第2話 湊の能力
『確認。対象《東金 湊》に対し、スキル『パナシーア』を付与しました』
『同時に、代償として対象の身体仕様を再設定します』
『性別情報:男性から女性へ変更』
『再構成完了。以降、この状態を標準とします』
標準って何だよ。
ツッコむ余裕が出てきたのは、その一瞬あと、全身をぐるりと撫で回されるみたいな感覚が収まってからだった。
「……え?」
視界が、いつもより少しだけ高い。
けれど、周りのクラスメイトの背中は、相変わらず壁みたいにそびえている。
変わってないようで、でも確実におかしい。
胸のあたりに、重さがある。
制服のシャツが、知らない伸び方をしている。布が引っ張られて、ボタンがきゅっと悲鳴を上げているみたいにきしむ。
おそるおそる、下を見た。
「……は?」
俺の視界のど真ん中に、見覚えのない黒髪のショートヘアがかかっていた。
それが肩のあたりで揺れて、その下で、シャツが明らかに男物のラインを裏切っている。
ぴしり、と乾いた音がして、第一ボタンがはじけ飛んだ。
「ちょっ、痛っ……!」
飛んでいったボタンが、前にいた奴の背中に当たる。
振り向いたのは、クラスで一番背の高い、バスケ部の高岡だ。
「いてっ……何だよ今の。え?」
高岡の視線が、俺の胸元で止まり、それからゆっくりと顔に上がってくる。
黒髪ショート。
見慣れない女の顔。
そいつと、目が合った。
俺だ。
「……え、誰?」
高岡が真正面から言った。
その一言に、周りの数人が振り向いて、次々と固まっていく。
「え、女?」
「ダンジョンに女の子いんだけど」
「こんな美人いたか?」
「いや制服男子用だし」
ざわざわと空気が波打つのを、ひとつ上から見下ろしているみたいに、他人事みたいに聞いていた。
違う。
俺は、そんな立ち位置じゃなかっただろ。
いつもなら、こういう輪の外側。
教室の隅っこで、黒板もロクに見ないで窓の外をぼんやり眺めてる側だったはずだ。
なのに今は、真ん中に立っている。
しかも、胸を中心に。
喉がひゅっと鳴る。
「……お、れ」
声が出た。自分のものなのに、少しだけ高くて、聞き慣れない音だった。
「東金……湊、だけど……?」
一瞬、全員の時間が止まった。
次の瞬間。
「はあああああ!?」
「マジで!?」
「湊!?」
「東金ってあの影薄い──」
「影薄いって言うな!!」
反射的に怒鳴った声が、やっぱり一段高くて、変な感じだった。
周りが一斉にどよめく。
「いや待てどうなってんのこれ」
「ペナルティだろ絶対」
「お前何願ったんだよ!」
「スキル取ったのか?」
矢継ぎ早に飛んでくる言葉に、頭が追いつかない。
さっきの声が、また耳の奥で鳴った気がした。
『スキル『パナシーア』は、怪我、毒、麻痺、病等への高い有効性を持つ万能薬を創り出す能力です』
『当該スキルの取得に伴う代償として、身体仕様の変更は恒久的なものとなります』
恒久的。
つまり、戻らない。
足元から血の気が引いていく。
「ちょ、ちょっと待て……」
自分で自分の腕を掴む。骨格が細い。
手首が、女子のそれみたいに華奢で、頼りない。
誰かが息を呑む音がした。
「……ガチで、女の子の体だな」
すぐ近くでそう呟いたのは、同じ身長帯の、クラスメイトの声だった。
今まで、ほぼ目線を合わせたことのない相手だ。
「さわんな!!」
思わず肩をすくめると、シャツの中で知らない柔らかさが跳ねる。
それに自分で驚いて、さらに変な声が出た。
「ひゃ──っ」
完全に女子の悲鳴だ。
教室の隅でただの「空気」だったはずの俺が、いま、クラス全員の視線を独占している。
なんなんだ、この地獄。
「……湊?」
少し離れたところから、遠慮がちな声がした。
中学から同じクラスの、数少ない「名前を知っている相手」が、おずおずと近づいてくる。
「本当に、湊……なのか?」
「本当に、俺だよ!」
即答したら、また全員がどよめいた。
今度のざわめきには、さっきまでと違う色が混じっている。
困惑と、戸惑いと、それからほんの少し、興味と。
俺の知らない俺を、みんなが見ている。
ダンジョンの暗がりの中、息苦しいくらいの視線が集まっていた。




