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第1話 ダンジョンとダイス

 東金湊は、自分でも驚くほど目立たない生徒だった。

 男子校の二年生で、成績も運動も真ん中より少し下。

 出席番号を呼ばれても、返事を聞き逃されることがあるくらいには、印象がうすい。


 その日も、いつも通りのホームルームが始まるはずだった。


「おい、なんか床、光ってね?」


 クラスメイトの声に、湊は何となく視線だけをそちらへ向けた。

教室の中央あたり、タイルの継ぎ目がゆっくりと輪の形に光り出している。


「演出? ドッキリ番組?」


 ざわつく声が、だんだん遠くなっていく。

視界の端で、クラス全員の足元から、黒い影のような何かが立ち上がった。


 次の瞬間、床が消えた。


 落下する感覚すらないまま、湊は石の床にうつ伏せに倒れていた。


 冷たい。固い。さっきまでの教室のフローリングとは、まるで違う感触だった。


「……いって……」



湊は反射的にあたりを見回した。


そこは、広大な石造りのホールだった。

 壁には等間隔に灯り用の光る鉱石が並び、薄暗い光が階段状の足場と深い闇の穴を照らし出している。


 ダンジョン。

ゲームやラノベで見慣れた言葉が、頭の中で浮かんではじけた。


「浜中、いるか!?」


「おい、ふざけんなよ、どこだよここ!」


 聞き慣れたクラスメイトたちの声が、ホールのあちこちから響く。


 だが、その中に、自分の名前を呼ぶ声はない。


 湊はゆっくりと自分の両手を見下ろした。

何も持っていない。


 制服も、カバンも、スマホもない。

あるのは、今着ている、学生服と上靴だけ。


『確認。対象集団の転移処理が完了しました』



『本迷宮は、攻略を目的とした実験場です。参加者各位は、規定に従い行動してください』


「は? どういうこと、迷宮攻略?」



「……スキルも、装備も、なし……?」


『全参加者に共通スキル《ペナルティダイス》を付与しました』


『今回の迷宮攻略参加者三十一名は、共通スキルとして『ペナルティダイス』が使用可能とあります』


「何だそれ? 結局、みんなスキル使えるってこと?」


『このスキルを使用することにより、使用者は己の願いを叶えることが可能となっております。本スキルによる願望行使は、一人一回のみ有効です』


「それなら、このダンジョンから出してくれよ。元の教室に返してくれ」


『なお、《迷宮からの脱出》およびそれに準ずる願いは、受理対象外です』



 湊は、自分が今まで以上に「目立たない存在」のまま、この世界に放り込まれたことを、ようやく理解し始めていた。


「何で、こんなことに。せめてチートスキルとかでもよこせよ」


 かすれた声でそうつぶやいたところで、背後の闇の穴から、何かのうなり声が響いた。


 風の吹く音を聞き間違えたのか、それとも本当に魔物のうなり声なのかはわからないが、この現状では否応なしに恐怖心を刺激されてしまう。


「俺の願いは…………」


 ダンジョンというからにはモンスターがいるのだろう。でも、俺達にはスキルも装備も何もない。欲しければ願えってことか。


「俺の……願いは…………」


 

 無機質な声と同時に、湊の目の前に小さな六面体のダイスが浮かび上がる。


 一般的な1~2㎝程のダイスよりは少し大きめなそれは、綺麗な青色をしたダイスだった。


 呼びかけに答えるように空中に浮かび上がったそれを、湊は条件反射でつかんだ。


「クラスのみんなが、死なないように……! みんなを助けられるような力が欲しい!」


 そう言った直後、頭の中で、鐘を叩いたような衝撃が弾けた。


『願いを受理。ペナルティダイスを起動します』


 突如、アナウンスが響き渡る。するとダイスはひとりでに指の間をすり抜け、石の床を転がってゆく。

カツン、カツン、と乾いた音がホールに響いた。


 止まった目は『5』を示していた。

 この場合、良い目なのか悪い目なのかが分からない。


『出目5。願いは成立。ペナルティを適用します』


 体の内側から、何かが「書き換えられる」感覚が押し寄せた。

骨の位置がずれ、内臓が持ち上がり、皮膚の下で肉の形が変わる。


 痛みはない。けれど、逃げ場のない嫌悪感だけが、波のように押し寄せてくる。


 前傾した体勢のまま、湊は自分の胸元を見下ろした。


 さっきよりも、はっきりと膨らんでいる。

腰は細く、太ももは丸みを帯び、喉元からは男の低い声がすっぽりと抜け落ちていた。


『ペナルティ:完全女性化。以後の肉体的成長は女性体基準で固定』


視界の端に浮かんだ文字列が、現実感のない宣告を突きつける。


「……は?」


思わず間の抜けた声が漏れたそのとき、クラスの別の位置からざわつくような声が聞こえた。


「え、何? ペナルティってそんななのかよ!」


 誰かが同じようにダイスを降ろうとしていたが、その変化を見て咄嗟に手を止める。


 確かに願いは叶う。しかし、ペナルティもまた同時に存在する。


 その中で、湊の変化が、あまりにも極端だった。


男の体が、完全に女へと書き換えられている。


「……一回きりのダイスで、これ……?」


 震える指先を見つめながら、湊は理解する。


 自分は確かに「クラスを生かすための主人公」になろうとした。


だがこの世界は、その願いへの代償として、最も目立つ形で彼を「違うもの」に変えたのだ。


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