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第6話 木古内のスキル選択

 川端と直江のスキル付与が終わって、場の空気はだいぶ変わっていた。


 戦えるやつには、それなりに戦闘用の能力がついた。

 けど、その代わりに一生もののペナルティもついて回る。


 誰も、軽い気持ちでダイスに手を伸ばせなくなっていた。


「なあ……」


 そんな中で、恐る恐る手を上げたやつがいる。


 背が低くて、ちょっと猿っぽい顔立ち。

 いつも賑やかなグループの端っこで、ワーワー言いながら笑ってるタイプ。


 木古内 燐だ。


「お、おれも……振って、いいか?」


「お前もかよ、木古内」


「や、だってさ!」


 木古内は、なぜか必死な顔で周りを見回した。


「みんなスキルとか戦闘とか言ってるけどさ! ここ、ダンジョンなんだろ? トイレどこにあんだよ!」


 場の空気が、一瞬で変な方向に揺れた。


「……トイレ?」


「いやマジで! お前らあと何時間我慢できんの!? 女の子になっちゃった湊とかさ、絶対ヤバいだろ!? ここ穴掘って済ませるとか、そういうノリじゃねーだろ!?」


 急に俺に話題を振るな。


「おま、なんでそこで俺の名前出すんだよ!」


「そりゃ出すだろ! 女子のトイレ問題は男子よりシビアって、どっかで聞いたことあるもん!」


 変なところだけ妙に詳しいなこいつ。


 でも言っていることは、分かる。

 俺だって、この見た目で「適当なとこで済ませろ」とか言われたら、泣く自信がある。


「あと、寝るトコもだよ! このまま床で雑魚寝とか、湊からしたら地獄じゃね? クラス全員男の中でさ!」


 その言葉に、周りのやつらの視線がチラチラと俺に飛ぶ。


 うん。

 そこは、正直、地獄寄りだ。


「だからさ!」


 木古内は、勢いで自分の掌をぎゅっと握った。


「戦うのは強いやつらに任せて、おれは──その、みんなの生活とか、湊のプライバシーとか、そういうの守る係やる!」


「最後の動機だけ若干いやらしく聞こえるんだけど」


「ちがうって! ガチで気遣いだから!」


 必死な顔は嘘じゃなさそうだ。


 ビビりだけど、お調子者で、空気が読めるタイプ。

 だからこそ、誰も口に出さなかった「生活の問題」を、真っ先に気にしているのかもしれない。


「……ふふ」


 隣で柊が、少しだけ笑った。


「悪くないな。そういう係も必要だろ」


「だろ!? 直江分かってる!」


 木古内は、何かを振り切るように、掌に視線を落とした。


「じゃ……願うぞ」


 ごくり、と喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。


「『おれに、みんなが安心して用足しできて、ちゃんと寝られる場所を作る力をくれ!』」


 具体的かどうかのラインをギリギリ攻めた願いだった。


 ダイスが、転がる。


 コロコロ、カラン。

 床の小石をかすめて、最後にぴたりと止まる。


「……2か」


 低い目だ。

 誰かが、ほっとしたような、がっかりしたような声を出す。


『確認。対象《木古内 燐》による願望行使を受理しました』


 あの無機質な声が、また鳴り響いた。


『スキル『サニタリーゾーン』を付与します』


「サニ……何?」


 クラス全員が首をかしげる。


『対象は、指定した地点に、簡易生活環境を一時的に形成することが可能です』


「おお?」


『形成される環境には、以下の設備が含まれます』


 機械的な羅列が続く。


『一、目隠し機能付きの小型個室複数』

『二、簡易洗浄機能』

『三、人数分の簡易寝具』


 ざわざわ、と小さな歓声が上がった。


「それってつまり……」


「トイレとシャワーとベッド?」


「神か?」


「おれ、もしかして有能?」


 木古内がぱっと顔を輝かせる。


『ただし』


 アナウンスが、容赦なく続けた。


『本能力による環境形成は、一日一回までとします』

『維持時間は、おおむね八時間です』

『形成位置は、現在地点から一定距離内に限定されます』


「一日一回、八時間……十分じゃね?」


「夜だけ安全に寝れるってことだろ。だいぶでかい」


 戦闘組の顔にも、さすがに安堵が浮かぶ。


 俺も、正直、すごくホッとしていた。


 これで、とりあえず「女子になった俺がどこでどうするか」という、考えたくもなかった問題からは、一歩だけ距離を取れる。


『同時に、出目に応じたペナルティを適用します』


 そして、やっぱり来る。


『対象《木古内 燐》に、恒久的ペナルティを付与します』


 恒久的。

 まただ。


『詳細を告知します』


 一瞬の静寂。

 木古内の顔から、さっきまでの笑顔がすっと引いていく。


『一、対象の生理機能は、外部環境と強く同調します』

『二、対象は、汚染された環境に長時間滞在すると、急速に体調を崩します』

『三、対象は、一定時間ごとに強い生理的欲求を感じるようになります』


「……は?」


 意味が追いつかない。


『簡略化します』


 迷宮は、また分かりやすく言い換えた。


『対象は今後、不衛生な環境に弱くなります』

『汚れた場所や悪臭の強い場所に長時間いると、頭痛や吐き気、めまいなどの症状が発生します』


「うっわ……」


「ダンジョン向いてなさすぎんだろその体質」


 あちこちから、素の声が漏れる。


『また、対象は一定時間ごとに、強い排泄欲求を覚えます』

『この欲求は、我慢するほどに増幅され、最終的には行動不能の原因となります』


「ちょ、ちょっと待って!? え、それって──」


 木古内の顔が、真っ赤を通り越して青ざめた。


「お、おれが……一番トイレ近くなるってこと!? ダンジョンで!? うそだろおおおお!!」


 あまりにもストレートな悲鳴だった。


 さっきまで「トイレどうすんだよ!」と心配していた本人が、真っ先にトイレ問題の直撃を食らっている。


「いや、お前が一番トイレに敏感だからこそ、そのスキルもらったんじゃね?」


「そんな因果関係いらねえよおおお!」


 木古内が半泣きで叫ぶと、ところどころから笑いが漏れた。


 笑っていいのか迷うラインだけど、正直ちょっと笑える。


「でもまあ……」


 隣で直江が、小さく言う。


「スキル的には、かなりありがたい」


「だよな。湊的には、めちゃくちゃ助かるだろ」


 藤堂がニヤニヤしながら俺を見る。


「ちゃんと個室でできるぞ、トイレも」


「いちいちそういう言い方すんな!!」


 顔が熱い。

 でも、本当に、その通りだった。


 この身体で、クラス全員男の中で、何の配慮もなく過ごすのは無理だ。

 木古内のスキルがなかったら、たぶん俺は一日ももたなかった。


「……ありがとな、木古内」


 小さめの声で言うと、木古内はびくっとして、こっちを向いた。


「え、あ、や、べ、別に! おれはその、みんなのこと考えてだな、決して湊の女子力向上のためとかじゃなくてだな!」


「そんなこと一言も言ってないから落ち着け」


 ビビりながらも、みんなのためにダイスを振った猿顔のクラスメイトが、今は誰よりも切実に「トイレの場所」を気にすることになった。


 ダンジョンのサバイバルは、たぶん、こういうところから始まるんだろう。




基本的にスキルの名前と能力は自分で考えていますが、木古内のサニタリーゾーンだけはAIの命名。微妙な名前の気もするので、場合によっては変更する……かも?

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