ラスト・ジャンプ
階段に差し掛かる前に、課長は少し待ってくれ、と言った。
そして、徐に上着のポケットから白いはちまきを取り出し、額に巻き始めた。
「何ですか、それ」
「島田繊維に入社した時、俺が作った必勝はちまきだ。 繊維の事を何も知らなかった時に手探りで作ったシロモノだが、さすが島田の繊維だ。 30年経っても、まだ使える」
必勝はちまき……
課長はそれを額に巻いて、会社の出世階段を駆け上がってきたのか。
はちまきを締めたその姿は、確かに他の社員とはひと味違う、気合いのようなモノを感じた。
「よし、行くぞ!」
課長はかけ声を上げ、2人で階段に差し掛かった。
目指すは、10階のうまいもの展だ。
「うおおおっ……」
全力でリヤカーを引き、恐らく、頭の血管は2.30本切れたかと思う頃、俺たちは10階に到着した。
ところが……
「……終わって、る?」
うまいもの展の出店にはシートが被されており、既に片付けに入っていた。
「緊急事態宣言で、ここも8時までの営業だったか」
静かに課長が言うと、俺はがっくり来て膝をつきそうになった。
(もう、ダメか……)
「オイ、何をしている!」
すると、向こうから警備服を着た男が走ってきた。
「まだだ!」
課長は何故か踵を返し、階段へと戻ろうとする。
「どうするんですかっ!」
「上だ!」
上?
この先は屋上しかない。
警備員が迫る。
「少し眠っててもらう」
課長は波動砲のスイッチを押し、出力50パーセントでそれを発射。
圧縮されたタレを頭に受け、警備員はその場に倒れた。
「上に行ってどうするんですか!」
「隣に飛び移る!」
「はあ!?」
課長は俺を押しのけリヤカーの持ち手を掴み、1人でも屋上へと行く勢いだ。
俺は訳が分からず、屋台の背中を押した。
そして、扉を波動砲で吹き飛ばすと、夜の月が煌々と瞬く屋上へとやって来た。
「課長、もうダメです。 俺たちのま……」
「まだだっ。 隣の建物に飛び移れば、まだ目はある」
隣はこのビルの2号館だ。
課長は、レストラン街の客を視野に入れているのか?
しかし、ビルとビルの間は百メートルはあるだろう。
「無理ですよ! 自殺行為です」
「ここが博打の打ち所だ、馬宮」
課長は、額のはちまきを締め直した。
「人が成長する時、必ずこういう局面にぶち当たるものだ。 馬宮! 本当にサラリーマンとして成長したいのなら、リスクを取れ! そして、勝つんだっ」
……そうか。
これが、俺が超えなきゃならない最後の試練か。
これを超えて、俺は本当に課長として認められるんだ。
俺はネクタイを外し、それを額に巻いた。
これはオレ流の必勝はちまき。
……行くぜ。
「覚悟、出来ました!」
「捕まれっ」
課長は、屋台の大砲を後ろに向け、スイッチを押した。
そうか、波動砲の反動でジャンプするつもりか!
「発射!」
屋台が勢い良く、飛んだ。
「いっけーーーっ」
屋台は緩やかなカーブを描き、建物の外壁に激突した。




