第40話 ボス部屋へ
圭を待機エリアに残し、一行は第三階層の通路へと足を踏み出した。
さっき覗いたときと同じ、むっとした熱気が肌にまとわりつく。
「……やっぱ暑っちぃな、これ!」
先頭近くを歩いていた牛久が、額の汗を拭いながらぼそっと言う。
汗なのか、通路の熱気なのか、自分の体温なのか、もうよく分からない。
「でも、魔物の気配は、本当に消えてるな」
柊が周囲を見回しながら静かに言った。
耳を澄ましても、甲殻の擦れる音も、ぬるりとした足音も聞こえない。あるのは、遠くで石がぱち、と鳴る熱の音だけだ。
「おい、ここ見ろ」
少し後ろを歩いていた延徳が、壁の一部を顎で示す。
第三階層の石壁のそこだけが、ガラスみたいに薄く光っていた。近づくと、焼けた土の匂いが鼻をつく。
「だいぶ上がってたな、温度」
延徳が低くつぶやく。
「……派手にやったな」
柊が小さく息を吐いた。
足元には、黒く縮んだスライムの残骸がところどころ転がり、その合間に、槍アリの折れた槍脚が焦げたまま突き立っている。
「今までの八千穂のテンパーチャーって、ここまでじゃなかったよな」
風連が通路の先をにらみながら言う。
「あぁ。強いとは思ってたけど、階層ごと高温で敵を焼くなんて使い方は、さすがに想像してなかった」
湊は少しだけ肩をすくめた。
自分のパナシーアも含めて、女体化組のスキルだけ、どこか桁が違う――その違和感が、じわじわと形になりつつある。
「スライムに服溶かされながら進むよりは、だいぶマシだけどな」
牛久が自分のシャツの裾をちらりと見下ろす。
前衛の何人かが、ほっとしたように息を抜いた。
「そのぶん、八千穂は動けなくなってる」
柊が短く言った。
声は落ち着いているが、さっき見た金色の光が、まだ目の奥に残っている。
「次の階層で、同じことを何回も使うのは、やめといた方がいいな」
「おう。あれを当たり前にしたら、どっかで絶対壊れる」
延徳がうなずく。
圭が崩れたときの重さが、まだ腕に残っていた。
「とりあえず、ボス部屋までは行こう。途中で、本当に一体も出ないかどうか、見ておきたい」
八千穂の声にうながされ、一行は熱の残る通路を進み始めた。
第三階層は、異様なまでに静かだった。
っている。
「……ボス部屋、か」
風連がつぶやく。
第三階層のボス部屋の扉は、今までより一回り大きく見えた。
「ここまで、本当に一体も出なかったな」
牛久が肩越しに通ってきた道を振り返る。
焦げ跡と、乾いた残骸だけが、点々と続いている。
「あぁ。八千穂のおかげだな」
延徳が短く言った。
「戻ろう。一回、圭たちと合流した方がいい」
柊の提案に、全員がうなずく。
ボス部屋の前をいったん離れ、一行は待機エリアへと引き返した。
◇
待機エリアでは、圭が壁にもたれかかるように座っていた。
さっきより顔色は戻っているが、立ち上がる気配はない。
「どうだった?」
圭がこちらを見上げる。
「ボス部屋までは行った。途中、魔物はいなかった」
柊が状況だけを簡潔に伝える。
「圭のおかげだよ。第三階層、雑魚はもうほとんど残ってないと思う」
湊がそう付け足すと、圭は「そっか」と小さく笑った。
「じゃあ、あとはボスだけか。……悪いな、俺、やっぱ今日は無理だわ」
圭は自分の足を軽く叩いた。
力が入らないのか、その手つきは妙に頼りない。
「さっきよりマシにはなってるけどな。立とうとすると、まだ目の前ぐらぐらする」
「パナシーア、もう一回飲めば?」
風連が言うと、圭は首を横に振った。
「これ以上飲んでも、たぶん同じだろ。中身が追いついてねぇ感じだからさ」
軽く言ってみせる声の奥に、さっきの無茶が残っている。
「……じゃあ、ボスは俺たちで行く」
牛久がはっきりと言った。
その言葉に、前線組の視線がそろう。
「おう。ここまで焼いてもらって、ボスまで丸投げはねぇだろ」
延徳が続ける。
「八千穂は、このエリアから出ないでくれ。誰か来たら、ダンジョンマルシェ組と一緒に引っ込んでてくれればいい」
柊が具体的に区切りをつける。
「了解。さすがに、ここで迷惑かけるほどバカじゃねぇよ」
圭が肩をすくめた。
「湊」
柊が湊を見る。
「うん。こっちは、パナシーアと回復アイテムは持ってく。ボス戦終わったら、真っ先に圭のところ戻るから」
「おう。とっとと終わらせてこいよ。第三階層ボスくらい、俺いなくても平気だろ」
圭が、いつもの調子を取り戻したように笑う。
その笑いに、前線の空気が少しだけ軽くなった。
「……行くか」
風連の一言で、一行は立ち上がる。
圭たちを残し、第三階層ボス部屋へ向けて、再び歩き出した。




