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第4話 能力とペナルティ

 ひとまずクラスのざわめきがおさまって、俺と柊の周りにだけ、妙な空間が空いていた。


 さっきまでの「うおー女だー」みたいな騒ぎは、だいぶ引いた。


 代わりに出てきたのは、もっと現実的で、もっと面倒な問題だ。


「なあ、スキルどうするよ」


 誰かがぽつりと言った。


「ダンジョン攻略するなら、さすがに何かしら欲しくね? 東金だって、パナシーアなかったら詰んでたろ」


「でもペナルティが戻らないんだろ。迂闊に振れなくね?」


「一生モノの罰ゲームは勘弁だわ……」


 分かる。

 その一生モノを、もう食らってる俺が言うんだから、間違いない。


 そんな中で、ひときわだるそうな声が聞こえた。


「……だる。さっさと戦力整えた方が早くね?」


 輪の端っこで壁にもたれながら、長いウェーブのかかった髪を指先でいじっているやつがいる。

 川端 一颯。

 とにかく何に対してもひねくれていて、教師に噛みつくか、世界に噛みつくかの二択で生きてるタイプだ。


「ここ、ダンジョンなんだろ? 何も持たずにウロウロしてたら、それこそ犬死にじゃん。だったら俺は振る」


 そう言って、川端は自分の手のひらを見下ろす。


 そこには、何の変哲もない六面体のサイコロが乗っていた。

 白地に黒い目。教室に転がっていても違和感のない、普通のダイス。


 でも、今はそれが、人生を変える。


『全参加者に共通スキル《ペナルティダイス》を付与しました』


『願望行使は、一人一回のみ有効です』


『ペナルティは、出目に応じて願望行使者本人にのみ発生します』


 最初に聞いたアナウンスが、頭の中で繰り返される。


「おい、川端。本気かよ」


 誰かが止めようとする。

 川端は肩をすくめた。


「本気。どうせここで死ぬかもしんねえなら、派手にやった方がマシだろ。

 それに──」


 ちらっと俺を見る。


「誰か一人に全部押し付けて、自分は安全圏とか、性に合わねえし」


 思わず、言葉を失った。


 ひねくれてるくせに、そういうところは妙に真っすぐだ。

 だから余計に面倒くさい。


「何願うんだよ」


 ムードメーカーの藤堂が聞くと、川端は口の端を上げる。


「決まってんだろ。火だよ、火」


 長い指が、ダイスを軽くつまみ上げる。


「どうせダンジョンなんだし、攻撃手段は分かりやすい方がいい。

 ──『俺に、炎を操る強い力をよこせ』」


 願いの言葉と同時に、川端はダイスを放った。


 コロコロと転がる青い宝石のような立方体に、クラス全員の視線が吸い寄せられる。


 床の凹凸に一度だけ跳ねて、最後に、ぴたりと止まった。


 見えた目は──


「……6だ」


 誰かが喉を鳴らす。


『確認。対象《川端 一颯》による願望行使を受理しました』


 無機質な声が、また耳を打った。


『スキル『フレイム』を付与します。対象は炎の生成および制御を行うことが可能です』


 おお、とどよめきが走る。


 次の瞬間、川端の足元に、小さな火の粒がぱっと灯った。

 ライターの火をひとつまみ取り出して空中に浮かべたみたいな、小さな炎。


「……うわ、マジか。すげ」


 川端が指先をひらひらと動かすと、その炎はするすると軌道を描き、彼の手のひらの上に乗った。


 小さいのに、ちゃんと熱があるのが、ここまで離れていても分かる。


「おお、チートじゃん」


「一人だけ魔法使いとかずる」


 羨望の声があがる。

 しかし、それをかき消すように、アナウンスが続いた。


『同時に、出目に応じたペナルティを適用します』


 空気が、冷える。


『対象《川端 一颯》に、恒久的ペナルティを付与します』


 恒久的。

 また、その言葉だ。


『詳細を告知します』


 一瞬の沈黙。

 そして、機械的な声が淡々と読み上げる。


『一、対象の肉体は、炎属性エネルギーに対して極端な親和性を持ちます』


『二、対象の身体組成は、常時低温に保たれます』


『三、対象は、通常の食物の大半を摂取できなくなります』


 ざわっ、と周囲が揺れた。


「は? 食事制限?」


 誰かが素で叫ぶ。


『対象が摂取可能な栄養源は、以下に限定されます』


 アナウンスは淡々と続ける。


『高温に加熱された液体エネルギー体、および特定の高密度栄養剤のみとなります』

『固形食の大部分は、消化不良および拒絶反応の原因となります』


「ちょ、待て待て待て。つまりどういう──」


 川端が顔をしかめる。


