第7話 木古内のスキル選択②
木古内が、クラス全員に向き直る。
「ルール決めようぜ」
「ルール?」
「当たり前だろ! トイレとか寝場所とか、適当に突撃したらカオスになるに決まってるじゃん! 特に……」
そこで、ちらっと俺を見る。
「特に、湊用な!」
一斉に、視線が俺に集まった。
「ちょ、ちょっと待て。なんでそこで一斉に見る?」
「いやだって、女子一人だし」
「更衣スペースとか、優先権あるだろ普通」
「個室作ってやんないとやべーだろ」
正論しか言われていないのが余計にしんどい。
「……サニタリーゾーンの奥のスペース、区切れないか?」
柊が、内部を見回しながら言った。
パネルで仕切られた小部屋がいくつか並び、その奥に少し広い共有スペース。
さらに、一番奥に、壁で囲まれた一回り大きな個室がぽつんとあった。
「多分、あそこ、管理用のスペースだと思う。
扉もちゃんと閉まるし、鍵っぽい表示もある」
近づいてみると、確かに扉の横に小さなパネルが浮かんでいて、『個室モード』『施錠』『開錠』といった文字が表示されていた。
「完っ全に湊用じゃんこれ」
高岡がニヤニヤしながら言う。
「いや、どう見てもそうだろ。女子一人いるパーティ用仕様って感じだし」
「男子校クラスのためにそんな親切設計いらないから!」
叫びながらも、胸の奥底では、確かにホッとしていた。
ちゃんと戸を閉めて鍵をかけられる場所がある。
見た目がどうなったか、誰にも見られないで済む場所がある。
それだけで、だいぶ生きやすさが違う。
「湊」
いつの間にか隣に来ていた直江が、小声で言った。
「今日は、あそこ使え。
鍵の管理は、湊と俺で共有すればいい」
「お前も?」
「何かあった時、すぐ開けた方がいいだろ」
淡々とした言い方だけど、そこに変な含みはないのが分かる。
いつも通りの、俺のことを「面倒ごとを呼び寄せがちな幼なじみ」として見ている目だ。
「……分かった」
小さくうなずくと、周りから「おー決まり決まり」「姫部屋誕生」とか好き勝手言う声が飛んでくる。
「姫って言うな!」
いつものように怒鳴り返したところで。
「──いいじゃん、姫で」
どこか気の抜けた、でも耳に残る声が、背後から落ちてきた。
振り向くと、そこには見慣れない色が立っていた。
金髪。
日本人離れした、明るい金。
長身で、細身。耳に小さく光るピアス。
八千穂 圭。
同じクラスのはずなのに、教室ではいつも周囲と一線を引いている感じの、モデルみたいな顔のやつ。
「……八千穂?」
「やっほー、姫」
軽く手をひらひら振りながら、にやりと笑う。
「男子校で唯一の女の子。しかもダンジョン。 設定盛りすぎだろ、東金」
「盛ったの俺じゃねえよ!」
「でもさ」
八千穂は、サニタリーゾーンの個室をちらりと見てから、俺に視線を戻した。
「ちゃんと個室用意されてて良かったじゃん。そういうの、ないと、話になんないでしょ?」
さらっと言われて、返す言葉が見つからなかった。
こいつ、どこまで本気で言ってるのか分からない。
軽口なのか、本気の気遣いなのか、その境界がやたらと曖昧だ。
「ま、安心しなよ、姫」
わざとらしく肩をすくめる。
「ここは男子校メンバーしかいないしさ。
変なことしようとしたやつがいたら──」
八千穂は、視線だけで直江と川端をなぞった。
「空手バカと火の人が、黙ってないっしょ?」
「誰がバカだ」
「誰が火の人だ」
即座にツッコミが入る。
不思議と、さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
「……ま、とりあえず」
木古内が、手を叩いて仕切り直す。
「トイレは奥の個室、基本一人ずつ。
湊は一番奥の個室優先。
他は交代で、ちゃんと順番守ること。いいな?」
異論は出なかった。
男子校のクラス全員が、今さら恥ずかしがっている場合じゃないくらいには、今日一日で「命のやり取り」を味わっている。
その中で、「ちゃんと用を足せる場所」と「鍵のかかる個室」があるというだけで、どれほど救われるか。
多分、俺が一番よく分かっていた。
「……ありがとな、木古内」
「だからそういうのやめろって照れるから!!」
猿顔が真っ赤になって叫ぶ。
俺は、その後ろで、そっとサニタリーゾーンの奥の扉に手をかけた。
カチ、と小さな音を立てて、扉が開く。
中は狭いけれど、清潔で、簡易ベッドと、壁にかけるフックがいくつかあるだけのシンプルな空間だった。
でもそれは、このダンジョンの中では、たぶん世界で一番「安心できる部屋」だ。
今日から、ここが、俺の居場所になるのかもしれない。




