第46話 面影
宝殿は、かじりかけのトーストを持ったまま、ぼんやりと幼馴染みである八千穂 圭の女体化した姿を見ていた。
第三階層の戦いは終わって、ようやくひと息つける時間のはずなのに、さっきから視線だけは落ち着かない。
制服に包まれた長い脚。
きゅっと締まったウエストから、上へ行くほど存在感を増していくライン。
湊の「かわいい」とは、まるで方向の違う「綺麗さ」だった。
……やっぱり、似てるな。
ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
圭の横顔を追いながら、宝殿は自宅の近所にある八千穂家の居間を思い出していた。
涼お姉ちゃん。
少しキツめの目元が印象的な、圭の姉であるあの人の顔立ち。
笑ったときにだけ、急にやわらかくなる口元。
ソファに座るとき、何気なく組んだ脚の長さに、昔こっそり驚いたこと。
今の圭は、その線の上に立っている。
同じ一族の、同じ「美人顔」の系統。
けれど、涼お姉ちゃんほど目つきは鋭くない。
視線の端にある圭は、どこか少しだけ、優しく見えた。
胸元にまで意識が行きかけて、宝殿はあわててトーストをかじる。
そこまでじっくり比べ始めたら、自分の中で何かが決定的に変わりそうで、怖かった。
「……なんかさ」
口の中のパンを飲み込みながら、宝殿はぽつりとつぶやいた。
「圭ちゃん、涼お姉ちゃんに似てきたよね」
「は?」
向かい側でチーズトーストをもぐもぐやっていた圭が、わずかに眉を動かす。
その声に、近くにいた何人かの男子がぴくりと反応した。
「出た、八千穂家情報」
「やっぱ姉ちゃん似なんだ?」
すかさず身を乗り出してきたのは、同じ班の男子たちだ。
宝殿は少しだけ肩をすくめる。
「うーん……雰囲気はね。涼お姉ちゃんの、ちょっと目つきやわらかくした感じ?」
「顔面偏差値高い一族ってやつか」
「知ってた。八千穂んち、美男美女ばっかって前からウワサだったし」
誰かがそう言うと、別のやつが笑いながら続ける。
「で、その美人姉ちゃんが身内にはベタ甘なんだろ? 宝殿」
「お前だけお得ポジションじゃん」
否定しながらも、涼のやさしい手つきや、買い物帰りにお菓子を買ってもらった記憶が、ふと蘇る。
あの人は、いつだって宝殿にだけは声をやわらげてくれた。
「……まあ、優しいのはほんとだけどさ」
「ほら、やっぱずるくね?」
「近所にそんな一家あって、よく今まで自慢しなかったなお前」
男子たちのからかい混じりの声に、圭が小さくため息をつく。
「おい、お前ら。勝手にウチの家族で盛り上がんな」
「いやいや、主役が文句言うなよ。今日の活躍と、その見た目でポイント爆上がりなんだからさ」
そう言って笑った誰かの視線が、改めて圭の全身をなぞる。
宝殿はその横顔を見ながら、もう一度だけ心の中でつぶやいた。
――やっぱり、涼お姉ちゃんに似てきた。
でも、涼お姉ちゃんじゃない。
ここにいるのは、八千穂圭だ。
トーストをひとかじりしながら、その違いをうまく言葉にできないまま、宝殿は黙ってその光景を眺め続けた。