『簡略化します』


 一拍置いてから、迷宮は言い換えた。


『対象は今後、常温の水および一般的な固形食を摂取した場合、体調不良を引き起こします』

『対象は、生存のために、定期的に高温の特製飲料を摂取する必要があります』


「……は?」


 きょとん、とした顔の川端が、手の中の炎を見下ろす。


 炎が、さっきより少しだけ大きくなっていた。

 まるで、彼の動揺に呼応するみたいに、ゆらゆらと揺れている。


「おい、それって……」


 佐伯が口を挟む。


「こいつ、一生まともな飯食えないってこと?」


「ラーメンとかカレーとか全部アウト?」


「給食のカレーとかもう来ねえけどな」


 場違いなツッコミが飛ぶが、誰も笑えない。


「……マジかよ」


 川端が、ぽつりと呟いた。


「一生、熱い何かしか飲めないって。

 ポカリも牛乳も、コーラも、全部ダメってこと?」


 具体的な飲み物の名前が並ぶと、その重さが急に現実味を帯びる。


『補足します』


 迷宮は、容赦なく止めを刺してきた。


『本ペナルティは、《一時的》ではありません。時間経過による解除は行われません』


 うわ。

 胃がきゅっと縮む。


 さっきまで「チートじゃん」と騒いでいた奴らが、一斉に黙り込んだ。


 川端は、しばらく何も言わなかった。


 やがて、ふっと笑う。

 いつもの、世界を斜めに見ているみたいな笑い方だ。


「……まあ、いいや」


「よくねえだろ!」


 思わずツッコんだ俺に、川端は肩をすくめてみせる。


「どうせここで死ぬかもしんねえんだし。

 だったら、最後まで派手に燃えた方が面白いだろ」


 そう言って、手のひらの炎を、少しだけ大きくした。


 炎の光が、痩せた頬の影を揺らす。

 その顔は、やっぱりどこか楽しそうで、でも、ほんの少しだけ寂しそうだった。


 そんな川端の横で、そっと手を上げた影があった。


「じゃあ、次は……俺、行く」


 静かな声。


 柊だ。


「お、おい柊まで──」


「柊、お前まで変なペナルティ食らったらどうすんだよ!」


 周囲が慌てる中で、直江は淡々としていた。


「俺も、戦えるスキルが欲しい。

 空手だけじゃ、たぶん限界がある」


 そうだ。

 柊は空手部だ。

 素手でもそこそこ戦えるかもしれないけど、「そこそこ」でどうにかなる相手が、このダンジョンにいるとは思えない。


「……でも、距離があるスキルがいい。

 俺が前に出て、湊を守れるような、そういうの」


 サラッと言われて、心臓が変な跳ね方をした。


「お、お前、なんでそこで俺出すんだよ」


「当然だろ。幼なじみだし」


 即答だった。


 その「当然」が、妙にくすぐったい。


 直江は、静かに手のひらを前に出した。


「『俺に、仲間を安全圏に退かせる力をくれ』」


 願いを告げて、ダイスを転がす。


 カラン、と軽い音を立てて、床を転がる白い立方体。


 川端の時よりも、みんなの息が詰まっている気がした。


 やがて、ダイスは止まる。


「……3か」


 藤堂が小さく呟く。


『確認。対象《直江 柊》による願望行使を受理しました』


 アナウンスが流れる。


『スキル『ムーヴ』を付与します。対象は、指定した対象を短距離位置移動させることが可能です』


「おお、瞬間移動?」


「つえー!」


 さっきより、ほんの少しだけ明るい反応が返ってくる。


『但し、本能力の有効距離は、おおむね一メートル以内とします』


「……短っ」


 クラス全員の総ツッコミが揃った。


 直江は、ちょっとだけ苦笑する。


「まあ、一メートルでも、ないよりはマシか」


 そう言って、試しに、と俺の肩に手を置いた。


「湊、動いてみるぞ」


「お、おう?」


 返事をした瞬間、視界が一瞬だけぶれる。


 足元の感覚が、ふわりと浮いて、すぐに着地した。


 さっきまでいた場所から、ほんの半歩ほど横にずれている。


「……おお」


「すげー、本当に動いた」


「たしかに一メートルくらいだな」


 地味だけど、確かに便利そうだ。


 敵の攻撃をほんの少しズラしたり、落とし穴の縁から救い上げたり。

 そういう、ギリギリの場面で効いてくるタイプのスキルだ。


『同時に、出目に応じたペナルティを適用します』


 また、アナウンス。


 今度は、さっきより少しだけ、心臓が強く脈打つ。


 柊のペナルティが、何になるのか。


 俺は、無意識に息を止めていた。




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