表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/6

第5話 『ムーヴ』発動とペナルティ


『同時に、出目に応じたペナルティを適用します』


 耳奥に、あの無機質な声が落ちてきた。


『対象《直江 柊》に、一時的副作用を伴うペナルティを付与します』


 ──一時的。


 その単語だけで、周りがほっと息をつくのが分かった。

 恒久じゃない。それだけで、俺の時とは空気が違う。


『詳細を告知します』


 一拍置いてから、淡々とした説明が続く。


『対象がスキル『ムーヴ』を短時間に繰り返し使用した場合、対象の平衡感覚に負荷が蓄積します』


「平衡感覚?」


 誰かが首をかしげる。


『蓄積が一定値を超えると、対象は強いめまい、吐き気、方向感覚の喪失などの症状を呈します』

『症状発生時、対象は一時的に通常行動が困難となります』


「……要するに、使いすぎると三半規管がバグるってことか」


 柊が、ぼそっとまとめた。


『本ペナルティは、休息により軽減します』

『一定時間能力を使用しなければ、症状は徐々に収束します』


 そこまで言って、アナウンスはぴたりと止んだ。


「……よかった、恒久的じゃないんだな」


「使いすぎなきゃ平気ってことか」「ちゃんと休めば問題なし?」


 さっきの川端と、俺の反応を見た後だからか、クラスの空気が目に見えて緩む。


「軽っ。お前、当たりじゃん」


 延徳が笑いながら肩を叩こうとして、直江に視線だけで止められる。


「軽くはないだろ。

 戦闘中に急に立てなくなったら、普通に死ぬ」


 さらっと言う声が、逆に現実的で冷静だった。


「だから、使いどころはちゃんと考える。

 ──湊を守る時とか」


 最後だけ、少しだけ柔らかくなる。


「いちいち俺を基準にすんな!」


 反射でツッコむと、近くの数人がくすっと笑った。


 さっきまでの「女体化見世物ショー」みたいな笑いと違って、少しだけ普通の笑いだ。


「ちょっと試す」


 柊がそう言って、俺の前に立った。


「連続で使ったら、どんな感じになるかも見ておきたい」


「今いきなり検証すんなよ!?」


「今のうちに分かってた方が安全だろ」


 理屈は正しい。

 理屈は正しいんだけど、実験台がだいたい俺になるのはどういう因果だ。


「じゃ、まず一回」


 柊が、俺の肩に軽く触れる。


「動くぞ、湊」


「あ、ああ──」


 ふっと視界が滑った。

 世界が、一コマ飛んだみたいに位置だけズレる。


 足元の石畳が、ほんの一歩分だけ移動している。

 体感としては、誰かに肘で小突かれて一歩よろけたくらいだ。


「おお、やっぱ一メートルくらいか」


 高岡が感心したようにうなずく。


「もう一回」


「ちょ、待っ」


 俺の制止より早く、柊の手がもう一度肩に触れる。


 二回目のムーヴ。

 今度は別方向に、一メートル。


 ダンジョンの石壁が、じわじわと近づいてくる。


「三回目」


「ストッ──」


 言い終わる前に、三回目が来た。


 三連続の瞬間移動で、体の中の何かがちょっとだけ遅れてついてきている感じがする。

 ジェットコースターを下りた直後みたいな、ふわっとした違和感。


「……気持ち悪くないか?」


 俺が聞くと、直江は首をひねった。


「今は、まだ平気。

 でも、あと数回続けたら、怪しいかもな」


 そう言って、額に軽く手を当てる。


「今も、ちょっとだけくらっとした」


「お前、それ自覚ないまま限界越えそうで怖いんだけど」


「だから、湊が見ててくれ」


「なんで監視役が俺なんだよ!」


「幼なじみだから」


 真顔で言われると、ツッコミが空振りする。


 周りで聞いていた何人かが、「いいなあ」「信頼ってやつだな」と勝手なことを言っている。

 お前ら、当事者になってから言え。


 ふと、視界の端で、別の炎が瞬いた。


 さっきスキルを得た川端が、無言で自分の手の中の火を見つめている。


 炎は、彼の指の動きにあわせて形を変え、蛇みたいにくねったり、花弁みたいに弾けたりしている。


 その足元には、さっきアナウンスが告げた『特製飲料』とやらが入ったらしい、金属製の小さなボトルが転がっていた。

 コツンとつま先で蹴っても、チャプンと中身が揺れるだけだ。


「……どうだ、それ」


 思わず声をかけると、川端は片目だけこっちに向けた。


「味? まあ、まずくはない。熱いけど」


「飯は?」


「一口でアウト。普通に胃が拒否した」


 あっさり言うくせに、表情は少しだけ曇る。


「でも、炎はいい感じだ。

 威力も融通も、たぶんかなり高い」


 指先の炎が、一瞬だけ強くなった。

 照らし出された横顔は、やっぱりどこか楽しそうで、どこか寂しそうだ。


「……きっついな、そのペナルティ」


 ぽつりと言うと、川端は肩をすくめた。


「そっちこそな。

 一生、その体で行くんだろ?」


 不意打ちだった。


 返す言葉に詰まっていると、川端は手の炎をふっと消した。


「でもまあ、譲る気はねえよ。

 俺は俺で、この火が気に入ってるから」


 そう言って、足元のボトルをつま先で自分の方に引き寄せる。


「だから、お前も勝手に諦めんなよ、東金。

 その体で、どこまでやれるか、試してみりゃいいだろ」


 ひねくれた言い方なのに、言っていることはやたら真っ直ぐだ。


 ほんと、面倒くさいやつばっかりだ、このクラスは。

ムーヴは短距離で、フレイムは重い代償と引き換えの高性能。

 俺は女体化という一生モノを背負わされて、それでもパナシーアを使うしかない。


 ダンジョンの空気は冷たいのに、やけに体の芯が熱いのは、そのせいかもしれなかった。




『ムーヴ』は本当は手で触れなくても発動します。なぜが初披露で触れさせたのはAI判断。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