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第52話 相川への埋め合わせ(前)

 オレが落ち着く前に、先に口を開いたのは八千穂君だった。


「じゃ、湊、説明」


「ちょ、圭が言い出したんだから、圭が──」


「スキル使うのはお前だろ。ほら」


 説明を丸投げされた東金君が、一瞬こちらを見て、すぐに視線をテーブルの方へそらした。


「……えっと」


 その声は、さっきより少し小さい。


「相川さ。ダンジョンマルシェのご飯、食べらんないじゃん?」


「……はい」


 それはもう、どうしようもない事実だ。


「だから、サニタリー・ゾーンの備蓄の分、優先して回してもらってるって……聞いてて」


 乾パン、クラッカー、ビスケット。

 味気なくはないけど、毎日そればかりだと、さすがに飽きる。


「あ、べ、別に、文句とかはないよ。ただ、贅沢言える立場じゃないので」


「それはそうかもだけどさ」


 八千穂くんが、ベッドに片肘をついてこちらを見る。


「さすがに、そればっかだと“飽きるだろうな”って話を、俺が湊にしたんよ」


「う、うん。圭が、『お前のスキルで何とかなんねーの』って」


 東金君は、申し訳なさそうに手を合わせた。


「それで、俺もいろいろ考えてみて」


 少し伏し目がちなその表情に、緊張しているのが見える。


「俺のパナシーアってさ、回復用の薬だけど、味とか温度とか、ちょっといじれるんだよ」


「はい」


「で、サニタリーの備蓄の、ビスケットとかクラッカーあるだろ。

 あれに、“蜂蜜っぽい味”とか“ジャムっぽい味”にしたパナシーアをちょっと塗ったら、

 相川くんでも食えるんじゃねーかな、って」


「……え?」


 思わず聞き返してしまう。


「パナシーア自体は、俺のスキルの“万能薬”だから、相川のペナルティには引っかからないはず。備蓄の方は、もともと食えてるから大丈夫で。あとは、その間をうまく繋げば、っていうか」


 説明しながら、自分で混乱しているのが分かる。


 代わりに八千穂君が、ざっくりまとめた。


「要するに、だ」


 指を一本立てる。


「マルシェ飯はお前には毒だけど、サニタリーの備蓄なら平気」


「パナシーアは“万能薬”だから、相川には平気」


 ニヤリと笑いながら、一言づつ区切るように八千穂君は続ける。


「だったら、パナシーアを蜂蜜みたいな味にして、備蓄のビスケットに塗って食えば、“相川専用おやつ”の出来上がり、って訳」


「……!」


頭の中に、乾いたビスケットに、とろりとした何かを垂らす光景が浮かぶ。


 甘い匂いが、鼻の奥に広がった気がした。

 気のせいだと分かっていても、喉が、ごくりと鳴る。


「それと」


 東金君が、少しだけ前のめりになった。


「備蓄は、そのままだと水とかお湯だけで流し込む感じだろ。

だから、たまにでいいから、“飲み物の方も変えられたらいいな”って」


「飲み物……」


「スポドリっぽいとか、柑橘っぽいとか、あったかいスープ寄りとか。

 全部パナシーアの範囲内でだけど、味と温度は、けっこう融通きくからさ」


 そこで一度言葉が止まる。


「……それで、その、今日、試させてもらえないかな、って」


 最後の一言は、ほとんど聞き取れるかどうかの音量だった。


 オレは、しばらく何も言えなかった。


 サニタリーの備蓄がありがたいのは、本当にそうだ。

 生きるためには十分すぎるほどだと頭では分かっている。


 でも、頭と、舌と、胃袋は別の話で。


 みんなが温かいトーストを頬張っていたとき、オレは乾いたクラッカーを、音を立てないように噛んでいた。


 その差は、「仕方ない」と押し込めるには、少しだけ大きかった。


「……オレなんかの……ため、に」


 また、さっきと同じことを口にしてしまう。


「相川、“なんか”のためじゃなくて、相川のためな」


 八千穂君が、きっぱりと言った。


「前のトーストんとき、輪の外にいたの、俺も見てたから」


「そういうの、積み重なると、あとでマジで堪えるぞ」


 そう言われると、何も言い返せなかった。


「迷惑とか思ってるなら、それはこっちのセリフだから」


 東金君が、ようやくオレの目をまっすぐ見た。


「俺のスキルで、できる範囲のこと、ちゃんとやりたいだけだからさ。

 だから、その……一緒に、試してくれない?」


視界の端が、また少し滲みかけた。


 今度は、あまり瞬きでごまかさないようにした。


「……お願いします」


 オレは、はっきりとそう言った。


「オレに……オレの食事に付き合ってください」


 東金君が、ほっとしたように笑った。


「おっし。じゃ、決まりな!」


 八千穂くんが、ぱん、と手を打つ。


「まずは甘い系な。ビスケットに“蜂蜜っぽい”やつ塗るのから始めようぜ」


「俺も味見するから安心しろ」


「安心材料、なのかな、それ……?」


 思わずツッコミが出た自分に、少しだけ驚く。


 さっきまでうるさかった心臓の音が、

 今は、少しだけ楽しみに近いリズムに聞こえた。

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