第5話 『ムーヴ』発動とペナルティ
『同時に、出目に応じたペナルティを適用します』
耳奥に、あの無機質な声が落ちてきた。
『対象《直江 柊》に、一時的副作用を伴うペナルティを付与します』
──一時的。
その単語だけで、周りがほっと息をつくのが分かった。
恒久じゃない。それだけで、俺の時とは空気が違う。
『詳細を告知します』
一拍置いてから、淡々とした説明が続く。
『対象がスキル『ムーヴ』を短時間に繰り返し使用した場合、対象の平衡感覚に負荷が蓄積します』
「平衡感覚?」
誰かが首をかしげる。
『蓄積が一定値を超えると、対象は強いめまい、吐き気、方向感覚の喪失などの症状を呈します』
『症状発生時、対象は一時的に通常行動が困難となります』
「……要するに、使いすぎると三半規管がバグるってことか」
柊が、ぼそっとまとめた。
『本ペナルティは、休息により軽減します』
『一定時間能力を使用しなければ、症状は徐々に収束します』
そこまで言って、アナウンスはぴたりと止んだ。
「……よかった、恒久的じゃないんだな」
「使いすぎなきゃ平気ってことか」「ちゃんと休めば問題なし?」
さっきの川端と、俺の反応を見た後だからか、クラスの空気が目に見えて緩む。
「軽っ。お前、当たりじゃん」
延徳が笑いながら肩を叩こうとして、直江に視線だけで止められる。
「軽くはないだろ。
戦闘中に急に立てなくなったら、普通に死ぬ」
さらっと言う声が、逆に現実的で冷静だった。
「だから、使いどころはちゃんと考える。
──湊を守る時とか」
最後だけ、少しだけ柔らかくなる。
「いちいち俺を基準にすんな!」
反射でツッコむと、近くの数人がくすっと笑った。
さっきまでの「女体化見世物ショー」みたいな笑いと違って、少しだけ普通の笑いだ。
「ちょっと試す」
柊がそう言って、俺の前に立った。
「連続で使ったら、どんな感じになるかも見ておきたい」
「今いきなり検証すんなよ!?」
「今のうちに分かってた方が安全だろ」
理屈は正しい。
理屈は正しいんだけど、実験台がだいたい俺になるのはどういう因果だ。
「じゃ、まず一回」
柊が、俺の肩に軽く触れる。
「動くぞ、湊」
「あ、ああ──」
ふっと視界が滑った。
世界が、一コマ飛んだみたいに位置だけズレる。
足元の石畳が、ほんの一歩分だけ移動している。
体感としては、誰かに肘で小突かれて一歩よろけたくらいだ。
「おお、やっぱ一メートルくらいか」
高岡が感心したようにうなずく。
「もう一回」
「ちょ、待っ」
俺の制止より早く、柊の手がもう一度肩に触れる。
二回目のムーヴ。
今度は別方向に、一メートル。
ダンジョンの石壁が、じわじわと近づいてくる。
「三回目」
「ストッ──」
言い終わる前に、三回目が来た。
三連続の瞬間移動で、体の中の何かがちょっとだけ遅れてついてきている感じがする。
ジェットコースターを下りた直後みたいな、ふわっとした違和感。
「……気持ち悪くないか?」
俺が聞くと、直江は首をひねった。
「今は、まだ平気。
でも、あと数回続けたら、怪しいかもな」
そう言って、額に軽く手を当てる。
「今も、ちょっとだけくらっとした」
「お前、それ自覚ないまま限界越えそうで怖いんだけど」
「だから、湊が見ててくれ」
「なんで監視役が俺なんだよ!」
「幼なじみだから」
真顔で言われると、ツッコミが空振りする。
周りで聞いていた何人かが、「いいなあ」「信頼ってやつだな」と勝手なことを言っている。
お前ら、当事者になってから言え。
ふと、視界の端で、別の炎が瞬いた。
さっきスキルを得た川端が、無言で自分の手の中の火を見つめている。
炎は、彼の指の動きにあわせて形を変え、蛇みたいにくねったり、花弁みたいに弾けたりしている。
その足元には、さっきアナウンスが告げた『特製飲料』とやらが入ったらしい、金属製の小さなボトルが転がっていた。
コツンとつま先で蹴っても、チャプンと中身が揺れるだけだ。
「……どうだ、それ」
思わず声をかけると、川端は片目だけこっちに向けた。
「味? まあ、まずくはない。熱いけど」
「飯は?」
「一口でアウト。普通に胃が拒否した」
あっさり言うくせに、表情は少しだけ曇る。
「でも、炎はいい感じだ。
威力も融通も、たぶんかなり高い」
指先の炎が、一瞬だけ強くなった。
照らし出された横顔は、やっぱりどこか楽しそうで、どこか寂しそうだ。
「……きっついな、そのペナルティ」
ぽつりと言うと、川端は肩をすくめた。
「そっちこそな。
一生、その体で行くんだろ?」
不意打ちだった。
返す言葉に詰まっていると、川端は手の炎をふっと消した。
「でもまあ、譲る気はねえよ。
俺は俺で、この火が気に入ってるから」
そう言って、足元のボトルをつま先で自分の方に引き寄せる。
「だから、お前も勝手に諦めんなよ、東金。
その体で、どこまでやれるか、試してみりゃいいだろ」
ひねくれた言い方なのに、言っていることはやたら真っ直ぐだ。
ほんと、面倒くさいやつばっかりだ、このクラスは。
ムーヴは短距離で、フレイムは重い代償と引き換えの高性能。
俺は女体化という一生モノを背負わされて、それでもパナシーアを使うしかない。
ダンジョンの空気は冷たいのに、やけに体の芯が熱いのは、そのせいかもしれなかった。
『ムーヴ』は本当は手で触れなくても発動します。なぜが初披露で触れさせたのはAI判断。




