第34話 削られるもの
「女子制服、まだ残ってたよな。例のやつ」
加島の一言に、空気がぴたりと止まった。
「いや、待て。なんでそこで女子制服が出てくる」
湊が即座に噛みつく。
ジャージの破れた太ももあたりを、反射的に手で押さえながら。
「だってさあ、湊、もう見た目ほぼ女子だし。
サイズ的にも、多分一番合うの東金だろ。動きやすさ的にもさ」
「資源って言うなって、さっきも言ったよな?」
湊が睨みつけると、少し離れたところで柊が小さく咳払いした。
「……冗談はともかく」
柊は視線を逸らしながら言葉を選ぶ。
「動きづらい服のまま第三階層うろつくのは、本気で危ないのは事実だ。
しゃがんだだけで破れるようなジャージで前衛に立たれるくらいなら、
見た目がどうこう言ってる余裕は、もうあんまりない」
「柊までそっち側に行くなよなぁ……」
「別に“そっち側”じゃない。
俺は単純に、戦闘で邪魔にならない服を着ててほしいだけだ」
きっぱりと言いつつも、柊は湊の足もとを直視しないまま、わずかに耳を赤くしていた。
「川端は?」
加島が、半分面白がるように振る。
「……俺に振るなよ」
川端は、破れかけたマントの裾をいじりながら、顔をしかめた。
着せて喜ぶほど、俺は元気じゃねえよ。
ただでさえ飯も足りてねえってのに、精神力まで削ってどうすんだ」
言ってから、ちらりと湊を横目で見る。
「でもまあ、ジャージはどうにかした方がいいのは同意。
動いた拍子にビリッといったら、俺でも目のやり場に困る」
「お前らさあ……」
湊の抗議は、どこか力が入らなかった。
加島が今度は宝殿に振ると、宝殿は少しだけ考えるように視線を落とした。
「合理性だけで言えば、直江くんと同じ意見だね」
宝殿は、きっちりとした口調で答える。
「この階層の敵は、じわじわ削ってくるタイプだし……動きにくい服で攻撃を避け損ねるリスクを考えたら、きちんと動ける服を優先すべきっていうのはあるよね」
「ほら、宝殿もこう言ってるし」
宝殿は、そこで言葉を切った。
「でも、それを“女子制服だから”って面白がるのは、東金くんに失礼だよ。
彼女が嫌がっているのに、無理に話を進めるのは、僕はあんまり好きじゃないなぁ」
さらりと「彼女」と言われて、湊は一瞬、返す言葉を失った。
「……彼、じゃなくて、か?」
「今の見た目と環境を踏まえての、便宜上の呼び方だよ」
宝殿は淡々と返す。
宝殿は淡々と返す。
その声色には、かすかな棘と、どこか守るようなニュアンスが混じっていた。
「東金くんが、自分から“それでいい”って言うなら、話は別だけど」
「言わないからな!」
「というか、女子制服なんて着たら、ますます戻れなくなるだろ」
「今さらだろ、それ」
加島が肩をすくめた。
「見た目も、役割も、とっくにそっち側だって。
だったら、いっそ服だけでもちゃんとしたやつにしといた方が楽じゃね?」
「“そっち側”ってどっちだよ」
「女子側」
即答されて、湊はぐうの音も出なかった。
沈黙が落ちる。
その隙間を埋めるように、誰かの腹の虫がぐうと鳴った。
「……とりあえず」
柊が息をつく。
「服の話は一旦置いておいて、食料の配分を先に決めよう。
今日の分をどう回すか、それを決めないと、この階層の方針も立てようがない」
「賛成。ジャージの件は、あとで東金とちゃんと相談するからさ」
加島が、今度は少しだけ真面目な声で付け加えた。
「女子制服の話も、その時に“選択肢の一つ”として出すだけにしとくよ。
無理に着せるとかはしない」
「最初からそう言え」
第三階層の入り口で、彼らはようやく自覚する。
この階層は、敵そのものだけでなく、服も、食料も、心の余裕までもじわじわと削ってくる場所なのだと。
湊は、ほっとしたような、どこか釈然としないような顔で息を吐いた。




