第3話 幼馴染み
視線の渦の真ん中で、俺はまだ自分の胸をどう扱えばいいのか分からずに固まっていた。
「マジで東金なのかよ……」
最初に口を開いたのは、さっきボタンが当たった高岡だった。
バスケ部の長身が、いつもより近い。見上げる角度が減っているのに、妙な圧だけは増していた。
「お前さ……前からこんなに、こう……」
高岡の視線が、はっきりと俺の胸のあたりで泳ぐ。
「見るな!!」
叫ぶと、シャツの中で柔らかいものがぶるん、と揺れた。
揺れた自分の胸に、自分でびくっとする。
見てる場合じゃない。今のは絶対見られた。
「ご、ごめん! ってか、そうなるだろ普通!? 目のやり場ねえよ!」
高岡が耳まで真っ赤にして、あからさまに視線をそらす。
その隣では、クラスのムードメーカーの一人、延徳がニヤニヤしながら肘でつついていた。
「いやー、東金がクラス唯一のヒロイン枠になるとはなあ。男子校だったのに、一気に青春っぽくなってきたぞ?」
「誰がヒロインだ」
「だって見ろよこれ。黒髪ショートでその体型って、テンプレのヒロインじゃん。ゲームだったら間違いなくパーティインだわ」
「パーティとかどうでもいいから今すぐ元に戻してほしいんだけど!」
声を荒げると、ムードメーカー組は「はいはい怒るなって」と笑い飛ばす。
笑い事じゃない。俺の人生が、一度きりのペナルティで書き換えられたんだぞ。
その時、
「……どいてくれ」
低い声が、輪の外側から落ちてきた。
クラスの空気が、少しだけ変わる。
背の高いシルエットが、するりと人の間をすり抜けて近づいてくる。
物静かで目立たないはずなのに、今はなぜか、誰も止められない感じの存在感だった。
「柊……?」
思わず名前が漏れる。
直江 柊。
物心ついたころから、気づけば隣にいた幼なじみ。
クラスが変わっても、学校が変わっても、なんとなく同じところにいた奴。
その柊が、俺の目の前まで来て、じっと見下ろした。
近い。
こんなに近くで顔を見上げたことなんて、今まであったか?
違う。前は、俺がちょっと俯けば、同じくらいの高さだったはずだ。
視線が交差する。
柊の黒い目が、一瞬だけ驚いたように揺れた。
けれど、すぐにいつもの静かな色に戻る。
「……湊、で合ってるか?」
淡々とした声。けれど、わずかに力がこもっていた。
「合ってるよ!」
俺が即答すると、周りからまた小さなどよめきが起きる。
「マジで幼なじみ補正つよ」
「本物判定だ」
「DNAでも見えてんのかあいつ」
無視だ無視。
直江は、俺から視線をそらさないまま、少しだけ眉をひそめた。
「声も、癖も、言い方も……いつもの湊だな」
そこで、ふっと息を吐く。
安堵なのか、諦めなのか、自分でも分からない表情だった。
「でも、体は……」
途中で言葉を切って、直江は目線を宙へ逃した。
ああ、やっぱり見ないようにしてくれてる。
さっきの高岡とは、そこが決定的に違うのが、逆に胸に刺さる。




