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第49話 鋼の蠍

 光の膜を抜けた瞬間、空気が変わった。


 ひんやり、と宝殿は思う。

 第三階層のじめっとした湿気とは違う。

 肌を撫でるのは、乾いた冷気と、かすかな土と石の匂い。


「……なんか、音が吸われる感じだなぁ」


 川端が小声でつぶやく。

 足元には白っぽい石畳が、まっすぐ奥へと伸びていた。


 両脇には太い石柱が等間隔に並び、頭上には高い天井。

 天井近くの隙間から、どこからともなく淡い光が差し込んでいる。


「この階層……神殿、って感じするよな。ゲームで見たことあるやつ」


 牛久が槍を肩に担ぎ直しながら、周囲を見回した。


 壁には、削れかけたレリーフや、読めない文字列が刻まれている。


「あっちが本堂っぽい、な」


 延徳が前方を顎で示す。


 正面の回廊は、ずっと奥で暗がりに続いているが、途中途中に左右へ分かれる通路が見えた。


「とりあえず、いつも通り隊列決めよっか」


 宝殿が言うと、四人の視線が自然と集まる。


「前に牛久くんと延徳くん。二階堂くんはその少し後ろ、前寄り」


「ボクと川端くんは中ほどから後ろ気味で、様子見つつサポート」


「了解」


「はいよ」


 牛久と延徳が一歩前に出る。

 二階堂はメイスを肩に乗せ、鼻を鳴らした。


「前衛三枚とか、贅沢だな」


「代わりに回復薄いからな。無茶したらすぐ帰還コースだぞ」


 川端のツッコミに、二階堂は肩をすくめた。


「わーってるって。せっかくメイス持てるようになったんだし、適度に働いて適度に帰るわ」


「その“適度”の感覚がズレてなきゃいいけどね」


宝殿は苦笑しながら、掌に小さな光を灯す。

 簡易回復とバフ用の準備だ。


「じゃ、行こうか」


 先頭の牛久が一歩を踏み出す。

 槍の先端が、静かな石畳をコツ、と叩いた。


「……今、音、しなかった?」


 耳を澄ますと、遠くから「カサ、カサ」と何かが擦れるような音が聞こえる。

 石畳ではない。もっと、硬くて細かいものがこすれ合う感じ。


「金属、かな」


 川端が小さくつぶやく。

 前を行く牛久が、槍を少し低く構え直した。


「前方、右手の曲がり角。そこからだな」


 延徳が顎をしゃくる。

 回廊が右に折れる手前で、五人は自然と足を緩めた。


「隊列維持したまま、ゆっくり覗くよ。牛久くん、お願い」


「了解」


 牛久が一歩前に出て、角の少し手前で止まる。


 槍の穂先だけをそっと先に出し、そのまま体を少しだけ傾けて視界を確保した。


「……いた」


 短くそう言ってから、こちらに顔を向ける。


「サソリだ。銀色。三匹。でかさは犬くらい。距離は十メートル前後」


「サソリ、ね……」


 宝殿の背筋に、ぞわりと冷たいものが走る。

 牛久の言う「サソリ」は、たぶん自分たちの知っている小さなあれとは別物だ。


「どうする、突っ込む?」


 二階堂がメイスをくるりと回す。

 宝殿は一度だけ息を吸い込んでから、首を横に振った。


「ここは、こっちから仕掛ける」


「槍で牽制して、二階堂くんは飛び込むタイミングだけ見てて」


「延徳くんは、サソリが複数まとまってきたら横から一気に払う感じで」


「了解」


「おうよ」


 短く返事が返ってくる。


「毒持ってる可能性高いから、足元は特に注意ね」


「それを先に言えよ」


 二階堂が小さく舌打ちした。


「じゃあ、行くぞ」


 牛久が角を回り込み、正面に躍り出る。

 銀色のサソリが、乾いた石畳の上で足を鳴らした。


