第43話 第三階層ボス戦③
スライム状のカマキリが、頭をかしげるように揺らした。
その奥で、また、ぎらりと光が走る。
「来るぞ、さっきのだ!」
牛久が声を上げ、槍を構え直す。
片方の鎌が、さっきと同じようにまっすぐ伸びた。
床をえぐる寸前まで沈み込んでから、一気に突き上がってくる。
「今だ、風連!」
湊の声が飛ぶ。
「――ワン・サード!」
風連は、頭の中で「さっきより速くなった突き」だけを思い浮かべる。
光った瞬間に跳ね上がる“あの速度”を掴み、そのまま力を流し込む。
世界の時間が、一瞬だけねじれたように感じた。
スライムカマキリの鎌が、空気を切り裂いて――
さっきより、はっきりと遅く見えた。
「……落ちた!」
柊が低くつぶやく。
ムーヴを使わなくても、横に一歩ずれるだけで、突きの軌道から外れられる。
「おうよ!」
牛久が、その鈍った鎌を槍で受け止めた。
さっきは腕ごと押し込まれた衝撃が、今度ははっきりと“支えきれる”重さに収まっている。
「これなら、さばけるな」
延徳のハルバードが、鎌の側面を横からはじいた。
バランスを崩したカマキリの胴が、ぐらりと揺れる。
「風連、今、何を三分の一にした?」
湊が後ろを振り返らずに聞く。
「さっきの、速くなる突き。あの“速度”だ」
風連は肩で息をしながら答えた。
足は一本も動いていないのに、全身から汗が噴き出している。
「十分だ。突きが怖くないなら、こっちから攻められる」
柊が前に出る。
ムーヴで一気に間合いを詰め、手甲でカマキリの首元を打ち上げた。
「川端、もう少し強めに焼いてくれ。外側をはがす」
「了解」
川端の掌に、さっきより濃い炎が宿る。
床すれすれを走るように火線が伸び、カマキリの足元と胴体の境目をなめた。
スライムがじゅっと音を立て、床石の一部が、赤熱化し脆くなってゆく。
「床も、けっこう熱で脆くなってきてるな」
延徳が足元を見て言う。
「風連、次は床いける?」
湊が振り返る。
「床?」
「ボスの足元だけ、床の“硬さ”か“耐久力”を三分の一にできないか。落とし穴まではいかなくても、崩してバランス崩せれば、でかい隙になる」
湊の言葉に、一瞬だけ風連が目を瞬かせた。
「……床、やったことないけど。たぶん、いける。範囲、あんまり広くは取れないけど」
「じゃあ、川端がそこを焼いて弱くする。風連がワン・サードでさらに下げる。牛久と延徳は、そのタイミングで押し込んでくれ」
「おうっ!」
「まかせろや!」
牛久と延徳が同時にうなずく。
「ルベル、合図頼む。床が限界っぽくなったら、鳴いて」
「キュッ!」
ルベルが前に出て、カマキリの足元付近を旋回するように動き出した。
「川端、床狙いで」
「分かった」
川端の炎が、今度はボスの足元だけを集中的に焼き始める。
スライムと一緒に、床石の表面がどろりと溶け、黒く焦げた床に亀裂が広がっていった。
「風連、準備」
「……ワン・サード」
風連は、カマキリの足元一帯を、頭の中で切り取る。
「支えている力」を三分の一にするイメージを、ぎゅっと固める。
床の亀裂がより大きくなり、ぱきりと高い音を立てた。
「キュウ!」
ルベルが鋭く鳴いた瞬間、床が崩れた。
スライムカマキリの片足側だけがずぶりと沈み、バランスを大きく崩す。
「今だ!」
湊の声と同時に、牛久の槍がむき出しになった胴の影を貫き、延徳のハルバードが首元を横から叩き割りにかかった。
片足側の床が抜け、スライムカマキリの巨体がぐらりと傾いた。
半透明の体が、ゆっくりとだが大きく揺れる。
「バランス崩れてる、今だ!」
湊の声が響く。
「おう!」
牛久が一気に踏み込んだ。
さっきまで恐る恐るだった足運びに、迷いがない。崩れた側とは反対側、まだ床が残っている方から、槍の穂先を突き出す。
川端の炎で外側のスライムが薄くなった胴体の中に、黒い影がはっきりと浮かんでいた。
「そこだっ!」
槍が、その影を正確に貫く。
ぬるりとした感触の奥で、硬い何かを砕く手応えが、牛久の腕に伝わった。
スライムカマキリの体がびくりと跳ねる。
頭部の光が、一瞬だけ不規則に明滅した。
「まだ動く、首いく!」
スライムカマキリが激しくもがき苦しんでいる隙を見計らい、延徳が横から回り込む。
沈みかけた側の足場ぎりぎりで踏ん張り、ハルバードを振りかぶった。
「おうっ!」
全身の筋肉で振り抜いた刃が、首元の影ごと叩き割る。
スライムの外皮が飛び散り、その中から、干からびかけたカマキリの本体が、ばきりと音を立てて折れた。
「川端、止めの炎!」
「了解!」
川端の掌から、これまでで一番強い炎が勢いよくあふれ出る。
崩れた床の縁から、傾いたボスの体に沿っ
て炎が走り、内側の本体ごと焼き尽くした。
部屋の中に、焦げた臭いと、熱のうなりだけが残る。
「……動かないな」
柊がしばらく様子を見てから、ようやく拳を下ろした。
「終わったってことで、いいか」
延徳がハルバードを肩に担ぎ直す。
「おう。さすがに、これ以上は立たねぇだろ」
牛久が槍を引き抜き、スライムの残骸を軽く蹴ってみせた。
ぐずりとも動かない。
「風連、ワン・サード、助かったよ」
「……あぁ。速度、落ちたの、分かったろ」
風連は、まだ少し荒い息をしながらも、どこかほっとした顔をしていた。
「床の方もな。あれがなかったら、ここまで崩せてない」
柊が静かに言う。
「ルベルも、ありがとな」
湊が声をかけると、ルベルは「キュッ」と短く鳴いて、焼け跡から離れた場所にふわりと降り立った。
「じゃあ、あとは階層クリアボーナスの確認だな」
延徳が周囲を見回す。
「八千穂のところにも、早めに戻ってやんねぇとな」
牛久の言葉に、全員がうなずいた。
第三階層ボス。
スライムで形を保ったカマキリは、崩れた床の中で、完全に沈黙していた。




