第36話 ダンジョンマルシェ
圭に背中を押されて前に出された相川は、恐ろしい程の悪人顔のくせに、完全に借りてきた猫のような表情をしていた。
「……その、さ」
手の中のメモ用紙を、ぐしゃぐしゃに丸めたり伸ばしたりしながら、相川は視線を落としたまま口を開く。
「さっき、オレ……一応“食料関係の能力がほしい”って言って、ダイス振ってきてて……」
「食料関係?」
柊が食いつく。
周囲の視線が、一斉に相川へ集まった。
「いや、あの。そんな大したもんじゃ、ないと思うんだけど……」
相川は両手をぶんぶん振る。その落ち着きのない動きとは裏腹にとても凶悪な人相の持ち主……相川 昇は、その顔に似合わず非常に気が小さい。
「『ダンジョンマルシェ』っていう能力で。
こっち来てから倒した魔物が、その、ポイントみたいなのになってて……」
「ポイント?」
湊が思わず反芻する。
「なんか、オレの頭の中に“ポイント残高”みたいなのがあってさ。
雑魚一匹でほんのちょっとだけ増えてて、で、そのポイント使うと……」
相川は言いづらそうに口をつぐみ、圭の方を見る。
圭が「言っちゃえ」と目で促した。
「……食材とか、最低限の調理器具に、交換できるっぽい」
その一言で、空気が変わった。
「マジかよ」
誰かの素の声が漏れる。
「というか、それ相当デカいだろ。なんで今まで黙ってたんだ」
柊が低く問うと、相川は肩をすくめて小さく縮こまった。
「だって、ポイント全然貯まってないし……。
今のところ、みんなの分に回せるほどの量、全然出せないし……」
そう言いながら、相川は申し訳なさそうに笑う。
「正直、“一人分の一食の足しになるかどうか”くらいで。
こんなのわざわざ言っても、期待させるだけかなって……」
「期待はするだろ」
加島が、肩をすくめながらも真面目な声を出した。
「でも、“ゼロじゃない”ってのは、全然違ぇよ。第三階層で食料問題がいよいよ本格的にヤバくなるタイミングで、その能力は充分ありがたい」
宝殿も、静かに続ける。
「倒した魔物が、全部“少しだけでも食料に変換できる”ってことだよね。
ポイントのレートが渋くても、長く潜るほど効いてくるタイプの能力だと思う」
「……そ、そう、なのかな」
相川はまだ半信半疑の顔だ。
「ただ、このスキルのペナルティっていうのが……」
そこで、相川の声がさらに小さくなった。
「この“ダンジョンマルシェ”で出した食材とか料理、
オレ自身は、一口も食べちゃいけない、って言われてて」
短い沈黙が落ちた。
「は?」
加島が、思い切り素で聞き返す。
「スキル説明の時に、ちゃんと出てた。
“生成物の摂取は能力者本人に限り禁止”って。
もし食べたら、全部ポイントごと失効する、って」
「本人だけ、食べられないってことか」
柊が眉をひそめる。
「う、うん。だからさ。
オレが頑張って魔物ポイント貯めても、それで腹を満たせるのは、みんなだけで……」
そこまで言って、相川は慌てて両手を振った。
「あ、でも、ペナルティがそのくらいで済んでくれたのはよかったし……“オレだけ得してる”って状況には、ならないから、その……安心してほしいというか……」
「安心の方向が逆だろ、それ」
湊は思わず突っ込んだ。
「お前、自分の腹の心配もしろよ」
「自分の分は、ほら……今まで通り、みんなの配分の余りとかで、なんとか」
相川は、悪人顔のまま、どこまでも控えめなことを言う。
「……相川」
圭が、ぽりぽりと頭をかきながら口を開いた。
「そういうのは、“いいヤツ”って言うんだよ。
悪人顔の説得力、全部台無しだわ」
その言葉に、周囲から小さな笑いが漏れた。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「とにかく」
柊が話をまとめる。
「能力としては、
“これから倒す敵が、全部少しずつ食料に変わる可能性がある”ってことだ。
ポイントレートと交換上限は、実際に使いながら把握していく」
「相川の飯問題は?」
誰かが問うと、柊は短く答えた。
「それはもう、“パーティ全体で面倒を見る”前提で動くしかないだろ」
湊も、うなずいた。
「相川の能力なかったら、この先もっと詰んでたかもしれないしな。
ポイントの分くらい、誰かの一口を回すのは、全然ありだと思う」
「……ありがとう」
相川は、ようやく少しだけ表情を緩めた。
第三階層の入口で、彼らはようやく手に入れた。
減り続けるだけだったリソースを、ほんの少しずつでも“増やす”方向へ転じるための、小さな手がかりを。




