払うのです……」


「多様性は必要ですが、競合は少ないに限りますので」


 シロクマが恍惚の表情を浮かべて魔王を見た――その瞬間。


 火花が弾ける派手な音と共に、シロクマの纏っていた豪奢な軍服が、瞬時にして灰へと変わった。

 火竜の手から放たれた極小の熱線による、一切の慈悲もない全焼。


「……熱いです。嫉妬の火力が日々上がっているようで何よりです」


 裸体に銀髪をなびかせたまま、シロクマは平然と立ち尽くしている。

 魔王はいつものことだと言わんばかりに、視線すら上げず、動揺一つ見せずに書類へ判を押し続けた。

 もはや城内の竜たちの小競り合いなど、彼女にとっては環境音に等しい。


「……では、応接間へは後で私が直接話を伺いに――」


「なんで会うの!? また増えるの!? そんなの、ほいほい拾わないでよ! 元の場所に返してきて! いらないいらない!!!」


 火竜は机に身を乗り出して必死に抗議する。


「カグツチ……もう竜種と人は明確な敵対関係にあるのですよ。いま彼を元の場所へ返せば、討伐隊に殺されるかもしれません」


「だからって、黒鉄の城(オレたちの家)に置くことないだろ!? どっか適当な山にでも家作って、そっちで暮らしてもらえよ!」


「彼らにそんな自立心があれば、端から人間の道具になど成り下がっていません」


 魔王は火竜の縄張り意識を冷徹な正論でバッサリと切り捨てると、再び羽ペンを走らせる。


「シロクマ。目に毒ですので後ろを向いてください。それで、次の要件は?」


「はい。オルドレアより使者が参りまして、謁見を所望しておりますが……いかがなさいますか、女王様」


「私のことは魔王様と呼ぶように。……人前では気をつけてくださいよ。すぐに通し――」


「適当に理由つけて帰ってもらって!」


 魔王が答えるより早く、火竜が尻尾を床に叩きつけて叫んだ。


「ただでさえルシアは忙しいのに、これ以上仕事が増えたら、オレがルシアの隣で昼寝する時間がなくなるじゃんか!」


「カグツチ、少し静かになさい。……まったく、本当は一番強いあなたに総司令を任せたいのに」


「無理無理。オレの役職は魔王様の専属お世話係だから。総司令なんてやってる暇ないの」


 悪びれもせず胸を張る火竜に、魔王は深くため息をついた。


 魔王軍の軍議で役職を決めた時のことだ。

 最も強大な力を持つ火竜が当然のように全軍の指揮を執るものだと誰もが思っていた中、彼は颯爽と手を挙げて「オレはルシアの専属お世話係! それ以外はやらない!」と堂々と宣言したのだ。

 あの時の、その場にいた竜種たちの困惑しきった顔を、魔王は思い返す。

 呆れ果てているはずなのに、彼女の口元には自然と笑みがこぼれていた。


「それよりルシア、そろそろお腹すいたんじゃない?」


 火竜が、魔王の手元にある書類を覗き込みながら言う。

 窓から差し込む光の角度を見れば、時刻はちょうど昼時を回ったところだった。


「ですから、今はオルドレアの使者が――」


「どうせロボだって。一緒に食堂連れてって、そこで話せばいいじゃん。今日のお昼は何かな」


 魔王が言い終わるより早く、火竜は彼女の手から羽ペンをひょいと抜き取ってしまった。


 ふと、食堂の料理長が、今日の昼食はポトフにすると意気込んでいたことを魔王は思い出す。

 つい先月のこと。料理長はロボから直々にポトフの作り方を伝授されていた。


 最近の料理長が作るポトフは、いささか野菜の切り方が大きすぎたり、味付けが大雑把であったりと、かなり雑な仕上がりになっている。

 しかし、毎日張り切って厨房に立ってくれている彼女に、魔王から直接それを指摘するのは少々気が引けていたのだ。


 一国の使者に対する対応としてはあまりにも砕けすぎているが――ここは師匠である彼に、弟子の腕前を厳しく採点してもらうのも悪くないかもしれない。


「……そうですね。分かりました、食堂へ行きましょう」


 魔王が微かな打算を隠して玉座から立ち上がると、火竜は満足そうに目を細めた。

 扉のところに立つシロクマも「やれやれ」といった様子で肩をすくめ、使者を食堂へ案内するため、一足先に廊下へと下がっていく。


 しかし、玉座の階段を降りようとした魔王の足が、ふと止まった。


「……食堂に行くの、気が進まない?」


 火竜が立ち止まり、覗き込むように魔王を見る。


「……えぇ。私がルシファーの因果をまだ完全に扱いきれないあまりに、また彼女を失神させてしまうのかと思うと」


 魔王の因果。魔王がただの人間と対話することは、今でもほぼ不可能に近い。

 魔王が城内では極力その瘴気を抑え込むよう努めているとはいえ、人間である彼女には負担が大きいはずだ。

 それでも料理長――ノエル・センス・スコットは、気絶を繰り返しながらも「私はこの城の食堂のお姉さんですわ! どっせい!」と笑って、この城にいることを選んでくれた。


 魔王の名を背負ってから――人間社会と断絶された魔王にとって、料理長は唯一の心の拠り所であった。

 それでも未来永劫、その角にひびが入るその瞬間まで、魔王は魔王で有り続ける。

 その事を、嫌だと思うことはなかった。


 なぜなら――


「大丈夫。オレにとってお前は、これからも永遠にルシアだよ」


 火竜は、迷いなく言った。

 世界が彼女をどう定義しようとも、彼だけは決して間違えない。

 その事実だけが、彼女をこの世界に繋ぎ止める絶対の錨だった。


「――そうですね。では、参りましょうか」


 その瞳は、まるで世界に何ひとつ恐れるものなど存在しないかのように、まっすぐに火竜を見つめていた。


 窓の外には、抜けるような青空が広がっている。

 終わらない灰色を塗り替えたその昼の空に――青白い星が、奇跡のようにひとつだけ光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。