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ドラゴンマスクより「私・鈴(りん)」  作者: 美憂


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旅立つ時

毎日忙しい。

でも、充実している。

高校の時、あいつは私に言った。


「やればいいのに。サッカー。」


私は、あの言葉が忘れられなかった。

あいつのサッカーを見始めて、あいつとの生活が始まって、

あいつとあいつの家族が突然消えて、ひとりで小さな子どもを抱えて生きることになった。

地元に両親がいたので頼ることができたけど、あいつが残したこの子と向き合う一対一も悪くないと思った。

子育ては、難しい。大変だ。たくさんの困難がある。

予定通りには行かないことだらけで、メッシと一対一をしてるみたいにほとんど負ける。

私は、それも楽しいと思えた。

万が一でも勝った時の爽快感。

今思えば、

信じて出したノールックパスを瑠が綺麗に回収した時の気持ちに少し似ていた。

そうなるのは簡単なことじゃないけどね。

運悪く私は、家族5人をいっぺんに亡くした。

一度に五人を見送るなんて、誰も経験しないだろう。

悲しむ間も無く、私は5人分の保険金と1件の家を引き継がなければならなくなった。

子育てにお金はないよりあったほうがいい。

経済的な問題は、心の余裕につながる。

父親の一生分の愛には敵わないけどね。



住むところはあるし、ちゃんと働いて暮らしていこう。

ボールを転がしておいて蹴ったらこっちのもんだ。

そこをサッカー選手のスタートとしよう。


そう、サッカー選手を1から育てることを「私のサッカー」にしようと決めたんだ。それもワールドクラスの。

(あいつの子だからね。)

この言葉は私のお守りとして信じるだけで、言葉にはしない。

この子には、「失った人生」を背負わせたくなかった。

サッカーは楽しいものだと教えたかった。

夢を追うことを、怖がらない子に育ってほしかった。

だから、普通に、普通のサッカー選手に育てようと。


今ある貯金は、全てそのために使おう。

普段の生活は、決して贅沢はせず、できるとこまでサッカーに掛ける。

そう思ってやってきたら、何だか楽しいこともたくさんあって、あっという間にJリーガーが1人誕生した。自分で自分を褒めてやりたい。

でも、まだワールドクラスではないから褒めるのは、そこクリアしてからだね。


「かあちゃん!も、いっかい!」

そう言ってパスをせがむ笑顔。

「とめる、ける。とめる、ける」

ふたりで公園で繰り返す。

これが幸せだと思った。

あの頃の私は、それで十分だと思っていたんだ。

私のサッカーは、この子を育てることなんだと。

子どものために我慢とかじゃなくて、どっちかというと私のエゴをそっと積み上げた感じかな。

まさか何十年もあとになって、自分がスパイクを履くなんて、夢にも思わなかったけどね。

それはそうと、

瑠のこと。


相変わらず、怒鳴りながら、キャプテンとしてチームをリードしてる。

全力でチームを強くするために戦っている。

そう瑠が頑張れば頑張るほど、


行かなくていいの?瑠


そう、思ってしまう。

瑠にWEリーグ所属チームから移籍の話が来ているのは知っていた。

みんな知ってるけど、瑠の前では誰も口にしない。

瑠が言うのを待っているのだ。

今、チームは本当にいい感じだ。

このことを口にすることで、雰囲気が変わるのは間違いない。

特に瑠は、自分以外からこのことが口外されるのは好まないだろう。

機嫌はすこぶる悪くなる。

チームとしては、おめでとうと言いたいのだが、それも気に入らないのだろうな。

「自分の道は自分で決める」

誰の影響も意見もいらない。それが瑠だ。

もし、言う事を聞くとすれば、律なのかもしれない。


そうだ。律はどう思ってるんだろう。

今、うちのチームのオーナーになった律は、本気でWEリーグに参戦させようと奔走している。まずはチームが県リーグで優勝する必要があるが、それ以外にも様々な条件があり、律はそこんとこを何とかしようとしてる。

私たちができるのは、勝つことだけだ。

でも、今シーズン優勝したとしてWEリーグにつながる条件が揃うかはわからない。もう1年、県リーグで戦うとしたとき、瑠をWEリーグに送ってしまったら、勝てるのだろうか?

それくらい、大きなキャプテンなのだ。


私が律だったら。

送り出す。

送り出した上で「どうしよう?」だな。

私は感情で動くし、律はバカだし。


背中を押すべきなんだろうか。

瑠を待つべきなんだろうか。

……いや。

あの子は、自分で決める。

私は、その日が来たら、

「おめでとう。」

そう言える人でいたい。

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