 甲冑のような金属光沢。

 節くれだった脚が、カサカサと忙しなく動いている。

 尻の毒針が、わずかにしなった。


「距離、八メートル。来るぞ!」


 一匹が、わずかに腰を沈める。

 次の瞬間、地を蹴って跳ねた。


「速っ……!」


 牛久の槍が、真っ直ぐ前に突き出される。

 銀色の胴体に当たる直前、サソリがぐるりと体をひねり、槍先をかすめるように回避した。


「くそ、思ったより軽い!」


 すれ違いざま、サソリの毒針が牛久の足元をかすめる。


 ギリギリで下がってかわすと、すぐ後ろから延徳のハルバードが横薙ぎに振るわれた。


「させるかよ!」


 金属同士がぶつかる音が響く。

 サソリの脚が二本、石畳の上に転がった。


「二階堂くん、今っ!」


 宝殿の声に、二階堂が前へ飛び出す。


「おらぁっ!」


 メイスが、残ったサソリの胴体を上から叩きつけた。


 鈍い衝撃音とともに、銀色の殻がへこみ、その場で痙攣する。


「一匹ダウン!」


 川端の声が飛ぶ。

 残りの二匹が、カサカサと距離を取り直すように左右に散った。


「左右から挟みに来る!」


 牛久が右、延徳が左のサソリにそれぞれ向き直る。


「正面、開いた! 二階堂は真ん中キープ!」


「ったく、忙しいな!」


 右から来たサソリの前に、牛久の槍が再び突き込まれる。

 今度はサソリの脚を狙い、一本を見事に貫いた。


 バランスを崩したところに、延徳のハルバードが左のサソリを薙ぎ払う。

 銀色の殻がきしむ音とともに、二匹同時に体勢を崩した。


「合わせるぞ!」


 二階堂が一歩踏み込む。

 宝殿がその背中に向けて、短く唱えた。


「強打、補助!」


 メイスの先端が、わずかに淡く光る。

 二階堂は迷わず、右のサソリの頭部めがけて横一閃に叩きつけた。


 ぐしゃり、と嫌な音がした。

 銀色の殻が割れ、中身が石畳に飛び散る。


「右、沈黙!」


 ほぼ同時に、延徳のハルバードが左のサソリを壁際に追い詰める。

 牛久の突きと重なり、最後の一匹も動かなくなった。


 静寂が戻る。


「……ふぅ。とりあえず、初戦はクリアだな」


 川端が周囲を見回しながら息をつく。


「牛久くん、かすり傷とかない?」


 宝殿が駆け寄る。

 牛久は自分の足元を確認して、首を振った。


「ギリギリ当たってない。靴にちょっと傷が入ったくらいだな」


「よかった。たぶんだけど、このサソリ、毒持ってると思う」


宝殿は倒れたサソリに近づき、慎重に観察する。

 毒針の付け根付近に、うっすらと紫がかった液体が溜まっていた。


「触ったらアウト系だな、これ」

「弱いとはいえ、連戦中に食らうとだるそうだな」


 川端が顔をしかめる。


「うん。『弱毒』っぽいけど、蓄積すると足にきそう」

「だから、できるだけ“食らわないで倒す”前提で動こう」


「了解。槍とハルバードで距離取って、二階堂がとどめ。さっきので感覚は掴めた」


 牛久の言葉に、二階堂が鼻を鳴らした。


「つまり、オレは最後に気持ちよく殴る係ってわけだな」


「サボるなって意味でもあるからな、それ」


 川端のツッコミに、二階堂はメイスを肩に担ぎ直し、ニヤリと笑った。


「上等だよ。銀色だろうが何だろうが、片っ端からぶっ潰してやる」


 その言葉に、宝殿も小さくうなずく。


「じゃあ、次の角まで進もう。今のパターンを基本形にして」


 五人は再び隊列を整え、静かな神殿の回廊を進み始めた。


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